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一週間いつものように働き、今日は休日である。

雪も降っておらず、アーチャは市場に買い出しに来ていた。


雪が積もっているため、他の季節に比べて出ている出店は少ないが、それでも充分賑わっていた。


アーチャの今日のお目当ては、ストックが切れそうな酒と干し肉である。

干し肉はスープに毎日使うのだが、移動手段が徒歩のため、一度に多くは買い込めない。酒も同様である。そのため、小まめに買う必要があった。


買う予定のもの以外に、何か面白いものはないかと市場をふらふらしていると、遠目に見知った顔を見つけてしまった。


気づかなかったフリをしようかと一瞬思ったが、向こうとバッチリ目があってしまった。


相手は顔色が真っ青なバルトであった。

遠目から見ても、いまにも倒れそうな顔色をしている。


(前にもこんなことがあったような……)


そう思いながら彼の元へ、人の合間をぬって足早に向かう。流石に倒れられたらかなわない。


道の端っこに突っ立ってるバルトの前についた。



「久し振り。貴方顔色ヤバイよ」


「……お久し振りです」


「とりあえず、広場に行こう。彼処ならまだ人通りも少ない」



具合の悪そうなバルトの腕をとって歩き出す。バルトは、何を言うわけでもなく大人しくアーチャに着いていった。

広場に着くと、アーチャはバルトを広場の隅にある日の当たるベンチに座らせた。



「今にも倒れそうな顔色してるけど、どうする?騎士団の人間呼ぼうか?」


「……本当にすいません。ご迷惑をおかけして……」


「キツイんなら無理に話さなくていい。迎えを呼んでくるから、大人しくしてな」


「……はい」



バルトが頷くのを見ると、アーチャは砦へと小走りで向かった。


(買い物する前で良かったな)


そう思いながら、雪で足をとられないよう注意して走った。

市場を抜け、表通りを砦に向かって走っているとまたもや見知った人物に出くわした。


ウィルである。アリアと彼の母親も一緒である。



「アーチャさん!こんにちは」


「あら、こんにちは」


「こんにちは。お久し振りです」


「こんにちは、久し振り」


「雪も積もってるのに走ったりして、どうしたの?」


「騎士団のバルトが倒れそうな顔色で突っ立てるのに遭遇しまして。迎えを呼んでやろうかと砦に向かってるんです」


「バルトが?」


「そう」


「それは大変だわ。砦まで行かなくても、うちで休ませたらいいわ。ウィリー、迎えに行ってあげてちょうだい」


「分かったよ。バルトは市場ですか?」


「いや、今は広場のベンチに座らせてるよ」


「分かりました。ありがとうございます。迎えに行ってきます」


「頼むよ」


「はい」



3人で広場へと足早に駆けていくウィルを見送った。



「アーチャさん、今日はお休みですか?」


「そうなの。買い物しようと思って市場に行ってたのよ」


「あら、じゃあ私達と一緒ね。私達もこれから市場に行くつもりだったの」


「あら、そうだったんですか」


「えぇ。ウィルが久し振りに帰ってきたから荷物持ちになってもらおうと思って」


「男手があると助かりますよね。お店は確かこの近くでしたか」


「そうよ、すぐそこなの」


「市場が近いと買い物に便利でいいですね」


「アーチャさんの家からだと、少し遠いから買い物とか大変じゃないですか?」


「多少不便ではあるけど、今の家、気に入ってるからねぇ」


「お家はどこなの?」


「街外れです。周りは畑しかないですよ」


「あら、じゃあここから結構な距離があるのね。大変ねぇ」


「歩くのは好きなんで、そこまでないんですよ」


「あら、そういえば私、自己紹介したかしら」


「あー、そういや私もしてなかった気がします」


「初めて会うわけでもないのにねぇ」



ウィルの母親と顔を見合わせて苦笑した。



「ウィルの母親のルアンナよ」


「アーチャです」


「アリアからお孫さんがいるって聞いてるけど、おいくつなの?」


「41歳です」


「えっ!?」


「あら、私とあんまり変わらないわ。随分若く見えるのねぇ。羨ましいわぁ」


「私、もっとお若いかと思ってました」


「童顔なものでね」


「アーチャさん。良かったらウィルが戻ってくるまで家でお茶でもいかがかしら?今日は雪は降ってないけど寒いもの。外でじっと待ってるのはツラいわ」


「そうですねぇ。では、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」


「勿論よ」



そのまま、3人で近くのルアンナの店に行った。

一度だけ来たことがある彼女の店は、年季が入っていたが掃除が行き届いていて、とてもキレイだった。落ち着いた雰囲気のある内装がアーチャ好みでもあった。



「前に来た時も思いましたが、いいお店ですね」


「ふふっ。ありがとう」


「お茶を淹れてきますね」


「お願いね」



アリアが店の奥へと向かった。

それを2人で椅子に腰かけて見送る。



「アリアはお茶を淹れるのが、とても上手いの。うちの店で働いてくれて、本当に助かっているわ」


「それは良かった。アリアちゃんも此処で働くのが楽しいみたいで、随分と明るくなりましたから。良いご縁だったようですね」


「本人が気づいてるか知らないけど、彼女目当てのお客さんが最近多いのよ」



ルアンナが声をひそめて、悪戯っぽく笑った。

つられて、アーチャもクックッと喉で笑った。



「人肌恋しい季節ですしねぇ。それを引いても、アリアちゃんは美人さんだから」


「そうなのよ!あの子、今でも充分綺麗だけど、磨いたらもっと綺麗になりそう」


「ふふっ。楽しそうですねぇ」


「女の子がいると、華やかで賑やかでいいのよ。ウィルはまだ独り身だし、次男のお嫁さんは子供がつい最近産まれたばかりで、そっちにかかりきりだもの。アリアが居てくれて本当に良かったわ」


「あぁ、お孫さん産まれたんですか。おめでとうございます」


「ありがとう。男の子なの。もう毎日元気に泣いてるわ」


「ははっ。あと何年かは大変ですねぇ」


「そうねぇ。男の子って大抵やんちゃだものね。ウィル達も小さい頃は大変だったわ。隙あらば悪戯しようとするんだもの」


「やんちゃ坊主の相手は骨が折れますねぇ」


「そうなのよぉ。ウィルもあの方も大人になっても色々やらかしてるみたいだしね」



そこでルアンナはアーチャを意味ありげに見た。アーチャは少し目を細めた。



「貴女の『お孫さん』、お元気かしら」


「……さて、お迎えが来てからは、とんと会ってないものですから」


「そう。ちょっと前に、私が乳母をしていた方が来られたの。元気そうだったわ」


「それは良かったですね」


「えぇ。本当に。心配ばかりかけてくれるんだから。ひさびさに『ちゃんと』顔を見て、安心したわ」



アーチャは苦笑だけをかえした。

ヒューの一件は、彼女には最初に子供の姿のヒューと会った時からバレていたらしい。含むような話し方に、元関係者として、なんとも答えられなかった。


さて、どうしたものか、と頭の隅で思っていると、実にいいタイミングでアリアが戻ってきた。



「お待たせしました」


「あー、いい香りね」


「ありがとう。アリア」



アリアがお茶を入れたカップを配った。

彼女も座るのを見てから、カップを持ち上げ、お茶を口に含む。

とても良い香りが鼻腔に広がり、自分が適当に淹れたものとは比べ物にならないくらいに美味しかった。


その後、3人で他愛もない話をしていると、バルトを背負ったウィルが戻ってきた。バルトは青白い顔でぐったりしていた。



「おかえりなさい」


「ただいま」


「お医者様、呼んだ方がいいかしら?」


「……単なる人酔いなので休ませていただけたら、それで十分です。すいません。ありがとうございます」


「あら、そう?じゃあ、お茶を淹れるわね。身体を温めた方がいいわ」


「用意してきますね」



アリアがそう言って席を立った。

バルトが代わりに椅子に座った。



「バルト。お茶を飲んだら上で休むといい。今日は泊まり客がいないから、なんなら泊まっていっても構わないから」


「そうね。そうしなさいな。うちは構わないから」


「……ご迷惑をおかけして、本当にすいません。お世話になります」



バルトが申し訳なさそうな顔でルアンナらに頭を下げた。



「アーチャさんも、またご迷惑をかけてしまいまして……すいません」


「別に大したことはしてないから、謝る必要なんてないよ」


「しかし……」


「いいってば。困ったときはお互い様ってやつだよ」


「……はい。本当にありがとうございます」


「いーえ」



アリアがお茶を淹れて戻ってきた。

温かくて美味しいお茶を飲むと、少しだけ顔色がマシになった。


それを見届けると、アーチャは席を立った。

今日はカンテラを持ってきていなかったため、日が落ち始める前に買い物を終わらせた帰らねばならない。


その旨を伝えて、送ると言うウィルの申し出を断り、アーチャは1人で店を出た。


ウィルに送ってもらえるなら、しれっと荷物持ちになってもらって、いつもより多く買い込めるが、家族と過ごす時間を邪魔するのも心苦しい。


アーチャは足早に市場へと戻り、目当てのものを買って帰路についた。





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