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「この間な、ガディさんの娘さんが子供達を連れて店に来たのよ。んで、どうやらその時に次女のフィリアさんの10歳になる長男坊がヒューに一目惚れしちゃったみたいでさ。其れ以来ちょくちょく店に顔出しに来てて、ついに今日愛の告白をしたってわけ」
「あー・・・・・・それは・・・・・・」
「なんだ。そんなことかよ」
ウィルが持ってきたダビ酒をちびちび飲みつつ、ニヤニヤしながら二人に説明すると、実に微妙な空気が流れた。
ウィルは気の毒そうに部屋の隅の塊に目をやり、ケディは呆れた顔をした後すぐに面白そうにニヤニヤし出した。
「で、ヒューは受けたのか?その長男坊の愛の告白」
「長男坊には実に気の毒な話だが、ヒューは断っちゃったんだよ」
「まぁ、しょうがねぇ。初恋ってやつは実らないもんだからな」
「違いない」
ニヤニヤと意地悪く笑いながら中年二人で話しているのを横目に、ウィルは団子のように丸まっているヒューを懸命に励まそうとしていた。
「大丈夫です!むしろ、ヒューの女装……変装の完成度が高いって証拠じゃないですかっ!すごいですよっ!同じ年頃の男を落としちゃうなんてっ!!」
ウィルが作ったような明るい口調でそう告げると、ヒューはピクッと反応した後、よりいっそう丸まった。
もはや完全に形状が餅か団子虫である。
中年二人が耐えきれないように吹き出し、再び室内に笑い声が響いた。
室内に響く笑い声がおさまるには、暫しの時がかかった。
アーチャに至っては、笑いすぎて息も絶え絶え、といった様子である。
「はー、面白かった。さて、もう一本飲むかー。はははははっ・・・・・・」
「あー、笑った。こんだけ笑ったの久しぶりだわ、俺」
「お二人とも笑いすぎですよ。ヒューが気の毒じゃないですか」
「いやなに。お前さんが言ってた通り、周囲の者がヒューを女の子と認識している証拠みてぇなもんだろうが。寧ろ、現状から鑑みて、いいことだろうが。お相手の長男坊にゃ、初恋の相手が実は男ってのは気の毒な話だがな」
「うーん。いやまぁ、そうなんですけど」
「ほら、ヒュー。とっとと出てきな。今日は報告を聞く予定だろうが。明日も仕事なんだから、とっとと聞いて寝るよ。」
酒瓶片手に団子をパシパシ叩くと、のそのそと仏頂面したヒューが顔を出した。
「アーチャもケディも楽しそうですね」
じっとりと恨みがましい視線を向けてくるヒューに、アーチャは頗る爽やかな笑顔で告げた。
「ものすんごく面白い!」
「わー。俺アーチャさんのそんな素敵な笑顔初めて見ましたー」
「本っ当いい性格してるな、おい」
「ケディさんよぉ。アンタにだけは言われたくないよ、私ゃ」
苦虫を噛んだような顔をしているヒューをニヤニヤと見下ろしながら、新しく持ってきたダビ酒の栓を開ける。
「で、報告聞くんだろ?」
「・・・・・・えぇ。聞きますとも」
重っ苦しい溜め息を盛大に吐きながら立ち上がり、椅子に移動するヒューをニヤニヤと眺めた。
「しっかし、そんなに嫌かい?子供に愛の告白されたのが」
「・・・・・・え、この話題続くんですか?」
「相手はまだ10歳の男の子だろ?そんなに過剰に反応するもんなのかなー、という素朴な疑問?ていうか実際、同性愛ってどんな感じな訳?こっちの世界じゃ」
「どんな感じと言われても少数派としか……俺はそういう趣味ないんで、子供といえど男に告白されても不快なだけです」
「ふーん。アリアさんの元婚約者のこともあったから、結構普通にあるのかと思ってた」
「あれは相当珍しい事例ですよ。法や神殿側から禁じられているわけじゃないですし、男所帯の騎士団内じゃそこまで珍しくもないですけど、一般的には周囲に受け入れられることの方が少ないんじゃないんですかね」
「へー。そういうもんなんだ」
「庶民の大多数はお嫁さんを貰って子供を作って、というのが普通って感覚ですからね」
「成る程ね」
「はい。じゃあ、この話題はここまでで。ケディ、ウィル、報告してくれ」
「はいよ」
その後行われた報告は、今回も進展なし、というものであった。
如何せん、秘密利に捜索を行わなければならない以上、大々的に人員を捜索に割り当てることもできず、さらに領地外に出て捜索を行うということも、現状として厳しいものがあるそうだ。領地外の信用のできる知り合いにも協力してもらっているが、未だ成果は上がっていない。
結局、犯人である喜劇の魔術師がチュルガに現れない限り、捕縛拘束は難しいようである。
事件が起きてから、一月近く経とうとしている。
動くに動けないヒューの分まで、捜索と騎士団の職務を行っている彼らの顔には隠しきれない疲労の色があった。
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その男はいつも青いものを身につけていた。
服や装飾品のどれかは必ず鮮やかな青い色をしていた。聞いてもいないのに、青はこの世で最も美しい色彩だと語っていた。普段、関係ないことは話さない男であった故、珍しいことであった。
ここは青があまりにも少ない。品のない赤や黄色ばかりだ。今度、とっておきのものを持ってこよう。
そう言っていた男と、それから会うことはなかった。