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「さて、お2人がスッキリしたところで話をしましょうか」



ニシャと笑ったウィルがそう言った。


味覚と嗅覚に多大なる被害を齎した彼の薬は確かに効いた。

あれだけ酷かった頭痛や吐き気なんかが、薬を飲んだとたんに一気になくなった。

それこそ、まるで魔法みたいにだ。



「ヒューから少し聞きましたが、お名前と事情あってタムリから来たってことくらいですし、詳しいことを聞いて今後の話をしようにも僕が来たときにはお2人とも出来上がっていて、まともな会話ができそうにありませんでしたから」


「す、すいません」


「面目ない」



昨日砦から戻って来て空腹も相まって我慢できずに、結局ウィルらが夕食を持ってくる前に燻製のハム等を肴に飲み始めたのだ。

口当たりのいい甘めの酒を出したら、アリアも意外に美味しいと中々のペースで飲み干し、飲み友達に飢えていた篤美も、誰かと飲むのが久しぶりで嬉しくなり、ついつい普段より早いペースで飲んでしまった。

結果、空きっ腹に酒を入れたせいで、夕飯が届くころには酔っ払いが2人できあがっていたわけである。



「では改めまして、話を聞かせていただきます。僕はウィル・ディザイルです。ディリア騎士団に勤めています」


「アリア・バークレーです。タムリの布商の娘です」


「アリアさんは昨日、この家から四分の一ティン(15分)ほど離れた森沿いの道で倒れていたところをアーチャさんに拾わ……保護されたわけですが……えっと……その、おツラいことがあって、気づいたら彼処までご自分で歩いていて、力尽きて倒れていた、ということでよろしいですか?」


「……はい。ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」


「あ、いえ。別に迷惑とかは思ってませんよ。職務ですし。ただ、最近夜盗がでて物騒ですし、若い女性に何かあったら大変ですから。もしよかったらご自宅までこちらでお送りするか、もしくは迎えに来ていただけるようご実家に連絡させてもらいますが、如何しますか?」



ウィルが沈痛な面持ちで俯いたアリアに焦ったように提案した。

するとますます首の角度が下がり、アリアの顔は垂れてきた前髪に隠れてその表情が完全に見えなくなった。


ウィルが困ったように、横で話を聞いていた篤美とヒューを見た。



「事情を聞く限り、実家には帰りづらいんじゃないかい?」


「えっと……そうなんですか?」



アリアが静かに頷いた。

ますます困った顔になったウィルはヒューにどうするか伺うような視線を送った。

その視線を受けたヒューも困った顔をしている。

花婿に結婚式の最中に実の弟と逃げられたとあっては、実家もさぞかし混乱しているだろうし、居づらかろう。

家に帰りたくないという気持ちも分からんではないが、彼女の両親がきっと心配しているだろう。

息子は花婿と出ていき、当の花嫁は抜け出して行方不明なわけだから、今頃大騒ぎなはずだ。

騎士団としても、早いところ彼女の実家に知らせて、送るなり迎えに来てもらうなりしたいはずだ。



「帰りたくないって気持ちは分からないでもないけど、ご両親が心配してるんじゃないかな」


「……いえ、弟のことはともかく、私のことなんか、あの人たちは気にしてないと思います。」


「えーと、……アリアさん、ご兄弟は?」


「別の商家に嫁いだ姉が1人と、跡継ぎの弟が1人です」


「……あ、跡取りが出ていっちゃったの……」


「……はい」


「あー、うーん。……貴女はどうしたいのかな?帰りたくないって思うのはしょうがない気がするけど、跡取りが消えて娘も行方不明って事態できっと大騒ぎになってるだろうから、無事をご実家に連絡だけでもしなきゃいけないのは分かってるよね」


「……はい。でも、できたら実家に戻らず、このままチュルガで働きたいです。実家には帰りたくありませんし、帰ったところで責めるだけ責められて、店を継ぐために婿を取らせられるだけですから。それだって弟次第でどうなるか分かりませんし。今分かっているのは、このまま実家に帰ったところでいいことなんか何ひとつもないってことだけです。元々、不出来な次女なんて眼中にない人達でしたから……」



俯いた彼女の表情は見えないが、彼女の白くなるまで力一杯握りしめて震えている拳から、彼女の悲しみや怒り、憤り、実家に対する不信感などが察せられた。



「……どうしたものかね……」



昨日のように涙を溢しはしないが、拳を強く握りしめ、肩を震わせているアリアに家に帰るように言うことは心情的に難しい。


篤美自体は結婚に夢を見たことがないので、本当の意味で彼女の気持ちは理解できないが、なんとなくなら察することができる。


こちらの世界は封建的で、大半の女は16歳から20歳の間に結婚して家庭に入る。

21歳のアリアはあと1、2年もしないうちに嫁き遅れと呼ばれるだろう。

次の嫁ぎ先を探そうにも、例え彼女が清い身体であっても、花婿に逃げられた女ということで中々相手が見つからないだろう。

店目当ての男か、年の離れた男、もしくは後妻や妾として迎えられるか。

大方、そんな縁談くらいしか無いだろう。

結婚が女の幸せという風潮が強いこの国では、花婿に逃げられた女という評判はかなり致命的である。

彼女は彼女のことを恥と思う家族や周囲に囲まれて今後暮らしていかねばならず、出ていった弟が戻らなければ店の存続の為だけに婿を迎えさせられるのだ。


また、彼女自身も愛していた男に、よりにもよって実の弟と共に裏切られたことによってできた傷は深い。



心から気の毒に思うし、できることなら彼女の助けになってやりたいが、篤美とて厄介事を抱え込んでいる最中である。

篤美の家に置いてやることもできないし、かといってツテがないため職を紹介することもできない。

思わず、重い溜め息を吐く。

重苦しい沈黙が室内に満ちた。


と、難しい顔をしてアリアにつられるように俯いていたウィルが、何か思い付いたのかハッと顔をあげた。



「そうだ!ウチで働けばいいんです!」



思わずキョトンとウィルを見る篤美とヒュー。

アリアもポカンと顔を上げ、涙の滲んだ瞳をウィルに向けた。



「……ウチってもしかして騎士団?……いや、さすがにそれはちょっと……問題があるでしょ」



困惑する三人を代表して篤美が問うと、同意するようにヒューが首を上下に降った。

アリアはひたすら呆けてウィルを見つめている。



「違いますよ。騎士団ではなく、僕の実家です。僕の実家はチュルガの中央広場の近くで宿屋をやってるです。母と弟夫婦が経営してるんですけど、最近母が膝を悪くして辛いって言ってたし、弟の奥さんも妊娠中で丁度人手が欲しいところだったんです。小さい店ですからあまり高いお給料は払えないと思いますけど、弟夫婦は店の近所に所帯を構えていて店には母しか住んでませんから部屋はあります。住み込みで働いてもらえたら、こちらとしても助かります。母もそろそろいい年ですし、夜に1人なのは心配だったんで!」


「……ん~、悪い話じゃないけど、不特定多数が宿泊する宿屋に若い女の子が住み込みって危ないんじゃないの?」


「ウチは昔から常連しか泊まりませんし、基本的に宿屋というより庶民向けの食堂なんですよ。実際、宿屋よりも食堂としての収入が主だってるくらいで。ウチに泊まる常連も昔馴染みの老人や女性がほとんどですし。一応宿屋とはいえ、多分昼間と夜の食堂の給仕が主な仕事になると思います」


「なるほど。騎士の息子の知り合いってことにすれば酔っ払いだのちょっかいをかける馬鹿に対する牽制にもなるし……うん。それならいいんじゃないかな。アリアさんの実家には手紙を書いて送ればいいでしょ。ほとぼりが冷めるまで実家から離れるっていう体にしといて、上手くこう言いくるめる感じの文面でアリアさん本人が手紙を書く。それにウィルが一筆添えりゃ、かなりいい感じじゃない?領主兼騎士団長の側近とお近づきになったってんなら、隣領の商家としてはその縁をとっときたいだろうからね。少しでも考える頭があれば、実家に連れ戻すより、このままチュルガのウィルの実家で働いている方がウィルと、というより騎士団長側近の騎士とよりお近づきになりやすいってんで無理に連れ戻しに来ることはないだろう。少なくとも暫くは。跡取りの弟さんの捜索の方に熱くなるだろうしね」


「どうですか!?アリアさん。悪くないと思うんですけど」



呆けたようにウィルと篤美の話を聞いていたアリアがウイルに話しかけられ、びくっと身体を揺らした。

先ほどまで沈痛に瞳を曇らせていた顔が、今は困惑一色だ。



「……えっと……どう、と言われましても……急な話でその……あの、本当にいいんですか?その……お世話になって」



アリアが戸惑いながらウィルを窺うように見た。



「えぇ。先ほども言った通り、人手が欲しいのは本当ですし、これも乗りかかった舟ってやつです」


「……でも、ただでさえご迷惑をおかけしているのに……」


「甘えときなよ。ここでウィルの提案を断ったところで行くところなんてないんでしょ?これも縁ってやつさね」


「……縁……」


「そう、縁。人の出会いや繋がりってのは結局は縁ってやつだよ。縁があれば出会うし、なければ一生出会わず関わらずに生きる。私がアリアさんを拾ったのも縁だし、たまたま居合わせた騎士団の人間の世話になるのもまた縁だ」


「……」


「初対面で親切にされて困惑したり申し訳なく思うのならば、今後別の形で恩を返していったらいい。今は暗い顔をしている貴女が明るい顔して楽しそうにしていりゃ、それだけでこっちは助けてよかったと嬉しくなる。もしくは、親切にされただけ、別の誰かに親切にしてやりゃいい。人との関わりや繋がりってのはそういうもんだろ?」


「アーチャさんの言う通りですよ。結果的に僕も僕の実家も助かるわけですし、引き受けてもらえるとありがたいです」


「……あの、では……甘えさせていただいてもよろしいでしょうか……」



おずおずとウィルや篤美を見るアリアに、ニカッと笑いかける。



「いいんじゃない?」


「勿論!」


「……ありがとうございます。このご恩は忘れません……」



アリアの顔が泣くのを堪える様にクシャッと歪んだ。








話が終わる頃には昼前になっていたで、篤美とヒューは仕事に、ウィルとアリアは早速ウィルの実家に顔合わせに行くために家を出た。

ウィルの家族の話や店のことをアリアに話す彼の声を聞きながら、街中へ続く道を歩く。



ガディの店の前で2人と別れた。

アリアは何度も頭を下げてお礼を言っていた。

今度彼女の顔を見がてら、昼時にウィルの実家に食事に行こう。

きっと今より明るい顔をしてるだろう。



死ぬまで誰とも深く関わり合いになる気はなかった。

そんな人はマルコ爺だけで十分だと思っていた。

けれど、成り行きで関わったアリア。今後彼女が晴れやかな笑顔を見せてくれたら嬉しいと思う。

きっと彼女が笑ったら、とても可愛らしいだろう。

想像してなんとなく頬が緩む。


彼女と話し、時を過ごしたのはごくごく短い時間だ。

それでも、何故だろう。

彼女のことが嫌いではない。むしろ気になって仕方がない。

素直に今後仲良くしたいと思った。


ひどい裏切りにあった直後なのに、もう前を向きはじめている。

気が弱そうで卑屈そうなのに、実際は芯がありそうだ。


理由は分からない。けど何故か彼女のことを気にいった。

彼女と今後も関わり合いたいと思う自分に、悪くないと思った。




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