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大きく切ったステーキを一口で口に含む。噛む度に肉汁が口の中に溢れて旨い。
もぐもぐ噛んで飲み込むと、赤い顔で憮然としたヒューに顔を向けた。
「で?なんか用があってきたんじゃないの?」
「あっ!はい」
「なんかあったか?」
ケディもヒューの顔を見る。
ヒューが赤みのとれない顔を引き締めた。
「実は隣の領地から連絡がありました。三人組の連続強盗殺人犯がこちらに向かって逃走したそうです。今騎士団を総動員して捜索にあたらせてますが、念のため警戒しておいてください」
「連続強盗殺人犯……ね」
「領地内に人員をばらまいているので、どうしても少人数になりますが護衛を用意します」
「必要ない。筋力は多少落ちてるが剣は問題なく使える。三人なら俺一人でも大丈夫だろう」
「んー……じゃあ護衛はいらねぇな」
「本当に大丈夫か?ケディ」
「あぁ。ここに来ると決まったわけでもない。護衛に人員割くより捜索に回した方がいい」
「分かった。気をつけろよ」
「おう」
言うだけ言うと、ヒューは慌ただしく砦に戻っていった。少し冷えた肉を口に放り込む。
「このくそ寒いなか物騒な話だな」
「強盗は意外と冬場に多いんだよ。雪が降りゃ視界も悪くなって逃げやすいし、足跡も消してくれる場合があるからな。蓄えのない奴がやらかしたりする」
「なるほどねぇ」
行儀悪くもぐもぐしながら相槌をうつ。どうせこんな街外れには来ないだろう。他人事のように話を頭の隅っこにやり、酒を飲みつつ残りの食事を楽しんだ。
ーーーーーー
夜更け。
体は昼間の労働の疲れでだるいが、ケディとだらだら酒を飲んでいた。カンテラと暖炉の明かりで室内は明るく暖かい。
ぽつぽつ話ながらグラスを傾けていると、遠くから魔獣の足音のような音がした。
「捜索隊か?」
「じゃねーの?」
ケディが呑気に応えながら手酌で酒をグラスに注ぐ。ちょうどアーチャも飲み終わったので、無言でグラスを差し出した。
酒を口に含んで香りを楽しんでいると、徐々に足音が近づいてきている気がする。
ケディも気づいているのだろう。
酒の入ったグラスをテーブルに置いて立ち上がり、壁にかけてあった鞘に納められた剣を手に取った。
アーチャもグラスをテーブルに置いた。
足音は確実にこの家に近づいている。
ドタドタと足音が聞こえたかと思えば、ガンッと激しい音を立てて玄関が蹴破られた。日が落ちてから降りだした雪が冷気と共に家の中にまで入ってくる。咄嗟に立ち上がって剣を持つケディの後ろに回る。
玄関から薄汚れた格好をした男が三人、家の中に入ってきた。
「んだよ。不細工なババァが二人だけかよ」
「ちっ。しけた家だぜ」
「やっぱ外れじゃねぇか」
口々に勝手なことを言いながら男達がずかずか入り込む。男達の手には鈍く光る抜き身の大きなナイフがあった。ケディが無言で剣を鞘から抜いた。
「あ?んだ、ババァ?」
「おい見ろよ!ババァの癖に剣なんか持ってやがるぞ」
「ギャハハハ!女が剣なんぞ使えるわけねぇだろ!」
「とっとと殺して、食い物だけ取ってずらかろうぜ」
「ババァ二人じゃ楽しめもしねぇしな!」
「だから若い女がいそうな家にしようっつっただろ!」
ニヤニヤと笑いながら男達が近づいてくる。
自分達が優位にいると疑ってもいない様子だ。黄色い歯を剥き出しにして、目をギラギラさせて笑っている。
ひゅっと息を飲んで、思わずケディのシャツを掴むと、ケディが低い声で囁いた。
「奥に隠れてろ」
アーチャは震えそうになる体を叱咤して、風呂場へと走った。背後から怒鳴り声が聞こえる。
すると、何か落ちるような音と男の叫び声が聞こえた。
風呂場のドアを閉めて、その場に踞る。
怖い。
部屋の方から争うような音や悲鳴が聞こえる。踞って震えながら両手で強く耳を塞ぐ。それでも微かに聞こえるそれに恐怖がつのる。
こちらの世界が元の世界より物騒なのは知っていた。剣だって見たことあるし、アーチャも護身用のナイフを持っている。
しかし暴力も命のやり取りも完全に他人事だった。自分にはまるで関係ないと思っていた。
でも違った。
ドア一枚隔てた向こうでは多分命のやり取りをしている。
悲鳴や物音がそれを物語っている。
怖くてたまらない。
アーチャはぎゅっと目を閉じて、震える体を両手で抱き締めた。
ーーーーーー
どれだけ時間が経ったのか分からない。
聞こえていた激しい物音や叫び声は聞こえなくなり、静寂が逆に耳に痛い。
するとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。ビクッと体が震える。這いつくばるように風呂場の奥に進んで隅っこに移動する。
風呂場のドアがゆっくり開いた。
怖くてたまらないが開くドアから目が離せない。ガタガタ震えながら目を見開いているとケディが顔を出した。顔や服に血のようなものがついている。
「終わった。砦に行ってくるからアンタはまだ此処にいろ。すぐに戻る」
そう言うケディに無言で壊れた人形のように首を縦に振った。今口を開いたら情けない声しか出ない。血にまみれたケディが恐ろしいが、同時にひどく安堵する。すがりつきたいのを必死にこらえて裏口から出ていくケディを見送った。
ケディは本当にすぐに戻ってきた。
ヒューも一緒で、慌てたように声をかけられるが、何も応えられない。
ただ無言で震えていると、ケディが部屋から毛布を一枚持ってきた。無言で毛布にくるまれる。
「すぐに騎士団の連中がくる。片付けがおわるまでここにいてくれ」
そう言って震えるアーチャの頭を優しく撫でた。ケディからは鉄臭い血の臭いがした。
ヒューも心配気にアーチャを見た後、風呂場から居間の方へと向かった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
毛布の中で震えていると、複数の男の声と何かを運ぶような物音がしだした。ケディやヒュー以外で聞き覚えのある声もする。ほとんど話している所を見たことがないが、何度か聞いたことがある。おそらくはヴォルフだ。
騎士団の者達が来てくれたのだ。
それでも恐怖は去ってくれない。
アーチャは着替えたケディが声をかけるまで、ずっと俯いて震えていた。
部屋の中は然程荒れていなかった。
騎士団の者達が片付けてくれたのだろう。
しかし、よくよく床を見ると血の跡のようなものが何ヵ所もあった。生々しいそれにぞっとする。玄関も乱暴に蹴破られたわりに壊れてはいないようだった。騎士団が撤収した今は部屋の中はひどく静かだった。
テーブルの上に置きっぱなしだった煙草を手にとって、毛布にくるまったままベッドに腰かける。震える手で煙草に火をつけて深く吸い込む。
ケディは今風呂に入っている。
血の臭いがまだ鼻に残っている気がして、煙草の煙をまた深く吸い込んで吐き出した。
強盗殺人犯の話を聞いたときには完全に他人事だと思っていたのに、まさかである。
ケディがいなかったら、どうなっていたか分からない。男達のニヤついた顔や鈍く光るナイフを思い出して体が震える。
煙草の灰が床に落ちた。
ハッとして、慌ててテーブルの上の灰皿を取りに行く。短くなった煙草を灰皿に押しつけ、また新たに煙草を咥える。
手の震えがおさまらない。
震える手でなんとか二本目の煙草に火をつけた。
するとケディがタオルでガシガシ髪を拭きながらやってきた。毛布にくるまったまま煙草を吸うアーチャを見ると、台所に向かった。
台所から戻ってきたケディの手には一本の酒瓶と二つのグラスがあった。
どかっと音を立てて椅子に座ると、立ったままのアーチャを見上げた。あんなことがあったばかりなのにケディの目は静かに凪いでいる。
「飲むだろ?」
「……飲む」
アーチャも椅子に座って、酒の入ったグラスを受け取った。手が震えているのは見ないふりした。
キツイ酒をぐっと一息で呷る。
空になったグラスにケディが酒を注いでくれる。そのままキツイ酒を何杯も飲み干すが、体の震えはちっともおさまらない。
二人で一本飲み終えたら、ケディに促されてベッドに潜り込んだ。
ケディも布団に潜り、アーチャを抱き締めるように腕を回した。
温かくて柔らかい胸に顔を埋める。石鹸の匂いと男の時とは少し違うケディの体臭がする。アーチャは震える手でケディの寝巻きのシャツのボタンを外した。ケディは止めずにアーチャの頭を優しく撫でている。ケディの素肌に直接触れる。
アーチャはただ目の前の温もりにすがりついた。




