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仕事を休んで一週間。

ケディとの同居生活は意外とうまくいっていた。


朝起きて、朝食を交代制で作り、仕事に行くケディを見送った後は洗濯をして室内に張ったロープに洗濯物を干し、簡単な掃除をする。

体が資本の騎士という職業柄か、朝から大量に食べるケディに合わせて作った朝食の残りで、昼は適当に済ませる。雪で外には出られないため、暖炉の前を陣取って夕食の用意を始める時間まで、もう何度も読み返しているマルコ爺の遺した本を読む。夕方くらいになると、夕食を作る。大体暗くなってから帰ってくるケディを待って、晩酌しながら一緒に夕食を食べ、交代で風呂に入り、一緒にベッドに入って寝る。

書類上の結婚はしたが、色っぽい展開になったことはない。うるさい髭熊の鼾をBGMに、毎日ぐっすり朝まで眠っている。


意外なことにケディは料理ができた。

勿論、豪快かつ典型的な男の料理という感じだが、味はそれほど悪くない。

その上、アーチャの懐では中々買えない上質な酒が毎晩飲める。

晩酌程度にしか飲まないが、それでも酒好きな身としては嬉しい。

雪のため、外に出て散歩に行けないのが不満だが、それ以外は特に不満はなかった。


歳が近いからか、意外と気が合うのか、それは分からないが、ヒューと同居していた頃と比べたら余程過ごしやすい。

いつまで一緒に暮らさなければならないか分からないが、今のところ問題なかった。






大きな鶏肉をケディが手に入れてきたので、切り分けて焼いて塩をふる。芋も洗って櫛形に切って焼いて塩をふった。酒の肴には丁度よかろう。温かい汁物も欲しいので、干し肉と根菜でシンプルなスープを作った。買い置きの固いパンを薄めにスライスして軽く火で炙る。

今日の夕食の完成である。


薄暗くなった室内を見渡して、カンテラを点ける。暖炉にも薪を追加したら室内がぐっと明るくなった。暖かい暖炉の前に椅子を運んで、そこに座り、読みかけの本を開く。

ワンピースのポケットから煙草と着火具を取り出して、煙草を咥え、片手で火を点ける。

大きく吸い込み、暖炉に向かってふぅーっと吐き出す。

灰皿を近くに用意するのを忘れていた。

一度本を閉じて立ち上がり、ベッドのヘッドボードに置いてある吸い殻の溜まった灰皿を椅子の上に置いた。自分はケディがいつの間にか持ち込んだ分厚いラグに直接座って胡座をかく。

時折、灰を灰皿に落としながらのんびり煙草を吸いつつ、本を読む。

一本目の煙草を吸い終わると、灰皿で消さずにそのまま暖炉に放り込んだ。ついでに灰皿に溜まっている吸い殻も暖炉にまとめて放り込む。

灰が少し手についたのでワンピースの裾で適当に拭くと、また本の続きを読む。


すっかり外が暗くなり、三本目の煙草を吸い終わる頃になってケディが帰ってきた。

立て付けの悪いドアが悲鳴のような音を出して開かれる。



「おかえり」


「おう」



本に目を落としたままそう言うと、適当な返事が返ってきた。いつもこんな感じである。

ケディが分厚い外套を脱いで、壁に新たにつけたフックにかける。外套についた雪は外で払ってきたようだ。


本を閉じてショールを巻き直し、寒い台所へと向かう。肉やスープを温めて、ケディに声をかけて二人でテーブルに運ぶ。

椅子に座るなり、ケディは手短に祈りを捧げ、温かい料理を上品にガツガツ食べ出した。

アーチャは料理より先に酒に手を出した。今日の酒も旨い。豊かな香りとキツイのど越しがアーチャ好みである。時折肉や芋を摘まむが、その程度で、ケディが粗方食べ尽くすまで、ほとんど酒を飲んでいた。

日中動いていないため、腹が減らないのだ。

ケディが食べ終わり、酒に手を出したら、アーチャはワンピースのポケットから煙草を取り出して、食後の一服をする。

正面に座るケディに煙がかからないように、一応気をつかって横を向いて煙を吐き出す。



「今日は何かあったか?」


「なーんにも。暇な一日だった」


「そうかよ」


「そっちは?」


「今のところ例年と変わらんな。首都の方でも目立った動きはねぇ」


「ふーん」


「暇なら暇潰しになりそうなもん買ってくるか?」


「例えば?」


「刺繍の道具とか」


「私できねぇから」


「あ?女って皆やるもんじゃねぇのか?」


「そりゃ、やる人はやるんだろうけど、皆が皆出来るわけじゃねーよ」


「ふーん。ならあれだ。編み物」


「それも無理」


「……女がしそうなもんがそれ位しか思いつかないんだが」


「アンタ、周りに女いなかったの?」


「俺が騎士団に入った頃の死んだお袋くらいか?あとはまぁ娼館の女くらいだな」


「恋人とかいなかったわけ?」


「俺にそんなもんできると思うか?」


「まぁ、熊だしな……」


「熊じゃねーよ」


「暇潰しねぇ……本が手に入るなら新しい本が欲しいけど、高いしなぁ」


「まぁ、本は高級品ではあるな。アンタは何冊も持ってるがどうしたんだ?」


「娼館から出してくれた人に貰った」


「ふーん。金持ちか」


「うん。その人が死ぬまで囲われてたんだわ」


「険のない顔してっとこみると、まともな御仁だったようだな」


「あぁ。すっげーいい人だったよ」


「そうか」


「アンタらは暇潰しん時は何やってんの?」


「まぁ、大体はカードとか盤上ゲームあたりだな。金や酒を賭けてやると盛り上がる」


「ふぅん」


「興味があるなら用意するが」


「どっちも一人じゃできねーじゃん」


「まぁな」


「いいわ。暫くゴロゴロして、自堕落な生活を楽しんどく」


「そうしとけ」


「んー」



話してる間に一瓶飲みきってしまった。もう一瓶飲みたいところだが、ケディは明日も仕事である。別にケディを無視して一人で飲んでもいいのだが、ケディが持ち込んだ酒の為、それはちょっと良心が咎める。

ケディもグラスの酒を飲み終わった。



「風呂いってくれば?」


「あぁ。片付けたらな」



ケディが食べ終えた食器を重ねて、台所へと運んでいく。それを横目に見ながら、また煙草に火を着ける。

夕食は作るのはアーチャ、片付けるのはケディである。

お陰でこの一週間、夜の冷たい水仕事をしなくて済んでいる。冷え性のアーチャにはありがたいことである。

煙草を咥えたまま立ち上がり、風呂場へと向かう。

浴槽に熱いお湯を張る準備をする。ケディが食器を片付け終わる頃にはいい感じに溜まっているだろう。


浴槽に湯が溜まるまで、浴槽の縁に腰掛け、煙草をふかす。ぼーっとしてると片付けを終えたケディが顔を出した。



「入れるか?」


「そろそろいいんじゃない?」


「入るわ」


「んー」



浴槽の縁から立ち上がり、ケディと入れ替わるように風呂場から出た。途中テーブルの上の灰皿に灰を落とし、咥え煙草のまま、チェストもどきを開けて、自分の着替えを取り出す。

煙草を吸い終わって暖炉に放り投げ、暫く暖炉の前でぼーっとしていると、がしがし髪を拭きながらケディが風呂場から出てきた。



「出たぞ」


「入るわ」


「おう」



アーチャと再び入れ替わるように、暖炉の前を陣取って髪を乾かすケディをチラリと見てから風呂場へと向かう。

体を洗って熱いお湯に浸かると、大きなため息が出た。しっかり温まってから浴槽から出て、浴槽の底の栓を抜き、お湯を流す。

体を拭いて服を着てから髪を乾かす。

粗方髪が乾いた頃には浴槽のお湯は完全に無くなっていたので、ブラシで軽く浴槽内を擦り、シャワーでざっと流した。


風呂の掃除も終えて部屋に戻ると、ケディはもうベッドの中だった。

アーチャも体が冷えないうちにベッドに潜り込む。筋肉だるまな髭熊のお陰でベッドの中はかなり温かい。更なる熱源を求めてケディにすり寄る。狭いベッドから落ちないように、ケディの腕がアーチャの腰にまわった。それさえも温くて心地よい。若干重いが。


気づけばアーチャは温かな眠りに落ちていた。

ケディもすぐに鼾をかき出した。


寒い冬の夜は、意外な程温かく穏やかに過ぎていく。


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― 新着の感想 ―
なろうでは、この作品でしか味わえない(たぶん)。このエピソードの二人の雰囲気がたまりません。とてもいい。
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