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変態は悩むように頭を抱えてた。
しばし、それを眺めながら酒を飲んでいると、ガバッと勢いよく変態が顔をあげた。
「大丈夫だ。問題ない」
「マジかよ」
今度はアーチャが頭を抱える番だった。実年齢に引いてくれたら良かったのに。変態の許容範囲広くないか。
「そういえば、ご主人様」
「そのご主人様っての止めてくださいってば。普通に名前で呼んでください。勿論敬称はなしで」
「僕たるもの、ご主人様を呼び捨てにするのは如何なものか」
「私がいいって言ってんだからいいんですよ。あーもう、めんどい。じゃあ、あれだ。命令で。名前を呼べ」
「はいっ!!」
実にいいお返事だった。
何故か嬉しそうな様子の変態に若干イラッとする。
「……それで、何か言いかけてましたけど」
「アーチャが私にも普通に話してくれたら話す」
つくづく面倒くさい男である。
「……何の話をしたかったの?」
「いやなに、大したことではないのだが、戴冠式に行っていたトゥーラ騎士団長らが戻ってきたぞ」
アーチャは酒を飲む手をとめ、眉をあげた。
「へぇ。生きて帰って来れたのか。よく無事だったな」
自分の命を狙う者の懐に、自ら飛び込むようなものであったというのに。
「特に話はしていないが、皆無傷のようだった」
「へぇ」
なくなった変態のグラスに酒を注いだ。
ついでに、グラッパと一緒に持ってきた薄切りの燻製肉も勧める。変態も懐から燻製されたチーズの塊とナイフを取りだした。
「忘れていた。土産だ」
「あ、どうも」
「本当は服か宝石にしようかと思ったのだが、バルトに酒の肴の方が喜ぶと言われてな」
「あー、確かにこっちの方が嬉しいわ。ありがとう」
「うむ。喜んでくれるなら良かった」
変態は嬉しそうに笑った。
燻製されたチーズは、普段アーチャが口にしているものよりも、ずっと美味しかった。口にいれると、芳醇で豊かな香りが鼻腔をくすぐる。いくらでも酒が飲めそうだ。
「アーチャ」
「何?」
「首輪はいつ着けてくれるんだ?」
アーチャは含んでいた酒を吹きそうになった。
「つけたきゃ、自分でつけりゃいいだろうが。ていうか、なんでそんなに首輪にこだわるんだよ」
「首輪は所有の証だからな」
いまいち、よく分からない。
この件については、しつこすぎて、アーチャは、もはや呆れ返っていた。
「私は貴方を所有する気はないって、散々言ってるよ」
「だが、私はアーチャに所有されたい」
「……えーーーー、なんでだよ。本当」
アーチャは勢いよく、酒を飲み干した。
性行為よりも首輪をつけることに熱心な様子の変態が理解できない。性行為を迫られるのならば、まぁまだ理解できる。迷惑な話だが。
だが、初回の面談の時以降、首輪をつけろと迫られても、性行為をしろと迫られることがなかった。
アーチャは目の前の男が、何を考えているなのか、さっぱり理解できなかった。
その日は、二人で夕方まで酒を飲み続け、夕食にアーチャが作ったシチューを食べると、変態は帰っていった。
彼が何をしたいのか、アーチャにはまるで分からなかった。