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偽りの新婚生活


約束の三日後になった。

今日は久しぶりに晴れている。

ベッドの中から窓ごしに外を見ると、雪がキラキラと光って見えた。


天気を確認すると、アーチャはもそもそと布団の中から外に出た。昨日、一人で深酒してしまい、軽く二日酔いだった。

重い頭と体を引きずって白息のでる寒さの室内を通り抜け、風呂場へと向かった。服を脱ぐ前に風呂場の小窓から空を見ると日が大分高かった。

どうやら昼過ぎらしい。

アーチャは頭をガリガリ掻くと、大欠伸をしながら服を脱いだ。

熱いシャワーを浴びて、ようやく頭がシャンとした。


(今日、いつ頃来るのかね)


なんとも面倒くさそうで重いため息がもれる。


体が温まったので出ようとしたら、着替えを持ってくるのを忘れたことに気がついた。小さく舌打ちをして、仕方がないのでタオルを巻いて寒い室内へと向かった。ついでに暖炉の火を起こして薪を適当に放り込む。ごそごそと着替えを取り出して、その場で着替えた。

厚めのストールを羽織り、暖炉の前を陣取って、燃える薪を一本取り出し煙草に火をつける。用済みとなった薪は無造作に暖炉に放り込んだ。


寒いから手っ取り早く酒でも飲んで温まりたいところだが、流石に昼間から酒は不味かろう。

煙草を一本吸い終わったら、吸殻も暖炉の中に放り込んで台所へと足を向けた。


買い置きの干し肉を使ってスープを作る。芋もあったのでついでに入れた。味付けは塩コショウだけのシンプルなスープと買い置きの固いパンをテーブルに運んで、一人もそもそと食べた。

固いパンもスープに浸せばそれなりに旨い。食べ終わる頃には部屋も体も大分温まった。


食器の片付けをしている最中に、ゴンゴンッと玄関を叩く音がした。

食器を拭く手を止め、玄関に向かう。

玄関を開ければ、寒さで鼻の頭を赤くしたケディが立っていた。後ろにはヒューとウィル、人数分の騎乗用の魔獣トゥールがいた。



「よう」


「どうも」


「お休みのところすいません。諸々の書類を持ってきました」


「わざわざ、どうも。とりあえず入りなよ」



アーチャは3人を家の中に招き入れた。



「話の前に先に茶を入れてくるわ」


「ありがとうございます」


「あ、俺手伝います」



ウィルに手伝ってもらって人数分のお茶を入れて部屋に戻ると、ケディはベッドに、ヒューは二脚しかない椅子の片方に座っていた。ウィルが空いてた椅子に座ったので、仕方なくアーチャはベッドに髭熊と並んで座った。



「冷めないうちに飲みなよ」


「ありがとうございます」


「いただきます」



しばし無言になる。

それなりの装備をしていても魔獣に乗ってくるのは寒かったのだろう。ほっとしたような空気が流れた。



「それで?何の書類を書いたらいいの?」


「えっとですね、こちらの婚姻届けに必要事項を記入してください。処理はこちらでしますので。ケディの分はもう書いてます」


「んー、ペン持ってくる」



日記帳の間に挟んであるペンを取り出して、テーブルの上の紙を見る。

アーチャはどうやら名前だけ書けばいいようである。

さらっと書いてしまうと、それをヒューに渡した。



「はい」


「はい。これでケディとアーチャは書類上は夫婦になりました」


「書類上って、普通は他になんかするの?……あぁ、結婚式」


「それもありますが、神殿で二人の愛を神に誓うんです。普通はこういう事務的なことより、そっちの方が重要視されてます」


「へぇ」


「一応ケディとアーチャもしますか?」


「めんどいからヤダ」


「だな」



ヒューが呆れたような顔をしたが、何も言わなかった。



「今後の生活に関してなんですが、ここにケディを住まわせても大丈夫ですか?いっそ引っ越すって手もありますけど」


「引っ越すのは嫌だね。終の住みかにしようと思って買った家だ。離れたくない」


「じゃあ、ここに住まわせてもいいですか?」


「仕方がないだろ」


「じゃあ、そういうことでお願いします。何か困ったことがあったら、どんな小さなことでもいいので遠慮せず言ってください」


「あいよ」


「ヒュー。そろそろ……」



ウィルの言葉に頷いて、ヒュー達はケディを残して足早に帰っていった。仕事が立て込んでいるらしい。



「やれ、慌ただしいことだね」


「冬場は冬場で事故や遭難が増えるからな。それなりに忙しない」


「アンタはいいの?行かなくて」


「今日は休みだ。ついでに引っ越し済ませとけって言われてるんだよ」


「寝るとこどうする?見ての通りの狭い家なんだけど。この季節に寝袋は流石にキツくないか?」


「アンタがベッドに入れてくれたら解決するな」


「えぇ~。……別にいいけど」


「んな微妙な顔すんなよ。一人で寝るよかあったけぇだろうが」


「まぁ、そうだけど。出勤は?」


「基本はトゥールで、急ぎの時は風呂場のドア使う予定だ」


「んー、分かった」


「よっぽど仕事が立て込んる時以外はアンタの仕事終わりに迎えに行くことになってる」


「マジでか」


「あぁ」


「あー……ガディさん達に言っといた方がいいかねぇ?」


「歳が歳だし、結婚式は二人で済ませたとかなんとか言っといたらいいんじゃねぇの?」


「……そうするわ」



アーチャは頭をガシガシ掻いて、ケディを見た。



「で、アンタの引っ越しはどうすんの?」


「もう全部持ってきてる」



そういって黒い大きな皮のバックを見せてきた。



「これだけ?」


「あぁ。せいぜい着替えと剣の手入れの道具ぐらいだからな」


「にしても少ないね」


「いつ死ぬかも分からん職なのに、物持ちになったりしねぇよ」


「騎士って皆そうなの?」


「さあ?人によるんじゃねぇか?」


「ふーん。引っ越しの手間が省けたんなら買い出し手伝ってよ。一人分と二人分じゃ量が違う」


「分かった。トゥールに乗ったことはあるか?」


「ない」


「じゃあ、乗り方教えるわ」


「うん」



それからトゥールの乗り方を簡単に教えてもらい、タンデムして街へ買い物へと行った。初めて乗る魔獣に内心腰が引けていたが、素直にビビるのが癪だったため顔には出さないようにした。

初めて乗るアーチャを気遣ってか、ケディはトゥールをゆっくり歩かせた。ゆっくりと歩くトゥールの揺れに、街に着く頃には少しだけ慣れた気がする。


必要なものを手分けして買い込むと、日が落ちるのが早い冬場ゆえ、買い出しが終わる頃には日が暮れかかっていた。

行きよりやや足早にトゥールを歩かせ帰路についた。







ーーーーーー


簡単な夕食と風呂をすませると、早速今日買ったいつもより少しいいグラッパの栓を開けた。グラスに注ぐとグラッパ特有の荒い果実の香りがする。

ケディは薫製肉の塊を取り出してきて、ナイフで食べやすい大きさに裂いた。

グラッパの注がれたグラスを1つケディの前に置いてやる。



「ほい」


「あぁ」



二人して無言で一杯目を飲み干すと、アーチャは煙草に火をつけた。ケディは二杯目を注いでいる。



「……今思ったんだけどよぉ」


「あ?」


「冬場は見つかる心配薄いなら、別に今偽装結婚しなくても良かったんじゃね?」


「あぁ。それ俺も言った」


「ヒューに?」


「おう。でも責任とれの一点張りでな」


「別によかったのに」


「少し潔癖入ってるし、基本的に堅物だからな」


「だから未だに童貞なのかい?」


「夜遊びするより剣振り回してる方が好きなんだよ」



からかうような顔をするアーチャにケディが肩をすくめた。

アーチャも二杯目のグラッパをグラスに注いで、今度は舐めるようにチビチビ飲む。



「アンタも大変だな。次から次へと面倒事が起きて」


「お陰で中々引退もできねぇや」


「引退するには早いんじゃね?ていうか、アンタ幾つなの?」


「今46だな」


「ふぅーん。5つ歳上か」


「アンタ、その顔で41か」


「うん」


「もちっと若く見えるな」


「よく言われる」


「アンタ、ここに骨を埋めるつもりなのか?」


「今のところね。やっと落ち着けそう所見つけたんだ。離れたくない」


「そうか」



それからとりとめのない話をポツポツしながら夜更けまで酒を飲み、一緒にベッドに入った。アーチャ一人だと十分なベッドも、大柄なケディが一緒だと狭く感じた。落ちないようにと腰に手を回され、ケディのアーチャより高い体温を感じながら眠りについた。





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