それゆけ世界平和団
【第一話 世界平和団、発足】
その日、夏休みの宿題を片付けるべく三人の若者たちが畳敷きの部屋の中でテーブルを囲んでいました。
しかし、その静かな空気の中、Aという少女が突如としてテーブルに手をついて立ち上がり、声をあげたのです。
「なんか今猛烈に世界平和を訴えたいわ!」
その様子を見て、Bという少年は微笑んで答えました。
「それはいいお考えです」
しかし、そこにYという少年が口を挟みます。
「なんで俺だけアルファベットめっちゃ離れてんの?」
それはもっともな疑問でした。Aは額に指を当て、沈痛な面持ちで答えます。
「確かにあなただけアルファベットが離れているのは問題だと思うし、私だけ女なのも不自然だと思うわ。でも、私にひとつだけわかることは、それらの問題は世界平和に比べたら取るに足りないことだということよ」
「さすがはAさんです」
Bが微笑んで賞賛の言葉を浴びせかけましたが、Yは渋い顔です。
「いや、そりゃそうかもしれねぇけどよ……」
ですが、Aはかまわず世界平和に思いを馳せます。
「世界平和を訴えないと禁断症状が出そうなくらいに訴えたいわ! ねぇBくん、どうしたら世界平和って訴えられるのかしら」
「世界平和ということを誰かに伝えればいいと思いますよ」
Bの助言にAはしばし頭を悩ませていましたが、ふとピコンと頭の上に電球を浮かべました。
「うーん、そうだわ! これから『世界平和』の四文字で会話することにしましょう」
「その発想はなかったわ」
Aの発言にYは呆れたように顔をゆがませます。それはそうでしょう、その四文字だけで世界平和が伝わったら苦労しません。
Aの発言にさすがに驚いたのか、Bも一言加えます。
「さすがはAさんですね。良い案だと思います」
「おおおおおい何言ってんだ! もうお前こそYに相応しいだろ! もちろんイエスマン的な意味で!」
YのツッコミにBは微笑んで返します。
「世界平和」
「くっ!」
【第二話 世界平和団、躍進】
「世界平和!」
Aは元気に宣言しました。それはそれは咲くような笑顔で。
しかし、Bがそれを遮ります。
「世界平和……」
「せっ、世界平和!?」
Aは驚きます。それはそうでしょう。なぜなら世界平和なのですから。
「世界……平和……」
Bは悲しげな、しかし強い決意を込めた表情で、Aに告げます。仕方がありません、世界平和ですから。
「……世界平和」
悲しげに、Aは呟きました。Bの気持ちを無駄に踏みにじるわけには行きません。彼女も強く生きなければならないのです。世界平和ですから。
「だめだこいつら……早く何とかしないと……」
世界平和ですから。
【第三話 世界平和団、衰退】
「いいか? 言葉ってのは伝わらなきゃ何も意味はないんだぜ?」
「世界平和?」
「だから何いってんのかわかんねーってんだよ!」
Yは激怒した。
未だに世界平和と抜かし首を傾げるばかりのAをどげんかせんといかんと決意した。
「激怒されてしまっては仕方ありません。Aさん、ここはおとなしくY君の言うことを聞いておきましょう。平和と怒りは対極の存在ですよ」
「うーん、仕方ないわね」
Bに諭されて、Aもその頑なな心をやっと溶かしました。
しかし、Aはどうもそわそわと落ち着きません。Bは不思議に思って尋ねました。
「どうしたのですかAさん?」
Aは答えました。
「なんというか……世界平和って言うのやめると何話していいのかわかんなくなるわ」
「やっぱり何も考えてなかったんじゃねーか!」
怒りを覚えるとともに、Bの話をあわせるスキルに脱帽するYなのでありました。
「うーん、完全に世界平和というのをやめるのも口寂しいわ」
「では間を取って語尾に世界平和をつけることにしましょう」
「お前は何を言っているんだ」
YのツッコミにBは微笑んで返します。
「ですから先ほど折衷案と申し上げたはずで世界平和」
「無理やりすぎだろ!」
男二人の漫才をよそに、Aは今まで立ちっぱなしだったことに気づきます。
「なんだか疲れたわね。そろそろ座りましょうか。よっこら世界平和」
「もうわけわからん」
【第四話 世界平和団、パリへ】
「というわけでパリにやってきたわ」
「どういうわけなんだよ! どういう流れで俺たちはフランスまでやってきたんだよ!」
「風に聞いて」
「さすがはAさんです」
「お前ら……!」
Yはうなだれましたが、ここは勝手の知れない異国。彼が救いを求められる人物はいないのです。まぁ、元からいないのですが。
「来てしまったものは仕方がないじゃない。こうなったらパリの人々に世界平和を訴えるわ!」
「やめてくれ。国際問題になりかねん」
Yの言葉など聞こえていないかのように、Aはそこらへんを歩いていた成人男性に声をかけます。
「こんにち世界平和」
「Je suis Dieu」
「ほうほうそれは世界平和」
「Adorez-moi.Vous pouvez trouver le bonheur si vous faites donc il」
「世界平和~!」
彼女は成人男性に手を振ると、こちらに戻ってきました。
「ぜんぜんダメね」
「そりゃそうだろ」
もろくそ日本語なのですから、伝わるわけがありません。まぁ、相手が日本人でも何も伝わらない気がするのはこの際黙っておくことにしました。
「そもそも私はフランス語を知らなかったわ。ねぇBくん。世界平和ってフランス語で何ていうの?」
「当たり前のようにBに聞くなよ!」
「はい、直訳でよろしいならば『Paix mondiale』ですね」
「当たり前のように知ってるなよ!」
Bに望む回答をもらったAでしたが、なぜだか顔がすぐれません。
「ぱ……ぱいくす? なんて読むのそれ?」
「あぁ、『Paix』は『ペ』と発音するようです。全体で『ペ・モンディアル』ですかね」
「ペ・モンディアル……」
「ペ・モンディアル……」
AとYが珍しくハモりました。
「なぜかしら……フランス語のはずなのになぜかすごく韓流スターっぽいわ……」
「それは俺も思った」
【第五話 世界平和団、異世界人と出会う】
「というわけで無事帰国したわペ・モンディアル」
「さすがはAさんですペ・モンディアル」
「なんのために俺たちはパリに行ったんだろう……」
それぞれの思いを胸に、一行は日本へと帰ってきました。
Yの疑問もどこ吹く風、Aはんーっと背伸びをします。そして伸びた髪をさらさらと風に揺らし、ふと思いついたように話し出しました。
「あぁ、なんだっけ? よく外国から帰ってきた人が言うお決まりの台詞があるじゃない」
「和食が食べたい、ですかね」
いつもの柔和な笑顔を崩さずに、いつものように少ないヒントにもかかわらず的確な答えを返す。そんなBに、Yはいつから違和感を感じなくなっていたのでしょうか?
「そうそうそれよそれ! そんなわけで私は今猛烈に駄菓子が食べたいのペ・モンディアル」
「いい加減ペをやめろ。それに駄菓子って和食の範囲に入るのか?」
「良き日本の文化じゃないのよ。それに誰がなんと言おうとも私が今食べたい者は駄菓子なの。そこに至るためにはッ! 過程や方法などどうでも良いのだァーッ! というわけで行くわよ。この路地裏にオススメの駄菓子屋があるの」
「へいへい」
「さすがはAさんです」
いつからこの奇妙な均衡が、日常と化していたのでしょうか?
歪みは波及する。
そのようなものを日常と認識するならば、それは簡単に崩れ去るような脆い現実だということを、その角を曲がる前に彼は知るべきだったのです。
「なんだ……これは」
それは、Bでさえ霞むほどの異様な光景でした。
穴が。
まるで路地裏に居座るように、穴がそこに浮いていたのです。そして、真に驚くべきことはその次に起こったのです。その宙に浮いた奇妙な穴から、普通に巣穴から這い出てくるように、何かがのそりと姿を覗かせました。
それはまるで腹をすかせた虎のような殺気を放ち、そして最近の伝説のポ○モンみたいに外骨格みたいなのがやたら張り付いてるような感じでした。
ですが、食われる、と三人が直感したその瞬間には、その何かは穴という空間ごと何かに斬られた様に二つに分かれ、そして掻き消えていきました。
その後ろに立っていたのはYたちと同年代くらいの少女。その手からはビームソードのような閃光が伸びていましたが、やがてその輝きは消え、あとには魔法使いが使うような星型のステッキだけが握られていました。
一同が呆然と眺めていると、その少女がこちらに歩み寄ってきたのです。
「危ないところだった……とはいえ」
そこで、少女は再びステッキを構えました。ステッキが淡い光に包まれ始めます。
「一般人に見られてしまったのは問題だ。よって、お前たちの記憶、刈り取らせてもらう!」
ステッキから再び閃光が伸びます。これにはさしものAとBも大慌て!
「まずいですよ! 記憶をとられるということは、その人生が死ぬも同然ですよ!」
「マジで!? 超やべぇじゃん!」
「いや、何も根こそぎ刈り取るわけじゃないだろ」
逆に冷静なYのツッコミはやはり届かず、さらに二人は大慌て!
「世界平和! 世界平和!」
「ペ・モンディアル! ペ・モンディアル!」
「いつまで引っ張るんだそれ!」
それはごく日常のボケとツッコミだったのかもしれません。ですが、このときばかりは、それがいけなかった。
「なん……だと……? ペ・モンディアル? ペ・モンディアルといったのか」
少女が顔色を変え、動きを止めます。
「わ、なんか効果あった!?」
Aは希望的観測をしました。ですが、それは間違いだったのです。
少女は愕然と呟きました。
「なぜお前たちが私の真名を知っている――ッ!」
「うわー! まさかのペ・モンディアルさんだったー!」
「はっ、まさか貴様ら、魔王の手先か! ならばこのペ、容赦せん!」
「うわー! なんかすごいことになった! ってかペかよ! せめてモンディアルのほうで名乗れよ!」
ペのステッキの閃光がその輝きを強くしました。これは記憶なんてなまっちょろいもんじゃない。物体を斬るためのエネルギー! 根拠はないけど、誰もがそう直感できる迫力でした。
絶体絶命のピンチに、Aの頭脳はぶっちゃけありえないほどに回転し的確な判断を瞬時に下しました。
「Bくん! Yを盾にして逃げるわよ!」
「名案ですAさん!」
「チクショーてめぇら!」
友情とはかくも無力なものなのでしょうか。Bはその優男風の風貌にあるまじき筋肉を発揮して、Yをペのほうへと投げつけました!
「なっ、貴様ら仲間を……! どこまでも腐ったやつらだ!」
ペは憤慨しました。ですが、それでYの命を助けるかといえば、それは別の話なのです。
「うおおおおお! こんなところで死んでたまるかー!」
それで終わるわけにいかないのがYの方です。しかし地に足がついているならともかく、今は投げられて宙を舞っている状態。
自由も時間も、彼には残されていなかったのです。そこで彼がとった行動は!
「あっ! あんなところに魔王が!」
「な、なにぃ!?」
ペが背後に気を取られたその瞬間に、Yは着地しながらステッキソードを握っているペの手を押さえつけました。武器がいくら怖かろうと、それを操る腕を封じれば話は別です。
「なんだ、魔王など居ないではないか……はっ! きっ、貴様、姑息な手を――!」
まんまと嵌められたことに気がついたペはYの顔を睨み付け、そして――
「つか……う?」
恋に落ちたのです。
(ええええええええええええええ)
(ええええええええええええええ何その展開)
人が恋に落ちたときに聞こえるといわれる伝説の擬音、『ぽっ』が今にも逃げようとしていたAとBには聞こえていました。
「な、なんだ、どうしたんだいきなり固まったりして」
それに気づいていないのはYばかりなのです。
「くっ、心を乱すとは面妖な術を使いおって! この場は引いてやるが次に会ったときが貴様らの命日と思え!」
「何の話なんだ!?」
ステッキが一際強く輝き、皆が眩しさに目をつぶります。そして次に目を開けたときには、さきほどの出来事が夢幻であるかのごとく、ペも穴の痕跡も、何もかもが消え去っていたのでした。
呆然と立つYに、AとBが歩み寄ってきました。
「いやぁ、よかったわねY! 私はあなたを信じてたわ!」
「さすがYくんです。たとえるならば戦場で安心して背中を預けられる信頼とでもいいましょうか」
「うるさいよ」
【第六話 世界平和団、転校生と相対す】
「パリへ行ったりとかしてる間に夏休みが終わってたわ! というわけで普通に学校に着たわよ!」
「さすがはAさんですね」
「もう何がさすがなのかわかんねーよ! お約束か!」
先日変な人と一戦交えたとは思えないほどの日常への帰りっぷりです。これが彼らの強さなんでしょうね。
前話のナレーションはいったいなんだったのでしょうか。盛り上げ損でしょうか。
「それじゃまた昼休みに」
「ういうい」
そう言って三人は別れます。実はこの三人、クラスは別々です。中学からの縁で仲良くしてるだけなのですね。
そして別れたあとにスポットを当てられるのは、Yです。
「いやぁ久しぶりの学校って皆の顔ぶれが懐かしくなるなぁ」
「ようY、久しぶり!」
「あぁ、Fも元気だったか?」
「はっはっは! この体を見ればわかるだろう! しかし今日は始業式だけだから楽でいいよな」
「あぁ、まったくそのとおりだな」
Yは久しぶりの普通の友達との会話に酔いしれます。そうだよなぁ、これが普通の友達との会話ってもんだよなぁ、としみじみと感じるYであり、またそれが普通の友達との会話だということに、今まで気づかなかったのもまたYなのです。
「あー、皆さん静粛に」
「Z先生だ!」
「Z先生!」
そうこうしているうちに先生が入ってきました。Z先生は名前的に人気者です。
「あー、始業式に行く前に最初のホームルーム始めるぞ。それというのもいきなり転校生が入ることになったからだ」
Z先生の発言に、クラスが色めき立ちます。男かな? 女かな? 意表をついて雌雄同体かな? などという会話がクラスを席巻します。
「あー、静粛に」
静かになりました。
「では転校生を紹介する。Pさん、入ってきなさい」
「はっ!」
そうして、扉を開けて入ってきたのは、男でも雌雄同体でもなく、少女でした。
少女は緊張しているのか、ロボットのような固い動きでZ先生の横までやってきます。
しかしその姿はYにとってどこか見覚えのあるものだったのです。
「ほ、本日転校してまいりました、Pと申す者です。よろしくお願い致します」
そうして頭を下げた少女をぼうっと見ていたYは、再び顔を上げたその少女とばっちり顔が合いました。その瞬間、Yと少女、二人は同時に顔を引きつらせ、叫びました。
『あぁーっ! お前は昨日の……!』
そう、この少女はあのペだったのです!
そしてそれ以上Yには何もいえませんでした。ただでさえ皆の注意を引いてしまったというのに、これ以上続けたら昨日あった内容が内容だけに、精神を心配されそうです。
ペのほうもそれをわきまえているらしく何も言わなかったので、Yはひとまず変な人扱いされなかったこととなりふり構わず命を狙われるわけではないということに二重に安心していました。
「なんだ、知り合いか。じゃあちょうど空いてるから席はYの隣だな」
「ちょっと待って! なんで都合よく俺の隣が空いてるんだ!?」
Yが抗議します。常識的に考えて空いた机なんてあるわけがない、という常識的なツッコミの意味でもあったのですが、あんなのに隣にこられたらいつ殺されるかわかったものではありません。
その抗議に、しかしZ先生は笑って答えました。
「まぁ、ここまでやったんだから最後までお約束を貫こうよ」
「何を言ってるんですか先生! しっかりしてください!」
しかし、Yの必死の抗議にもかかわらず、ペはYの隣まで来てしまいました。
「ふん、まさかこんな所で再開するとはな……」
ペが小声で囁きかけます。Yは覚悟を決めて、なるべく刺激しないように友好的に接することにしました。
「あ、あぁ……まぁ、なんというか……よろしく」
結局何が言いたいのかわからない物言いになってしまいましたが、ペは慌てたようにふいと顔をそらして、詰まりながら答えました。
「あ、ああ……よろしくな……」
「へ?」
(な、何を言っているのだ私は……)
挙動不審な様子のペと、それを不思議に思うYなのでした。
【第七話 世界平和団、異世界人と対決す】
昼休み、そそくさと逃げるYをペが追いかけ、結局のところ誰もいない屋上にABYの三人組とペが対峙する形となっていました。
「ふ、ふふふ……この世界に溶け込むために編入してきたこの学校にすら、魔王の尖兵が潜んでいたとはな……」
「な、なんだかよくわからないが、ちょっとどころじゃなく誤解があるぞっ!」
やる気満々のペにYが慌てて抗弁しようとしますが、それを手で制したのはなんとAでした。
「ふふん、すごい剣幕じゃない」
「あたりまえだ……貴様らほど厄介なやつらは見たことがない……特にそこのYとかいうやつ!」
「えぇ!? 俺ぇ!?」
「お前の顔を思い出すたびにベッドの上でごろごろ転がりたくなって転がって落下したりして地味に傷を負っているんだぞ!」
「なにそれ!?」
(うわぁー、重症だー)
Aは少し呆れましたが、にわかにニヤリと笑い、ペに言い放ちました。
「ふふん、だったら私たちをどうするというのかしら?」
「ほぅ、尻尾を巻いて逃げた昨日とはえらい違いだな」
「三十六計逃げるに如かず……あなたの力が未知数だった昨日は逃げることこそ最良の選択だったわ。でもね、既に私はあなたの力を見極めた。今はあなたを倒すことなど、世界平和拳の師範である私には容易いことだわ」
「何だその世界平和拳って!」
YのツッコミにAは誇らしげに答えます。
「今、創った」
「ダメじゃん!」
「さすがはAさんです」
そんな折、三人組の様子に痺れを切らしたペが攻勢に出ました。
「ええいごちゃごちゃとうるさいやつらだ! さっさとケリをつけてくれる! はああああっ! 出でよラブラブステッキ!」
「そんな名前だったのかあのステッキ!」
ペの呼び声に答え、ハートと星のエフェクトが手に集い、幻想的に彩ります。
しかし、なんということでしょうか。Yのツッコミよりも、ラブラブステッキがその形を取るのよりも速く、Aの拳がペの顔面にめり込んだのです。
「な……に……」
「ふふふ……世界平和拳は神速の極意。その拳は相手の名乗り口上や変身シーンなどなどを無視して一方的に攻撃できるのよ!」
「な……なんてやつ……だ」
外道極まりないAの一撃に、ペは倒れ伏しました。
「さすがはAさんです。合理主義を持って幻想を砕くとはなんという正論でしょう」
「ロマンのかけらもないけどな。だけど倒したのはすごいが倒してどうするんだ?」
「話を聞かせるにはまず自分が相手より上の立場だということを知らしめなければならないものよ。さぁ、立ちなさいペ・ヨン……じゃなくてモンディアル」
しかし、ペはAの呼びかけに答えず、倒れ伏したままです。
「あら、どうし……ハッ、死、死んでる!」
【最終話 世界平和団よ、永遠に】
おや大変。魔王の侵攻を食い止めていたペが死んだことで、この世が魔王の侵攻を受け闇に閉ざされてしまいましたよ。
「そんな……世界平和のために開発した世界平和拳がこんな結果を招くなんて……」
「さすがはAさんです」
「ええい、事が大きくなりすぎてどこからツッコめばいいのかわからん!」
うなだれる三人をあざ笑うかのように、天空から重苦しい声が響いてきます。
『やぁ、私が魔王だよ。この世で起こっている嫌なことや苦しいことはみんな私のせいなんだ。だから私を倒せば不都合なことはみんな消えて世界平和が来るんだよ! だからみんながんばって私を倒そうね!』
「な、なんてフレンドリーかつ都合のいい魔王なんだ……!」
「ともかくあの魔王を倒せばまるっと解決するわけね!」
「さすがはAさんです」
「おいB……もう少し言葉に応用を利かせろよ。ロボットかお前は!」
「……気づかれてしまっては仕方ありません。おっしゃるとおり、僕はロボットです」
「マジ!?」
この話に腰を抜かしたのはYだけではありません。Aもまた、しりもちをつくほどにその事実に驚いていました。
「ほ、本当なの? Bくん……」
「はい……。僕はAさん、あなたを守るために三丁目のKさんに造られたのです」
「誰!?」
Bの言う衝撃の事実に、Aは思わず涙ぐみます。
「ううっ……Kさん……誰だか知らないけどありがとう……」
「お前も知らねーのかよ!」
Bは少し、寂しそうに微笑みます。
「僕の存在理由は今、この時のためにあったと言っても過言ではないですね。では、さようなら、皆さん……」
Bはそう言うと、足の裏からジェット噴射をして浮かび上がり始めました。
「Bくん! あなたまさか!」
「B! 待ってくれ! まだお前にはいっぱいつっこみたいことが!」
Bは先ほどの微笑みのまま速度を上げます。そしていつしか彼らの声も届かないまでに加速し、上空に渦巻いていた暗黒の渦へと吸い込まれていきました。
そして、爆音とともに、光があたりを照らしたのです。
「B―――――――――!」
Yたちの叫びと同時に、魔王の苦しむ声もまた発せられていました。
『ぐああああああ! この魔王がこんな一瞬で……! くっ、いいか人間たちよ! 私を倒して生まれた平和など所詮、かりそめのものでしかないんだ! すぐに私のような存在がまた生まれてくるだろう! だが、しかし……それを止められるとするならば、真の世界平和を作れるのだとするならば……それには、一人ひとりの意識が大切なんだ!』
「魔王がすごくがんばってこの話をいい話にしようとしているわ!」
「魔王は今まで会ったやつらの中で一番人間が出来ている。間違いない」
『いいかみんな! 自由と平和を履き違えるんじゃない! たとえ不自由でも、お互いを想い合えるのであれば、それが真の平和なんだ! ぐふぅ!』
そうして、暗黒の空は晴れ、世界に蒼が戻ったのです。
「でも……私たちの払った犠牲はあまりにも大きすぎたわ……」
「B……ペ……」
嘆く二人の前に突如閃光がほとばしります。二人は思わず目を覆い、そして光が収まった後に見たものは。
「おや、僕は確か自爆したはずでは……」
「び、B!?」
「そ、そういえば魔王が自分を倒せば不都合なことが全部消えるって言ってたわ!」
そしてBだけではありません。
「く……私は何を……」
「ペ! お前も生き返ったのか!」
「はっ! 貴様らさっきはよくもやってくれたな!」
「いや、ちょ、待っ……誤解だって! ってかやったのはAなのになんで俺ばっかり!」
追いかけっこをするペとYの後ろで、Aたちは魔王の消えた空を見上げていました。
「そんなに手軽に手に入る世界平和なんてありはしない、か。まだまだ私たちがやらなきゃいけないことはたくさんあるのね」
「そうですね。さすがはAさんです」
二人はいつまでもいつまでも、空を眺めていたのでした――――
「おいコラ! 二人だけで綺麗に締めようとしてんじゃねぇ! ちょっ、助けっ、あっ、あっ、アッー!」
「逃がさんぞぉぉぉぉお!」
それゆけ世界平和団――完