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シャリー・フォレットという名の変態の処遇をどうするかは一旦保留になった。
今日のところは厳重に拘束したうえで、砦に置くことになった。
ウィル達は監視と警戒のため、砦に戻り、アーチャの家にはヒューとケディだけが残った。
気まずい沈黙を誤魔化すように、アーチャは続けて何本も煙草を吸っていた。
(酒が欲しい……切実に)
気まずい沈黙は、ケディによって破られた。
「色々と聞きたいことがあるんだが……」
「なに」
「ここに来るまで、娼婦をしていたのか?」
「そう、言っただろう?こっちの世界について何も知らない状態じゃあ、他に選択肢がなかった」
「そうか」
「……申し訳ありません。あの時きちんと保護できていれば……」
ヒューが悔しそうな顔で俯いた。
「……今更言ってもどうしようもねぇことだろうが。謝るな。あの時稼いだ金と出会いのお陰で今の私があるんだ」
「……はい」
アーチャはまた新しい煙草に火をつけた。
「ところで……あの変態野郎とは親しいんですか?」
「単なる元客だ。それ以上でもそれ以下でもない。勘違いするなよ。私の性癖はいたって普通だ。あの変態みたいな趣味はない」
「……」
複雑そうな顔をしたヒューが、何か言いたげに口をモゴモゴ動かした。
「……で?どうすんの?結局」
「どうしたもんかな。少なくとも彼奴を保護するのは兎も角、アンタをくれてやる訳にはいかないのは確かだな」
「当然だ。私はアンタらの所有物じゃねぇ」
「はい。条件を変えさせる方向で、何とかしてみます」
「よろしく。あの変態のご主人様にはなりたくないんでね」
「あれ、マジでそうなのか?」
「あぁーー、うん。なんか目覚めさせちゃったのは、残念ながら事実だね」
「面倒なのに好かれたもんだな」
「全くだ」
アーチャは面倒くさそうな表情で煙草の煙を吐き出した。
「あぁ、そうだ。具体的にいつ元の身体に戻るかは未定だけど、明日にでもヒューは店をやめた方がいいだろう。父親が迎えに来たってことにして、明日挨拶しちまおう」
「そうですね。そうします」
「ヒューはどうする。砦に戻るか?」
「シャリー・フォレットと交渉もしなきゃいけないし、その方がいいだろうね。明日までガディさんのところに行って、明後日からは砦に戻るよ」
「話が一応まとまったなら、夕飯にするよ。腹が減っては戦はできぬ、だ」
「はい。手伝います」
「俺は戻って、もう一度取り調べをしてくる」
「頼んだよ、ケディ」
「御意」
のしのしと歩いていくケディの背中が風呂場の中へ消えていくのを見届けると、アーチャは夕飯の支度を始めた。
ヒューにも手伝わせて簡単なシチューを作り、買い置きのパンと一緒に質素な夕食を食べた。
基本的に会話が必要最低限なのはいつものことで、沈黙には慣れていたが、今日はヒューがどこか落ち着かない様子で、ソワソワしていた。
対して、アーチャはまた面倒くさいことになったと思う反面、不思議と落ち着いていた。
(成るようにしか成らねぇよなぁ)
シチューを染み込ませたパンをダビ酒で流し込みながら、そう思った。
ーーーーーー
翌日。
いつもの出勤時間より少し早めにガディの店に向かった。
事情を話して、急な話で申し訳ないと頭を下げると、親が迎えに来たのなら良かった、寂しくなるが親と一緒の方がいいだろう、と言ってヒューの頭を撫でた。
そんなガディにヒューは何度も頭を下げていた。
その日、ヒューはいつも以上によく働いた。
帰り際にガディとおかみさんに日持ちのする菓子とヒューの分の給金を貰った。 ヒューは、ありがとうございましたと深々と頭を下げた。
アーチャも祖母として、二人に感謝の意を伝え、頭を下げた。
帰り道、カンテラで足元を照らしながら歩く。
こうやって、二人で帰るのもこれが最後だ。長かったような気もするし、短かったような気もする。
「アーチャ」
「なんだい」
「俺を助けてくれて、ありがとうございました」
「偶然に偶然が重なった結果だ。第一、忘れてるかもしれないが、私はあくまで報酬ありきの協力者だよ」
「……それでも、ありがとうございました。このご恩は忘れません」
「……あぁ」
その後は、二人無言で家まで歩いた。