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自宅の玄関を開け、男と共に部屋に入った瞬間、室内は重苦しい緊張が走った。
その場にいたのはヒューとウィルの二人。
ウィルの片手は剣の柄を握っていた。ヒューも一体どこに仕込んでいたのか、短剣を構えている。
「・・・・・・アーチャ。その男から離れてください」
これが殺気というものなのだろうか。
息苦しさを覚えるような、肌をジリジリ焦がすような、酷く圧迫感を感じた。
素直に、怖い、と思った。
知らず知らず、こくりと生唾を飲んでいた。
「説明をする。今のこの人に敵意はない。剣は構えていて構わんが、せめて殺気はおさめてくれないかね。素人にゃ、おっかなすぎる」
冷や汗が頬を伝うのを感じながら、そう告げると、感情の見えない瞳でじっと見つめられた。
アーチャには実に長く感じたが、実際はほんの僅かな時間だったのだろう。
一拍後、重苦しいプレッシャーは感じられなくなった。
その瞬間、どっと汗が流れた。気を抜くと身体が震えてしまいそうになるのを懸命に抑えて、彼らに近づく。全ての原因である隣に立っている男が涼しい顔をしていることが実に憎たらしい。
「どうも」
「何故、アーチャさんがこの男と?返答次第では我々は貴女も拘束しなければならなくなる」
「きっちり説明させるよ。先に言っとくけど、ヒューの件については私は無関係だよ。ただ、偶々この男とは知り合いだっただけだ。不本意ながら、それと知らずにね」
信用したかどうかは分からないが、目線で着席を促される。
私が家主なんだけど、なんて軽口をたたける雰囲気ではない。
「副団長達を呼んできます。動かないでください」
「なんなら、椅子に縛り付けるかい?」
強ばった顔でそう告げるウィルに言うと、ヒューが首を振った。
「今はまだ不要です、貴女には。しかし、その男は拘束させていただきます」
「だ、そうですよ」
「やれやれ。・・・・・・縛るなら貴方方ではなく、彼女に縛らせてくださいね。その方が愉しい」
「僕が縛ります。アーチャさん、紐をお借りします」
「どうぞ」
「俺がケディを読んでくる。ウィル、この場を頼む。絶対に逃がすな」
「御意」
ここ一月ばかり、ヒューをはじめ騎士団幹部達がずっと追ってきた自称喜劇の魔術師シャリー・フォレットは、こうして実に呆気なく拘束されることとなった。
−−−−−−
アーチャの狭い一軒家は、いつぞやのように恐ろしく人口密度が高くなっていた。
ヒュー、ケディ、ウィル、ヴォルフ、バルト、そして今回の事件の犯人であるシャリー・フォレット。
椅子の背もたれを利用し縛られたシャリーの両側にウィルとヴォルフが並び立ち、正面にヒュー、彼の小柄な体を守るようにケディがすぐ脇に控えている。バルトはアーチャの右横に立っていた。
「では、説明をお願いしてもよろしいですか?アーチャ」
「はいよ。
端的に事実だけを述べよう。ついでに嘘偽りを吐かぬことを誓おう。そんなことしても私に利益はないからね」
「早い話が、この男、シャリー・フォレットは不本意ながら私が娼婦をやってた時の客だ。城から放り出された私を拾ったのが女弦でね。王都の娼館に売られたんだよ。で、そこでの常連の一人。最も偽名を名乗ってたから、本名を知ったのはついさっきなんだけど」
「ここで会ったのは、っていうか、身請けされてから会ったのは今日が初めてで、此ればっかりは本当に偶然だ。信じる信じないはそっちの自由だけど。町でばったり会って、そのままお高い喫茶店に連れ込まれて、そんで本名が発覚して、もしかしたらと思って連れ帰ったんだが、当たりだったようだね」
「・・・・・・当たりも当たり。大当たりだ、畜生め」
ケディが低く喉奥で唸った。
「・・・・・・詳しく聞きたいことが沢山ありますが、今回の件とは直接関係がないことは省きます。
彼とは事件以前の知り合いで、偶々町で会った。喫茶店で話をしていたら、俺達が追っていた喜劇の魔術師と思われる人物であるから連れ帰ってきた。これで間違いありませんか?」
「ないよ。正しくその通りだ。私の立場からみた事実はね。シャリー・フォレットの思惑は本人に聞いてちょうだい」