冬の訪れと変化の兆し
アーチャは、布団から露出した頬に凍えるような冷気を感じて目が覚めた。
家の中はシンッと冷えきり、白息が出るほどであった。
毛布をしっかり身体に巻き付け直して、ベットの中から窓を仰ぎ見ると、窓の外は真っ白な光景が広がっていた。
どうやら雪が積もっているようだ。
チュルガに本格的な冬が訪れようとしていた。
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地味で野暮ったいコートを着て、暗い色のストールを真知子巻き(某ドラマの主人公がしてた巻き形)にして、身を切るような寒さの中、アーチャは出勤のため、雪の積もった道を歩いていた。
まだ誰にも踏まれていない綺麗な雪に足跡をつけながら、黙々と歩く。歩みを止めたら凍えてしまいそうなくらい寒かった。
(雪が降るとは聞いてたけど、ここまで寒くなるとは……)
アーチャは暖かい地域で生まれ育ったため、寒いのは少々苦手であった。
ホッカイロなんて便利なものは生憎存在しないため、腰を冷やさないよう、生まれて初めて毛糸の腹巻きを買った。
存外温かく、とても重宝している。
チュルガに来て初めての冬である。冬支度をせっせとしている間に、実りの秋はあっという間に過ぎ去り、冬本番がやってきた。
秋生まれのアーチャは41歳になっていた。
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「ガディさん、女将さん。こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「おう!今日もよろしくな」
「はい」
「あ、アーチャ」
「なんです?女将さん?」
「朝市で貴女の知り合いって子にあったのよ。近々店に会いに来るってさ」
「誰です?」
「若い女の子よ。名前は……確か、アリアっていったかしら?」
「あぁ、アリアちゃん!知り合いですよ。分かりました。伝言ありがとうございます」
「いーえ。いいのよ。さ、今日も頑張りましょうね」
「はい」
女将さんがパンッと手を叩くのを合図に皆が慌ただしく開店準備を始めた。
冬場は店仕舞いの時間が他の季節に比べて随分早い。冬場は日が落ちる時間が早まるのと、皆寒いから外に出たがらないからだ。お客自体、少なくなる。いつもはダラダラ長居する常連達も、腹を満たすと酔いが覚めぬうちに、そそくさと帰路につく。
アーチャも寒くなってからは、遠回りせずに真っ直ぐ家に帰るようになった。
寒くて散歩を楽しむ所ではないからだ。
ギュッギュッ、と雪を踏みしめながら、アーチャは家路を急いだ。
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秋の収穫祭に合わせて、戴冠式が行われた。王都から離れたチュルガでも、祝いムードで家々から花弁が振り撒かれ、新王の誕生を祝った。
アーチャはその日、家から一歩も出なかった。ガディら家族に一緒に祝おうと誘われたが、体調不良を理由に断った。
冷え始めた家で一人、手酌で朝まで酒を飲んで過ごした。
酒を飲みながら、様々な思いが溢れてきたが、何もかも酒で流し込んでしまった。
皮肉にも、戴冠式当日はアーチャの誕生日でもあった。
つまみも用意せずに、カンテラに照らされた薄暗い部屋で一人、ひたすら酒だけを口にした。