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一段と寒い日であった。
アーチャは仕事から帰り、暖炉に火をつけた。
部屋が暖まるまでに、凍えぬよう手っ取り早くブランデーを飲んでいると、家のドアがノックされた。
(誰だ?こんな夜中に)
何となく既視感を感じながらも、念のため護身用のナイフを取りだし、逆手に持ってドアの前に立つ。
「どちら様ですか?」
「ディリア騎士団の者です」
(……またか)
アーチャは自分の眉間に皺がよるのを感じた。 こんな夜更けに一体また何の用だというのか。面倒事の匂いがプンプンする。
とはいえ、返事をしてしまった以上、ドアを開けねばなるまい。仕方がなく、アーチャは嫌々ドアを少し開けた。
「お久しぶりです。夜分にすいません。この時間帯なら確実にいらっしゃるかと思いまして」
そこには青年の姿のヒューが立っていた。
ーーーーーー
ヒューを招き入れると、アーチャはヒューの分もグラスを出し、ブランデーを入れてやった。
「ありがとうございます」
「で、何の用?」
「突然お邪魔してすいません。実はお耳にいれたいことがありまして」
なんとなく、嫌な予感がした。
アーチャは目を細めた。
ヒューは少し躊躇った後、意を決したように話始めた。
「実は一部の者達がアーチャを探す動きを見せています」
「は?」
「殿下……いえ陛下も、王妃殿下も、あまりに仕事を為さらずに浪費ばかりしているため、神官長や宰相らが貴女を見つけ出して、新たに王妃にしようとしています」
アーチャは頭の中が酷く冷めていることに気づき、自分自身でも驚いた。
皮肉げに頬を歪めた。
「……随分とまぁ、勝手なことだ」
「はい。お恥ずかしい限りです。アーチャがチュルガにいることは報告していません。貴女が見つかることを望んでいるとは思えませんでしたから」
「まぁね。そのことについては礼を言おう」
しかしどうしたものか。
今さら王妃に据えようなど、勝手にも程がある。アーチャは怒りを通り越して呆れ返った。
「さて、どうしたものかね」
「チュルガは国の端ですから、こちらにいる限り、見つかることは早々ないと思いますが、アーチャが望むのなら他国へと行くこともできます。勿論、生活できるよう資金などは援助させていただきます」
「他国ねぇ……」
今さら他国に行くつもりはない。
王妃になる気は更々ないが、かといって折角自分の家を構えたのだ。離れたくはなかった。
「そっちで私の存在を隠すことは可能か?」
「恐らく暫くの間でしたら、可能です。黒髪の人間も探せば割といますし、万が一の時に備え、護衛を用意することもできます」
「護衛ねぇ……」
本当にどうしたものか。
国の重鎮達がこうも早く見切りをつけるとは思わなかった。それだけ王太子時代から行動が良くなかったのだろう。
ある意味当然と言えば当然だが、まさか、今更こちらにまで類が及ぶとは予想外だ。
「暫くの間、様子を見る。そちらで向こうの動きを探ることはできるか?」
「可能です」
「では頼んだよ」
「はい」
ヒューはそのまま玄関から帰って行った。玄関の鍵をかけると、アーチャはベットに座り込んだ。
(静かに暮らせたらそれだけでいいのに)
怒りや呆れなど、複雑な思いが胸に溢れ、今夜は眠れる気がしなかった。