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カーテンの隙間から溢れる明るい光で目が覚めた。ベッドの中から窓を見ると、どうやら数日ぶりに雪が降っていないようだ。
鼾をかいて寝ているケディの肩を揺すると、一瞬眉間に皺を寄せた後、目を開けた。
「……なんだ」
「雪降ってないっぽい」
「あ?」
「雪降ろしと雪かきしなきゃ」
「あー……だなぁ」
ケディが大きく欠伸をしながら起き上がった。アーチャも起きて、すぐに窓のカーテンを開ける。窓の外は雲ひとつない快晴だった。
簡単な朝食をすませた後、防寒をきっちりして二人で外に出た。吹雪もあったこともあり、屋根にも庭にもかなり雪が積もっている。
雪をかき分けるように家の裏口に進み、年季の入った梯子とシャベルを取り出す。
「……この梯子大丈夫か?」
「大丈夫じゃね?少なくとも私は大丈夫だった」
「次、誰か様子見に来たら新しいの頼むわ」
「?別にこれで良くない?」
「女の今なら、もしかしたら大丈夫かもしれんが、男だったら無理だろ、これ」
「そう?」
「安心しろ。俺が金出すから」
「んー……じゃあお願い」
「あぁ」
ケディが屋根に登って雪降ろし、アーチャが庭や玄関先の雪かきをすることになった。
途中昼休憩も挟みながら、半日以上かけて行った。終わる頃には全身に汗をかいているくらいだった。久しぶりの力仕事に息も上がる。
「明日絶対筋肉痛だわ」
「明日くればいいな」
「うるせぇ」
作業を全て終えて、玄関先で座り込んで二人で煙草を吸う。
労働の後の一服のなんと美味しいことか。
「晩飯どうする?」
「私作る気力ねぇよ」
「しゃあねぇ。俺が作るか」
「その前に風呂だな」
「あぁ」
煙草を一本吸い終わると火を踏み消して、吸い殻を持ったまま家の中に入る。作業中は暖炉に火を入れていなかったので室内はだいぶ寒い。汗が急速に冷えるのを感じて、急いで風呂場に向かう。浴槽に熱いお湯を溜め始めると、冷えてきた手を擦りながら部屋へと戻る。
ケディが暖炉に火を起こしてくれていた。無造作に暖炉に薪を放り込むケディの横にしゃがみこむ。まだ小さい火に手をかざすと、じんわり暖かい。
「汗が冷えるし一緒に入るか?」
「狭いだろ」
「狭いが別々に入ったら、どっちかが風邪引くぞ」
「アンタでも風邪引くの?」
「鍛えてても引くときは引くんだよ」
「えー……しゃあねぇな」
まぁ今はケディは女の体だし、自分の裸は一度ならず見られているので今更気にならない。
そうと決まればアーチャは立ち上がって、チェストから着替えを取り出した。ケディも億劫そうに立ち上がり、服を取り出す。
着替えを持って風呂場に向かうと、着替えを脱衣場に置き、浴槽を覗き込む。少し少ないが、充分入れそうだ。
風呂場から顔を出してケディに声をかける。
「入れるー」
「おーう」
ケディが着替えを持ってのそのそ歩いてきた。ケディが風呂場に入るのを待たずに、さっさと服を脱ぎ出す。籠に脱いだ服を放り込み、冷たいタイルの上を歩いて浴槽から桶で熱いお湯を汲み取り、冷えた体にざぁっ、とかけた。
体を洗い始めると全裸のケディも入ってきた。一気に狭くなる。
ケディも自分用に持ち込んでいた洗いタオルに石鹸を擦りつけて泡立て、体を洗い始める。
アーチャは頭まで洗ってしまうと、浴槽に浸かった。気持ちがいい熱いお湯に思わずため息が出る。
ケディが全身と髪を洗い終えて、頭からお湯をかぶった。ざっと手で濡れた顔を拭うと、浴槽に足を突っ込んでくる。
アーチャは浴槽の中でお山座りをして小さくなった。アーチャと向かい合うようにケディも体を縮めながらお湯に浸かる。ざざぁ、っと浴槽からお湯が溢れた。
ケディを見ると、気のせいでもなくでかいおっぱいが若干お湯に浮いている気がする。……おっぱいって浮くのか。知らなかった。
まったりお湯に浸かって温まっていると、ガチャっと裏口の戸が開いた。
風呂場に足を踏み入れたヒューと目が合う。
「………………」
「………………」
目を大きく見開いた後、ぼっと音がしそうな勢いで顔が赤くなった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ヒューが叫んでバタンと大きな音をさせて力向かせに戸が閉められた。
ケディが首を捻って裏口の方を見た。
「鍵してなかったのか?」
「忘れてた」
「鍵しろよ」
ケディが呆れた顔で言うが、そういうアンタも忘れてただろう、と言いたい。
ーーーーーー
風呂から上がって、ケディが夕飯を作っている間に椅子に座って煙草を吸っていると、また裏口が開く音がした。
真っ赤な顔をしたヒューが顔を覗かせる。若干怨めしそうな目でこちらを見た。
「……鍵閉めてくださいって言ったじゃないですか……」
「忘れてた」
「忘れないでください……何でケディと一緒に入ってたんですか」
「雪かきして汗かいたから」
「ケディは男ですよ」
「今は女だけどな」
「……男ですよ」
「風呂くらい色々今更だろ」
「……破廉恥です」
破廉恥ときたか。
アーチャは若干呆れて、それを誤魔化すように煙草の煙を細く吐いた。
じわじわテーブルに近づいてきたヒューにかけるようにすると、嫌そうに顔をしかめた。ヒューの顔はまだ赤い。
「……その、書類上は一応夫婦といえど、その……あの……そういうのはいかがなものかと……」
「細かいことは気にするなよ、坊や」
アーチャがからかうようにニヤッと笑うと、ヒューがムッとした顔をした。
「……坊やじゃありません」
赤い、拗ねたような表情で言われても説得力がまるでない。アーチャはくつくつと喉で笑った。台所からケディが料理を盛った皿を両手に持ってやってきた。
「おう。来てたか」
「来てたかじゃないよ!何考えてるんだ!お前!不埒な真似するなって言っただろ!」
「してねぇしてねぇ。風呂に入っただけだ」
「……それが問題なんだよ!」
ヒューが真っ赤な顔でケディに怒鳴るが、ケディはどこ吹く風といった様子で皿をテーブルに並べる。今夜はちょっと豪勢にステーキにしたらしい。付け合わせの野菜も美味しそうだ。
「ヒューも食うか?」
「……今日はいい」
ヒューがぶすくれた様子で唇を尖らせるが、いい歳した男がやっても可愛くない。アーチャはそんなヒューに構わず、ナイフとフォークを取りに台所へ行った。背後でまだヒューがケディに噛みついている声がするが気にしない。
ついでにグラスと酒瓶を一本持って、居間に戻る。
赤い顔でガミガミ説教するヒューを面倒くさそうに相手していたケディがこちらを振り向いた。
「食うか?」
「食う」
真っ赤な顔をしたヒューを放置して食べ始めた自由な中年二人に、ヒューは諦めたように大きくため息を吐いた。