異世界に到着したようです
これは神話と呼ばれる昔々の昔話である。
神霊種は神の座を求め、共に争った。
それはそれは、気が遠くなるほどに永く永く戦は続いた。
鮮血の染み付かぬ大地はなく、悲鳴の響かぬ空はなく。
精霊種は森を拠点に敵を狩り。
龍人種は本能に身をまかせ、殺戮を繰り返し。
獣人種は獣同然に獲物を食らった。
戦乱が続いた大陸は荒野と化し、美しい大地は失われ、更なる神々の戦乱により深い闇へと飲まれ。
幻獣種の突然変異である『魔王』と、その眷属である怪物は世に跋扈した。
その世界にいくたの『勇者』やあまたの『王家』やましてや、『英雄』などは存在しなかった。
人類は儚き存在で。
ただ犯される側の存在であり、徒党を組みただ生き残ることに賭をかけた。
詩人が詠うはずの英雄譚も存在しない――血塗られたそんな世界。
――しかし、永遠に続くと思われていた戦乱は突然幕を下ろした。
海が、空が、大地が、疲弊しきり、共倒れに近い争いの継続を断念させた。
傍観を貫き通していた唯一神が己の命と引き換えに。
全種族に呪いをかけた。
――知性を有すると自称す全種族に告げる。是れ以降如何なる殺傷も禁ず。
唯一神の命と引き換えの呪いはいかなる者にも解くことはできず。
強大な力を誇った『神霊種』ですら、呪いに抗うことすら許されなかった。
かくして、種族同士の争いはなくなり、『ギルド』が生まれ。
永遠に続くと思われていた争いは幕を閉じた。
これは空が海が大地が――『箱庭』と名付けられる遥か以前のお話。
★☆★☆★☆
「さてと、とりあえずは手荷物の確認だな」
睡眠もとい気絶から復活して、人生の理不尽を呪ってからから、ひたすら放心していた二人だったが。
それにすら飽きたのか、二人とも疲労の中に冷静さを取り戻していた。
崖から離れ、何もない草原に座り込む。
「……にぃに。どうしてこ、こ?」
「いや、下手に動き回って迷うよりはましだろ?それにサバイバルもののゲームだと持ち物確認が先だからな」
ここは現実であり、ゲームの知識などどこまで通用するかわからないが。ともあれ。
「ほれ、持ってるもんを出せぃ」
「……う、ん」
予想外の出来事が起これば兄に従うことがベストと経験から白羽は理解していた。
兄に言われ、素直に持っているものをポケットだしていく白羽。
出てきたものは――
黒、白のスマートフォン
携帯ゲーム機2台に充電用のケーブル、手動電気発電機。
それに非常食二箱。
遭難者の装備としては役に立つかわからない微妙な装備だった。
スマートフォンのおかげで方角だけはわかるのだが。
「ま、こんな場所で携帯の電波が届くわけがないよな」
圏外表示の携帯を手に黒が言う。
しかし、電波が届かないとは言え、かめらやコンパスは問題なく機能する。
「……よし、とりあえず歩いてみるか。何か見つかるかもしれないし」
「……ラジャー」
2人は携帯についているコンパスで方角はわかるものの。
海図を持たず羅針盤だけ渡され大海原に旅立った状況に変わりはなく。
しばらく会話もなく歩いていると。
「……にぃに、ひ、と」
向こうの丘から人影?が走ってくるのが見えた。
「おーっ!よし、俺の勘はドンピシャだな!」
「……にぃに、あの人少しへ、ん」
と、現れた人影の頭には兎の耳がついていた。
ピンっとたった兎耳に体の線が浮き上がるレオタード。まるでそれは――
「バニーガールじゃねぇか……」
黒と白羽が異世界で見つけた最初の人物は『バニーガールでございます』と言わんばかりの格好をした少女。
その少女が最初に発した言葉は――
「ようこそ『箱庭』へ!遠路はるばるご苦労様でした!」
と、二人の顔を見合わせるものだったが。
「えっと……あぁ、そうか。ここはファンタジー世界だったな」
「……ちゅーとりある?」
自分たちの置かれた状況を一瞬で理解する二人。
あまりにも可笑しく、喜劇にすら思える状況に思わず笑ってしまう黒と白羽。
「な、なにを笑っていらっしゃるんですか?」
何を笑われているのか分からずに聞く兎耳に。
「……これほんも、の?」
「ふぎゃっ!」
突然、バニーガールの兎耳を掴む白羽。
「ちょ、ちょっとお待ちを!初対面で遠慮なしに白兎の耳を引き抜きにかかるとは!」
「……好奇心のなせるわ、ざ」
「自由にも程があります!」
「この耳本物なのか」
白羽に続いて白兎と名乗った少女の兎耳を掴む黒。
「え、っちょ待って――」
雲一つない青空に少女の悲鳴が響き渡る――
★☆★☆★☆
――一時間後――
「うぅ、ありえないのデス。初対面の相手にここまで蹂躙されたのは初めてなのデスよ」
「いいからさっさと進めろよ」
兎耳を触り飽きたのか大人しく岩の上に腰掛けている兄妹。もっとも妹の方はこくこく、と船をこいでいるのだが。
「い、言いますよ。――箱庭へようこそ!御二人様には我々の箱庭で『ギルドゲーム』と呼ばれるゲームに参加していただきます。既に気づいていらっしゃるとは思いますがここは普通の世界ではありません!様々な修羅神仏が存在するこの世界で勇気や知恵、力を試していただきたいと思い召喚しました!この箱庭には様々な種族が存在しております。神霊種、妖精種龍人種、獣人種……数え出せばきりがありません。」
「……む」
今まで船を漕いでいた白羽だったが『獣人種』という単語に反応して目を開く。
その言葉に黒も反応し。
「え、なにその楽園」
と言葉を漏らす。
「そしてその全ての種族。いえ、人間を除いた種族と言いましょうか。『贈り物』と呼ばれる様々な特異な力を与えられその力は箱庭の恩恵だと伝えられております。『ギルドゲーム』はその恩恵を競い合うゲーム。そして、この箱庭はオモシロオカシク生活できるように作られた世界なのデス!」
「はい、初歩的な質問から。我々の箱庭、ってことは他にもひとがいるんだよな?」
「YES!箱庭で生活するのあたってギルドと呼ばれる組織に所属していただきます!」
「やだね、て言ったら?」
「それも選択肢の一つですが――」
突然さした影に周囲が夜に包まれる。
黒が視線を動かして目を丸くする。
睡眠と覚醒の境界線を越えたり戻ったりしていた白羽すらを目を見開く。
二人の視線の先には。
先程までの青空はなく、大地の一部をえぐりとったような巨大な岩盤が空を漂っていた。
「恩恵を持たぬ人間風情では不可能かと存じ上げます」
――そういえば。
彼らの記憶には空を漂っている島を見た記憶があった。
「な、なんでもありかよ……」
「お分かりいただけましたか?恩恵を持たぬ人間ではこの世界を生き抜くことは不可能に近いのデス!」
「あ、あぁ、この世界がめちゃくちゃだってことはわかったよ」
「さて、この世界の案内人である黒兎にはすべての質問に答える義務があるのですがそれには少々お時間がかかるでしょう……ですから人間――人類のギルドについてお話したいのですが……」
「……待って。……まだ、質問してな、い」
なにか思うことがあったのか、先程まで口を閉じていた白羽が口を開く。
「……私が…聞きたいのは一つ…この世界はおもしろ、い……?」
「――YES。この箱庭は人知を超えた『もの』が存在する世界。外界よりオモシロオカシク生活できることをこの案内人である黒兎が保証します!」
突然、視界が白い光に遮られる。
全く状況がつかめていない二人に。
「しっかりとおつかまりください。距離にして三千八百キロメートル、所要時間0.3秒。快適なフライトをお楽しみください」
草の匂い――気がつけば2人は見知らぬ草原に放り出されていた。
しかし、それどころではなく。
「み、耳が……」
「……っ」
空間移動行う際に発生した超高音に耳がやられたのか耳を抑えて草原にうずくまる黒と白羽。
「大丈夫ですか?御二人様」
二人を転送した当の本人はケロッとしているのだが。
「もう少し安全に飛ばせ!白羽の鼓膜が敗れたら――」
立ち上がりすまし顔の黒兎に食って掛かろうとする黒だが、目に入った光景に言葉を失う。
先程までの何もない草原とは違う――人々の活気の溢れているであろう街並み。
黒たちの世界で言う十六世紀の街並みだろうか。
広大な大地にそれは広がっていた。
しかし――
「……ボロボ、ロ」
目の前の街並みを見たのか、白羽が呟く。
本来ならば人々の活気で溢れているであろう広大な街並みはその面影もなく――まるで何百年も放置していたように風化していた。
建物は崩れかけ、舗装された道は抉られていて。
その光景を見た黒は言葉を漏らす。
「おいおい……戦争でもあったのかよ」
「――YES,ここは人類と魔王のギルドゲームが行われた場所でございます」
「それは何百年も前か?」
「いえ、わずか3年前の話でございます」
「はっそれは面白いな。この風化しきった街が三年前だと?」
「これが幻獣種の変異種である魔王の力。この街を取り上げなかったのは魔王の力を誇示するためでしょう」
「……よく生き残ってるよ、ね」
「もうすでに人類は絶滅しましたってオチじゃないんだろ?さっさと案内しろよ」
「居住区はこの先でございます」
街の中に入り、風化した建物群を抜ける。
風化した建物も次第に少なくなり、本来の街並みであろう姿を取り戻していく。
「ここから先が人類最後のギルド――エアフォルクでございます」
★☆★☆★☆
フォルモント大陸、人類のギルド『エアフォルク』
赤道を北に置き、南東へと広がる大陸、その最東端の小さなギルド。
神話時代においては大陸の半分を領土としたギルドも今は見る影もなく。
現在――その居住区を残すだけの小さなギルドであり。
正確に言えば人類最後のギルドである。
そんなギルドの中央から外れた郊外。
宿屋と酒場を兼ねているそんな雰囲気の建物でテーブルを挟む男女のグループがひと組み。
いや正確にはひと組と一匹いうべきか。
一人は十代後半と思われる黒い髪の毛の、特徴のない少年。
そしてもう一人は。
十代前半と思われるが、その雰囲気から少し年上にも感じられる。
寝巻きのような、男物のシャツとズボンに身を包んだ――少女。
その向かいには黒い髪と黒いレオタード、さらには黒い兎耳を装着した少女。
「意外と賑やかなんだな」
「……う、ん。もっと…寂れてるのかおもった」
「ここには人類の全てが集まってますので当然なのデス!それに加えて国全体でギャンブル大会が開かれているのデス!」
「ギャンブル大会?」
その言葉を聞いて周りを見回す黒。
隣のテーブルも、そのまた隣のテーブルも賑やかにゲームをしていた。
行われているゲームは……ポーカー
「ふーん、白羽。参加してみるか?」
「……にぃにが参加…するな、ら」
「お待ちください。御二人様!この黒兎の説明を受けて――」
黒兎が言い終わる前に白と黒の兄弟は姿を消していて。
「どんだけ自由なんですか!あの御二人様は~~~!」
と、怒りを顕にするバニーガールの少女だけが取り残されていた。
……――――。




