夜の散歩
篤美は一人夜道を歩いていた。
仕事が終わり、いったん家に帰った後、夜の散歩へと繰り出したのである。
普段は通勤そのものがある意味夜の散歩状態ではあるが、この日は何か物足りなく感じ、荷物だけを部屋においてふらりと出掛けてみたのである。
青みがかった月が中天に差しかかる頃合いである。
今夜は満月であるから、カンテラも必要なく、青白い月明かりに照らされた道を歩く。
普段は街の方向にしか、歩みを進めないため、今夜は街の外、森の方向へと歩いていた。
右手に鬱蒼とした森があり、左手に畑が広がる道をただ歩く。
篤美は歩く事が好きだ。特に静かな夜は。
黙々と足を進めていくうちに、頭の中にある様々なことが消え去り、ただ無心になる。
その瞬間がたまらなく好きだ。
右足と左足を交互に前に出す単純作業。
歩みを邪魔するものなど何もなく、今夜は獣達の声も聞こえない。
ただ静寂だけが世界を支配していた。
体感時間的に1時間程、歩いただろうか。
ふと、森の中に目をやると、森の中が白い光を放っていた。
(なんだありゃ)
好奇心がむくむくと湧きあがり、夜の森に入る危険性など考えずに道を逸れて森へと入る。
ガサガサと下草をかき分け、木々の折り重なるような葉っぱに月光が遮られて視界の悪い中を時折顔や腕にあたる木の枝を除けながら進む。
5分ほど進むとひらけた所に出た。
その場所の様子は、幻想的としか言いようがなかった。
スズランのような形の、しかし花の大きさは水仙程ある白い花をつけた植物が、視界いっぱいに月の光を受け止め白く発光していた。
自分の身体がふるりと震えるのが分かった。
急速に目頭が熱くなったかと思ったら、ポタリポタリと顎を伝って涙が落ちた。
目の前の光景に、言葉にできない程の感動を覚えた。
元いた場所では、決して見ることができなかった光景。
その幻想的な様子にただ立ち尽くし、涙を流すことしかできなかった。