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招かれざる客人

森での出来事があってから、十日が経った。



中々に強烈な出来事であったのだが、篤美の中では、もう記憶として薄れつつあった。


……断じて加齢によるものではない。


ただ、日々の生活にあまり関係がないことであったからだ。

その間、毎日飯屋で働き、夜の散歩を楽しみつつ家に帰り、帰宅後のダビ酒と煙草を楽しむという、ルーティン化した毎日を送っていた。

もうすぐで、この街に来てから一月が経とうとしている。







‐‐‐‐‐‐‐‐‐


ベッドの上に大きな布地を広げる。

濃い藍色の無地の布で、丁度、日本の藍染の様な色味をしている。

今日の昼間、仕事に行く前の丁度昼飯時の頃に、街の中を探索という名の食べ歩きをしていた。そのときに、店の前にこれが置いてあるのが偶然目に入り、うっかり衝動買いをしてしまったものだ。

綿の様な手触りで、吸水性もそこそこありそうな、いい感じの布地である。



うっかり衝動買いしてはみたものの、はてさて。

これをどうするか。



篤美は裁縫がすこぶる苦手であった。

というよりも、小学生の頃から実技系の教科は苦手で、『体育・音楽・家庭科・図工の順番で嫌いだ!!』と事あるごとに言っていた程である。

一人暮らしが長かったため、一通りの家事は嫌でもできるようにはなったが、裁縫だけは如何せん、からきし駄目だった。


この世界では、服飾に関していうならば一応売ってはいるが、新品のものとなると中流階級以上でないと、手が出ない値段である。そのため、一般庶民は古着屋で買ったり、自分で作ったりするのが主流である。

実際、篤美の持つ服は、マルコ爺に買ってもらったもの以外は、古着屋で購入したものだ。

既製品以外にオーダーメイドの店もあるが、それは貴族達のドレスなどを主に扱う店であり、一般庶民の篤美には違う世界のものである。


と、なれば、この布地は自力でどうにかする以外ないわけである。


考えあぐねた挙句、寝巻き用の浴衣を作ることにした。

洋服はなんだか初心者には難しそうであるし、浴衣ならばひたすら直線に布を縫い合わせていけばいい様なイメージがあるからだ。

大学時代、日本の民俗を学ぶ過程で衣食住に関して少々調べたことがあったという事もある。非常に曖昧な記憶しか残っていないが、着物の構造くらいはうろ覚えだが一応記憶に残っている。



巻き尺なんてものは持っていないから、適当な紐を使って採寸もどきをする。

浴衣ならば、ある程度大きくても前身ごろやおはしょりで長さを調節できるから、だいたいの寸法でも問題はないだろう。

そもそも寝巻きとして作るわけだから、誰に見せるわけでもない。

元来の大雑把っぷりを発揮するような適当な採寸をして、寸法の大体の大きさに折った布地をナイフで切り裂く。

鋏は持っているが、こういうものはちょこちょこ切るより、一気にガッと切ってしまった方が上手くいく。

室内用に使っているカンテラの明かりに照らされた薄暗い室内で、ベッドに広げた布地をドンドン切り裂いていく。

部屋の中には、布ずれの音とナイフで布を切り裂く音しかしない。黙々と息を詰めるようにして作業を行う。


そう時間が経たないうちに、裁断の作業が終わった。大きく曲がる事もなく、きれいに切れたと自画自賛しつつ一服する。


切った布地をベッドの脇に置き、ベッドに腰かけ煙草を吸う。

なんだかテンションで裁断まで一気にやってしまったが、縫い始めるのは明日からでいいだろう。

そろそろ日付が変わる時間のはずだ。


明日からは仕事が終わった後の作業ができた。こうして自分で着物を作ったり、小さな庭でハーブなんかを育てたりしていると、元の世界で流行っていたスローライフのようだ。

都会大好き、便利な文化的生活万歳!な自分が、こうしてスローライフを送っているということが、なんだか可笑しくて、口元が緩んだ。







‐‐‐‐‐‐‐‐‐


煙草を一本吸い終えて、さて寝るか、と寝支度をしていると、なんだか外が急に騒がしくなった。

なにやら慌ただしいような、人の声や馬の蹄のような魔獣の足音が聞こえる。

どうやら方角的には森の方から聞こえる。どうも森からこちらの方に向っているようだ。

音が徐々に大きくなり、近づいてくる。


何事かと、いぶかしんでいると単騎が駆けて近づいてくる音がし、家の前で止まった。


(おいおい……こんな時間に一体何事だ?)


すると、トントンというよりも、ドンドンッとノックするには些か激しすぎる力で家の戸が叩かれた。

何となく息をひそめる。


(……何だろう、面倒事の臭いがする……)


こんな真夜中に、という以前に、篤美の家に客人が来たことは一度としてない。

ガディさんには一応雇い主であるから家の場所を教えてはいるが、それ以外で篤美の家を知っている人間はいないはずだ。(よくあるお引越しの挨拶回りもやってないし)


ここが篤美の家と認識しての客人か、それと、単に家があったから来たのか……。


相手の正体は分からない。ばれない様にカーテン越しに窓から覗いてみても、丁度陰になっているのか、月明かりにうっすら照らされたトュールという、馬と犬系の動物を足して二で割ったような騎乗用の魔獣の姿しか見えない。


強盗の可能性もある。


戸を叩く音は様子を窺っている今も続いている。焦れてきているのか、戸を叩く強さと速さが増してきており、もはや、ドドドドドドッという、戸を叩く音とは思えない音がしている。

明かりが漏れている時点で、居留守は使えない。


(……これ以上、様子見しても仕方ないか)


何者かは分からないが、居留守が使えない以上、どうやら出るより他ないようだ。半ば諦めの境地に達した篤美は、とりあえず近くにあった布の裁断に使ったナイフを手に取り、逆手で持つ。

ナイフを持った手を軽く背後に隠し、そろそろと戸に近づく。


ごくっと一度生唾を飲んで、戸の外にいる人間に声をかける。


「……どちら様でしょう?」


すると、割かし最近聞いたことがあるような声で答えが返ってきた。


「ディリア騎士団の者だ」


(騎士団?騎士団がこんな時間に一体何の用だ?)


騎士団が会いに来るようなことは、何も思い浮かばない。

そもそも騎士団と関わったのは、トルコだかバルトだかいう、あの若い青年を気まぐれに介抱した時だけだ。正直、すでに名前もうろ覚えであり、今さらお礼をこんな時間に言いにきたというわけではないだろう。


怪訝に思いながら、軋む音を立てる戸をそろそろと開ける。


外を覗き込むと、何時ぞや話した、熊二号もといディリア騎士団副団長が立っていた。


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