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翌日。
ケディにトゥールで職場まで送ってもらい、ガディ夫婦に結婚の報告をした。
突然のことで2人はとても驚いていたが、同時に我が事のように喜んでくれた。祝いの席を設けるとも言ってくれたが、そちらは丁重にお断りさせてもらった。
実際は単なる偽装結婚なのに、見世物パンダになるつもりはない。
「そうだ。ねぇ、アーチャ」
「何です?女将さん」
「副団長様と結婚したのなら、うちはどうするの?」
「できたら、このまま働かせて欲しいです」
「働いてくれるのは助かるが、冬場だけ休んだらどうだ。これから増々雪が降るぞ」
「そうよねぇ。家がちょっと遠いもの。心配だわ」
「どうせ店は冬場は暇なんだ。明日から雪解けまで来なくてもいいぞ」
「そんなに雪が降るんですか?」
「あぁ。本格的に雪が降り始めたら、慣れてる奴でも危ないときがあるくらいだ。安全を考えたら冬場の通勤はやめた方がいい」
「そうですか……では、そうさせていただきます」
「あぁ。冬場の備蓄はあるか?」
「多少はあります」
「副団長様に手伝ってもらって、冬の始めの今、きっちり蓄えといた方がいいぞ」
「分かりました。教えていただいてありがとうございます」
「なに。礼を言われるようなことじゃねぇや」
ペコリとガディに頭を下げると、ガディは照れ臭そうに頭を掻いた。
ガディの作る賄いと暫く遠退くことになったので、アーチャはその日、いつも以上にきびきび働き、賄いの鶏と野菜のスープを味わって食べた。
ーーーーーー
店を閉め、ガディらに挨拶すると、アーチャは建物から外に出た。途端にツンと痛むような冷気に包まれる。アーチャはストールを巻き直した。
「よう」
「どうも」
すぐ側にケディがいた。
寒いのか、鼻が真っ赤になっている。
「とりあえず帰るか」
「うん」
アーチャはケディに手を借りてトゥールに乗った。アーチャの前にケディが乗ったので、風避けと暖をとるためにも、目の前の大きな背中にしっかりしがみついた。
トゥールはゆっくりと歩き始めた。
「明日から仕事なくなっちゃった」
「首か?」
「いや、これからの季節、通勤が危ないから冬場だけ休めって」
「あぁ、なるほど。確かに歩きだとちと危ないわな。そもそも雪の量次第じゃ出勤そのものができなくなるかもしれねぇしな」
「そうなんだよ。冬用の備蓄ちゃんとしとけって言われたわ」
「3日後まで持つか?」
「そんぐらいなら全然大丈夫」
「んじゃ、3日後の休みの日に買いに行くぞ。台車借りてくるわ」
「台車なんてどっから借りるのさ?」
「砦にあるからそれを使う」
「あぁ、なるほど。どんぐらいの量を買っといた方がいいか分かる?」
「あぁ。兵糧の管理も仕事のうちだからな」
「あ、そうか。アンタ軍人のお偉いさんだったな」
「お偉いさんというほどのもんでもねぇよ」
「副団長じゃん」
「まぁな」
話しているとあっという間に家に帰りついた。
先に降りたケディに手伝ってもらってアーチャも地面に降り立つ。鍵を開けて家の中に入ると、そこはシンッと冷たい空気が支配していた。
アーチャはダビ酒を取りに行く前に、暖炉に火を入れた。
後から家に入ってきたケディが無造作に薪を足していく。
台所から2人分のダビ酒の瓶を持って部屋に戻ると、暖炉から暖かな光が漏れ、寒かった部屋が徐々に暖まり始める気配がした。
「ほい」
「あぁ」
暖かい暖炉の前で、冷たいダビ酒を一息で煽った。
飲み終わるとはぁー、と長い溜め息が出た。スカートのポケットから煙草を取り出して、火のついた薪を使って火をつけた。煙草の煙と共にふわりと煙草の匂いが舞い上がった。
「いる?」
「もらう」
ケディに勧めると一本手に取りアーチャと同じく薪で火をつけ、大きく煙を吐き出した。
「……風呂でも入れるか」
「おぅ。俺酒出してくるわ」
「頼んだ」
アーチャはくわえ煙草のまま風呂場へと向かい、浴槽にお湯を出した。
もうもうと湯気が立ち上ぼり始めたのを確認すると、着替えを取りに部屋に戻った。部屋のテーブルにはグラスとグラッパの瓶が置いてあった。
「飯は?」
「砦で済ませた」
「そう。明日からはどうする?」
「朝と夜だけここで食うわ」
「んー、分かった。あ、風呂は先に入ってよ。私出るときについでに掃除するから」
「おぅ。じゃあ先にもらうわ」
「いってら」
ケディが風呂場へと向かう姿をなんとなしに見送ると、アーチャも風呂に入るべく、チェストから着替えを取り出した。
(仕事ないなら明日から何するかなぁ……)
ぼーっと考えながら、また新しい煙草に火をつけた。