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街のほぼ中央部に位置する広場。

大きな泉があり、市場からやや離れた所にあるため、人の往来も穏やかで街の人々に休憩所の様な憩いの場となっている。


滝ゲロ……失礼、吐いてしまった若い男を引きずるように連れて、篤美はここに来ていた。あの場から一番近い水辺がここしかなかったからだ。

泉の水で汚れた服をある程度清め、持っていたハンカチを冷たい水に浸し、少しだけゆるく絞る。

若い男は木陰があるベンチに寝かせた。吐いたからか、少し顔色がマシにはなっていたが、未だに青白く、ぐったりと目を瞑っている。


篤美が濡れたハンカチを若い男の額に置くと、のろのろと目を開けた。



「大丈夫かい?」


「……あんまり」


「だろうね、その様子だと。その格好だと旅の人っぽいけど、宿は決まってんのかい?」


「……宿、ではなく、砦に用が、あって……」


「砦、ね……。ん、分かった。じゃあ、適当に巡回中の騎士様を連れてくるからここで休んでな。一人にしても大丈夫かい?」


「……すい、ません……大丈夫、です」


「んじゃ、行ってくるわ。……あぁ、いかん。忘れるとこだった。あんた名前は?」


「バルト……バルト・クエーツです」


「バルト・クエーツね。ん、覚えた。じゃあ、行ってくる。大人しく寝てなよ」



そうバルトという若い男に声をかけ、砦に向かって小走りで駆けだす。広場からだと、砦は歩けば小一時間かかるが、走れば20分くらいのものだろう。

あぁは言ったものの、そう簡単に巡回中の騎士を捉まえることができるとは思えないため、最初から砦を目指した。

この街に来て、約半月。自分の生活範囲外を探索するほどの余裕はあまりなかったため、位置は知っていても実際に砦まで行くのは初めてだ。

体調が悪い人間のためであるから、やや不謹慎ではあるが、初めて見ることになる砦に少しだけワクワクした。



15分ほど走っただろうか(といっても、途中からジョギングペース。40代突入の体力の衰えっぷりを舐めたらいけない)砦と思わしき石造りの壁が見えてきた。

中世ヨーロッパを描いた映画に出てくるような、石の砦だ。城壁には、矢を射るために使うと思われる四角い小窓がいくつもあり、城壁の上には四方に物見用の塔があった。


(まぁ、これで日本の城みたいだったら、その方が驚きか。しかし、意外とでかいな)


街の方にある門に着いた。城壁の周りにはお堀などはなく、大きな城門があり、左右に一人ずつ騎士が立っていた。

ごつい熊みたいな男とそれよりやや小柄ながら逞しく鍛えられた赤毛の男だ。

熊の方がより顔がむさ苦しかったため、もう一人の方に声をかけた。



「あの、すいません」


「はい。何でしょう?」



意外と物腰の柔らかいことに軽く驚いた。騎士なんて大層なものは、威張り散らしてなんぼ、みたいに思っていたからだ。



「砦に用があるという人がいるんですけど、その人がどうも体調が悪いみたいで。今、広場にいるんでどなたか迎えに行ってあげてくれませんか?バルト・クエーツという若い男性なんです」


「分かりました。上司に報告しますので、少々こちらでお待ち下さい。その客人の名前はバルト・クエーツでしたよね」


「はい」



篤美と熊を残して、赤毛の男は城門の中に入っていった。

城門の側に立って、彼が戻るのを待つ。

妙に息が詰まる沈黙が訪れた。熊は微動だにしない。

そのくせ、妙な存在感というか、威圧感がある。

こんなことなら、最初に熊に話しかければよかったと、よく分からない後悔をしだすころに、赤毛の男が、篤美より少し年上のこれまたごつい中年の男を連れて戻ってきた。

黒い髪を短く刈り上げ、顎髭を生やしている。取りあえす熊二号と命名してみた。



「お前さんか、知らせにきたのは。クエーツの知り合いか?」


「いいえ、クエーツさんが道に蹲ってたので声をかけたら、……なんというか、ぶちまけられまして。しょうがないから広場まで連れて行って休ませたんですけど、砦に用があると言うので私じゃ運べませんし、連れて行ってもらおうかと思ってお願いに来ました」


「そいつは災難だったな。悪いな、うちの客人が迷惑かけて。迎えに行くから、一応あんたも付いて来てくれ」


「分かりました」


「俺はここを任されてるディリア騎士団の副団長をしているケディ・イザークだ。あんたは?」


「アーチャ・タニージャです。ガディさんという方のお店で働いています」



熊二号は副団長様でした。……管理職だろうとは思ったが、まさかトップ2がいきなり登場するとは思わなかった。

よくよく熊二号を観察してみれば、確かに城門にいた二人より上等な服を着ているし、肩のところに他の二人にはない紋章の様な刺繍があった。

腰には無骨な剣を差しており、革製の鞘に入っており詳しくは分からないが、パッと見、西洋の叩き切る系の剣のようだ。

他の二人もそうだが、鎧は平時だからか革製の簡素なものを身につけていた。

黒く染めてあり、胸元に獅子だか虎だか分からないが、四足の獣がモチーフである刺繍がなされている。


マルコ爺に騎士団の話も聞いたが、近衛騎士団と他に大きな騎士団が二つあることくらいしか覚えていない。

そのため、いまいち騎士団の構造やら仕組みやらが分からなかった。

まぁ、おそらく今回以降、騎士に関わることなどないのだから分からなくても何の問題もないが。

ガディさんの店は言うちゃ悪いが、騎士が来るような店ではない。



「それじゃあ、行くか」



熊二号が軽い調子でさっさと歩き出した。

身長が154センチしかない小柄な篤美と頭2個分くらい身長さがあるため、慌てて小走りで追いかけ、横に並ぶ。



「あの、一人で大丈夫なんですか?」


「ん~?」


「いや、広場からそこそこ距離がありますけど、一人で運んで大丈夫なんですか?」


「あぁ、牛みたいな奴ならともかく、クエーツだろ?なんの問題もない。というより、この程度の距離をあいつ一人担いで歩けないような軟弱者はうちの団にはいないぞ」


「あ、そうなんですか」



さすが、騎士団と言う名の男だらけのマッスル集団。

現代日本の男とは鍛え方が違うらしい。


(元いた所の知り合いの男はことごとく文系だったもんなぁ。下手すると私より腕が細い奴がいたからなぁ)


妙に感慨深く、こちらのマッスル事情?に関心していると、熊二号もといケディ・イザークに声をかけられた。



「お前さん、ここいらじゃ見ない顔立ちだが、国外の人間か?」


「えぇ、かなり離れた国から最近来ました。といっても、もう2年前ですが。この街に来たのは大体半月くらい前ですね。それまでは首都にいました」


「へぇ。首都の方が暮らしやすいだろうに、なんでまたこんな田舎に?家族は?」


「仕えていた人が亡くなったので、新しい仕事を見つけなきゃいけなくなりまして。どうせなら新しい土地に行って、心機一転頑張ってみようかな、と思って旅をしてたんですけど、ここが存外居心地が良さそうだったんです。家族は故郷にいますよ。ただ、この国にいるのは私一人ですね。結婚もしてませんし」



嘘はついていない。

ただ、これ以上突っ込まれても面倒なので、別の話題をふった。



「この街に来たばかりで、まだ街のことに詳しくないのですけど、女一人で歩いて危ない場所とかってあるんですか?」


「そうだな……一応俺らが目を光らせちゃいるが、市場あたりは、スリだの引ったくりだのが多いな。路地裏は行かない方がいい。たまにヤバい奴らがいたりする。あと、街の東にはちょっとしたスラム街みたいになってるゴロツキの溜まり場があるから、行くのはお勧めせんな」


「なるほど」


「祭りのときなんかも、人が増えるからもめごとも増えるな」


「あんまり治安って良くないんですか?」


「基本的にヤバい場所にさえ行かなけりゃ、そうでもない。首都に比べりゃ、田舎なだけにのんびりした奴も多いから平和っちゃ平和だ」


「よかった。なんとなく居心地よさそうってだけで決めちゃったから、正直治安がどうなのか、不安だったんです」


「冬にゃ、雪も多いが、慣れれば確かに暮らしやすい街だぜ」


「ふふふ……ならよかったです」



話題変換ついでに街の情報収集をしていると、意外と早く広場についた。

そういえば、行きとはルートが違ったようだが、近道でもしたのだろうか。

熊二号に合わせて(熊二号には女性に歩幅を合わせるという概念はないらしい)やや小走りで歩いてきたせいもあるだろうが、行きの三分の二くらいの時間で広場に着いた。


木陰のあるベンチに目をやると、相も変わらずぐったりした様子で、バルト・クエーツが横になっていた。



「クエーツさん、騎士様をお連れしたよ。起きられるかい?」


「よお、久しぶりだな。クエーツ」



額のみならず目の上をも覆っていたハンカチをのろのろと外すと、クエーツは少し驚いたように目をパチパチとさせた。

少し休んでいたからか、顔色は大分マシになっていた。



「あ、イザーク副団長。お久しぶりです」


「来るのが遅ぇと思ったら、案の定か、全く。もうちょい身体を鍛えろよ。」


「……うぅ、す、すいません」


「こっちのお嬢さんにちゃんと礼をしろよ。服も汚しちまったんだろ」


「う、はい。重ね重ね申し訳ありませんでした」



少し頭をフラフラさせながらクエーツが篤美に頭を下げた。



「別に礼はいらないよ。私がしたくてしたことだからね。お迎えも来たことだし、私は帰りますよ。お大事にね」


「悪かったな。こいつのせいで」


「いえ、気にしないでください。では、失礼します」


「あの、ありがとうございました」


「どういたしまして。じゃあね」



なんだかんだで夕暮れ時に差しかかり始める時間帯になっていたため、二人に軽く会釈して市場の方に歩きだす。

食糧を買って、早く家路に着かないと夕食が遅くなってしまう。

今日は人助けをして、砦も初めて見て。

なんだかいい気分で足取りも軽く、家路を急いだ。



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