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「何だ、ここはあんたの家か」



少しだけ戸を開けて目があった瞬間、意外なものを見たかのように熊二号が目を見開いた。


(……どういう意味だ、熊め)


常識的にあり得ない時間な上に、誰の家とも知らずに来やがったのか。



「何だとは御挨拶ですね、副団長さん。こんな時間に訪問されるほど、貴方と親しくさせていただいている記憶はないのですけれど」



というより、会うのは二度目だ。

真夜中に勝手に来て意外そうな顔をされても、正直こちらとしてはどうリアクションをとったらいいか、判断に迷うところである。

戸惑ってオロオロしてみるのも有かもしれないが、生憎そんな可愛い性格をしているわけではない。

ほんのちょっぴり皮肉を交えて、笑顔でこたえると(目はもちろん笑ってない)、少しだけバツの悪そうな顔をした。



「悪い。あんたの家とは知らなかった。確かアーチャだったな。実は怪我人がいてな、少し部屋を借りたいんだが……」


「怪我人?」



そんなもの何処にいるのか?と、いぶかしみつつ熊二号を観察すると熊二号が小脇に何か抱えていることに気がついた。

子供くらいの大きさの、布切れに包まれた何か。



「もしかして、怪我人ってそれですか?」



熊二号が抱えているものを指さす。



「あぁ、大分弱っている」



だったらもう少し抱え方を考えろ、と言いたくなった。


熊二号が小脇に抱えていた何かが怪我人ならば、大きさ的に間違いなく子供だろう。

なんでこんな時間にこんな街から離れた場所で怪我した子供を抱えているのか、とか大いに突っ込みたかったが、それ以上に熊二号に抱えられた子供(仮)が心配である。

顔を覗かせる程度に開いていた戸を大きく開け、熊二号が家の中に入れるようにスペースを開ける。



「ベッドに寝かせて下さい。とりあえず水を用意します」


「悪いな。邪魔をする」



熊二号が家に入ったことを確認して、戸を閉める。そのまま風呂場に向かった。

部屋に入れば、すぐにベッドが見えるほど狭い家だから、わざわざ案内せずとも勝手にやるだろうと判断してのことだ。

風呂場に置いてあった水桶を手に取り、台所にある水瓶から水を移した。

途中、洗ったばかりの清潔な布を手に取り、ベッドに向かう。

怪我がどの程度かは知らないが、生憎我が家には傷の手当てをするための道具など無い。普段は怪我をしても精々軽い擦り傷くらいだから、水できれいに洗ってそのまま自然治癒に任せていたからだ。

ベッドの方に視線をやれば、思った通り熊二号が布の塊をベッドに横たえようとする姿が目に映った。



「水と布です。生憎ここではこんなものしか用意できないんですが……」


「あぁ、助かる。この後、魔術師が来るから大丈夫だ。傷口だけ洗わせてくれ」


「分かりました」



熊二号がベッドに横たえた布の塊から布を捲りあげると、中身が現われた。

熊二号の後ろから覗き込むと、7,8歳くらいの、顔だけでは男の子か女の子か分からない中性的な顔立ちの子供が現われた。

その顔は泥で汚れ、所々痛々しい擦過傷が見える。

大きな怪我は見当たらないが、衰弱しているのか、青白い顔で弱弱しい呼吸をしている。

布を剥いだ熊二号は、でかい図体に似合わないほど優しく丁寧な動作で、泥で汚れた所を拭き、傷口を洗い流していく。



「……この子は?」


「詳しくは後で話す」


「手伝いは?」


「大丈夫だ」



手伝うことはないらしいが、よっぽど汚れているのか、二、三度拭いた布を洗っただけで、みるみるうちに水桶の水が汚れていった。



「水を替えてきます」


「あぁ、ついでにあれば乾いた布もくれ」


「分かりました」



こちらを見ることなく返事した熊二号をそのままに、水桶を持って再び台所に戻る。


(鍋かなんかに水をストックしておくか……)


この様子だと今替えた水もすぐに汚れてしまうだろう。

傷口を拭うのにそれはよろしくない。

汚れた水を棄て、きれいな水を汲み直した水桶をベッド脇のテーブルに置くと、すぐに台所に引き返し鍋に水を汲む。

布も何枚かまとめて手に取る。



「水と新しい布です。替えて下さい」


「おう」



新しい布を手渡し、黙々と作業する熊二号の手元を観察する。布を新しく替えるたびに子供はきれいになっていった。

水を新たに汲み直すころには、汚れはきれいに落ち、露わになったいくつもある傷口の赤が痛々しく目に映った。









作業が終わるのを見計らい、コップ二つに水を注ぎベッドに運ぶ。

1つは怪我をした子供用、もう1つは熊二号用である。

布に包まれていた子供は、汚れを拭き取る過程で男の子であると分かった。今は汚れた布も取り去り、裸の状態でベッドに横たわっている。

相も変わらず弱弱しい呼吸をしており、時折ヒューヒューと掠れた呼吸音がする。


いくらなんでも、魔術師が来るまで裸のままは気の毒である。

女ものを男の子に着せるのは何やら申し訳ない気がするが、この場合は仕方がない。

ごそごそとチェストもどき(もどきとしか言いようがないちゃっちい作りの収納BOX)を漁り、着せやすそうな長めの釦シャツと短パンを取り出す。

古着だが、柔らかい綿でできており、傷口にも負担は少なくてすむだろう。


無言で熊二号に差し出すと、意図を汲み取ったのか、無言で着せていく。

着せ終えるのを待ち、これまた無言で水の入ったコップを差し出すと、子供の上半身を置きあがらせ片腕で支え、器用に水を飲ませる。

半分程飲ませると、少しだけ子供の呼吸が穏やかになった。


なんとなく、ホッとした空気が流れた。


そのまま上掛けをかけてやり、子供を寝かせる。

一仕事終えたように長く息をつく熊二号にも水の入ったコップを差し出してやる。



「悪いな」


「いいえ」



我が家には椅子が一脚しかない。その唯一の椅子には熊二号が腰かけていたため、行儀悪いがテーブルの上に腰かける。

喉が渇いていたのか、熊二号は一息に水を飲み干した。



「で、この子供はどうしたんですか?貴方も含めて、何故こんな時間にこんな街はずれに?」


「あぁ、話せばそこそこ長くなるんだが……」


「魔術師さんはまだ来ないし、どうせ今夜はこの子を動かさない方がいいでしょ。時間なら夜が明けるまでたっぷりありますし、聞かせてもらいましょうか」



真夜中に押し掛けられた挙句、ベッドまで占領されてしまったのだ。

例え面倒事であろうと、ここまできたら理由を聞かねば、なんとなくおさまらない気がした。

おそらく深夜の妙なテンションがなせる技だろうが、面倒事は全力で避けようとする篤美にしては珍しく、事情を聞き、それ次第によっては関わる気でいた。

子供がこんなにもボロボロに弱っているのが見ていられなかったからでもある。


(正義感なんて立派なものじゃないけど、子供がこんななりになってるのは見過ごせないからねぇ……)


さっさと話せと目で圧力をかけると、なんとなく面倒そうな顔をしていた熊二号は諦めたかのように、大きく溜息を吐いた。





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