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慌ただしく汗を流して風呂から出ると、そのまま髪を完全に乾かす間もなく花嫁衣装の女性の分の着替えなどをまとめる。

若い娘が着るような、華やかな服ではないが、こればかりは諦めてもらおう。寝巻き用のゆったりとした楽で地味なグレーのワンピースとそれとは別に、(篤美の持っている服の中では)まだ色味の明るめなモスグリーンのワンピースを適当な鞄に詰め込む。

準備ができたため、残って戸締り等をしていたウィルに声をかけ、彼女の下に敷いていたシーツに包むようにして彼女を抱き上げてもらう。

両手の塞がったウィルを先導して、使用直後で未だ湿気の充満した風呂場へと向かう。

扉の前で一つ息を整えて、風呂場の砦へと続く扉を勢いよく開けた。





なんとなく反射で閉じてしまった目を開くと、そこはどこかの応接室か社長室のような、広さにすると10畳ほど無骨な雰囲気な部屋だった。ここ最近使っていないのか、若干の埃臭さが鼻につく。

今出てきた扉の前に立っている篤美から向かって右側には、硝子戸を背にするように大きな立派な机が置いてあり、その上は書類や筆記具などでごちゃついていた。

篤美の正面には接客用であろう、向かい合わせのソファーとローテーブルが置いてあり、壁にはタユラ国旗とディリア騎士団旗、タユラ国内とチュルガの地図、そして何本かの剣がかけられていた。

騎士団の駐在する砦にまさに相応しい雰囲気の部屋だった。


部屋をゆっくり観察する間もなく、ウィルに続いて移動する。

石造りの砦の廊下は夏場とはいえ、陽が落ちていることから少し肌寒く感じるほどであった。

コツコツと足音を響かせながら早足で歩くウィルを小走りで追いかける。騎士団が駐在しているはずの砦なのに、前を歩くウィル以外人がいない。窓の外を見れば、薄暗くて分かりにくいが、どうやら砦の二階ないし三階に今はいるようだ。

ウィルに続いて階段を下り、廊下をしばらく歩くと、扉に医務室と看板のかかった部屋で足を止めた。

両手の塞がっているウィルの代わりに扉を開け、彼を先に入室させる。続いて室内に入り、扉を閉めた。

医務室という名の通り、そこは学校の保健室の様な造りの部屋だった。

4つほどカーテンで仕切られたベットが並び、反対側には小さな洗面台や医薬品であろう瓶が並べられた棚がある。かすかに薬草の、漢方薬のような臭いがした。

ランプに照らされたその部屋には、先行していたヒューしかいなかった。


「ウィル、こっちのベットに彼女を寝かせてくれ」


「はい。アーチャさん。医者を呼んできますので、今のうちに彼女を綺麗にしてもらえますか?」


「了解」



ウィルが彼女を寝かせたベットに、色々詰め込んできた鞄をごそごそ漁りながら近づく。

きっと先に来ていたヒューが用意したのだろう。

ベットの上の掛け布団は隣のベットに除けられ、水の入った器ときれいな布が何枚かベット横の小さな机に置いてあった。

周りから見えない様にカーテンを閉め(さすがに四方を閉めれるような造りではなく、カーテンがあるのはベットの左右だけだったため、入口に近いベットの方にヒューは閉めだし)、彼女の花嫁衣装を脱がし始める。

正直、花嫁衣装なんて見たことはあっても着たことも、ましてや脱がしたこともなかったため手間取ったが、なんとか衣装を破ることなく、脱がすことができた。衣装の下に着けていたコルセットも四苦八苦しながら取り外し、なんとか下着とガーターベルトだけの姿になった。

白く若々しい肢体がランプの明かりに照らされる。

下着だけ残してガーターベルトもストッキングも取り去ると、水に浸して軽く絞った布で彼女の身体を拭っていく。

はじめに胴体をざっと拭い、乾いた布で拭いてから胴体部分に毛布をかける。その後、脚、腕、髪の順番で拭いていき、最後に顔を化粧落としのオイルを塗った後に、布を洗いながら何度か丁寧に拭う。

身体を拭いた彼女に服を着せ、ベットが汚れない様に下に敷いていたシーツを取り、掛け布団をかける頃には軽く汗をかいていた。介護は体力勝負と友人から聞いたことがあったが、まさしくその通りであった。意識のない人間の身体を拭い服を着せることがこんなに大変とは思いもしなかった。

汚れた花嫁衣装類や布を一纏めにして、終わったことを知らせるためにカーテンを開ける。

作業に夢中になっていたからか気がつかなかったが、いつの間にか室内には随分人が増えていた。

ヒュー、ウィル、ケディにバルト。それから見たことがない中年の眼鏡をかけた小太りの男がいた。



「終わったよ」


「ありがとうございます。先生、お願いします」


「おう」



先生と呼ばれた小太りの男が篤美を入れ替わるようにベットに近づく。

篤美とすれ違う時にふわりと酒精の臭いをその男から感じた。思わず眉をしかめるが、何も言わずにその場を離れた。



「……あの人は?」


「砦専属の医者で、パーム・クリーター先生です」


「ふーん。ヒューのこと、砦内にどれだけ知らせてるか知らないけど、あの人は大丈夫なの?」


「はい。先生は俺の赤子の頃からの主治医でもありますから。信用できます。俺のこの身体のことは、砦内外含め、この場にいる人間とあと何人か信用できる人間にしか知らせていません」


「そんな状態で砦を歩きまわって大丈夫なのかい?」


「はい。アーチャの家と通じている扉は俺の執務室ですから基本的に側近や上級士官しか近寄らない階ですし、ここらへんはよっぽど酷い怪我をしない限り滅多に誰も来ない場所ですから」


「団長から聞いたが、この女を拾ったんだって?具体的にどこら辺に倒れていた?」


「私の家から森側に道なりに進んで、ざっと四分の一ティン(15分)ってとこらへんかしら。さすがにいつからそこに倒れてたのか、なんて知らないけどね。最初は死体かと思ったけど血の臭いはしないし、確認してみたら息はあったから担いでそのまま家にとんぼ返りよ」


「なんだってそんな所に倒れてたんだ?あの先は森か畑しかないぞ」



ケディがもさっとした自身の顎髭を撫でながら首を傾げた。

バルトが椅子とコップに注がれた水を勧めてきたので、有り難く座らせてもらい、コップを受け取る。

医者が診察している間、それぞれ空いているベットに腰かけてチュルガの地図とにらめっこしながらぼそぼそと話をしたり、携帯用のコンロ(アルコールランプに五徳をつけてたような感じ)でお湯を沸かしたりしている。

部屋の中をなんとなしに観察していると彼女が寝ているベットからカーテンを開けて医者が出てきた。



「先生、どうですか?」


「転んだ時にできたであろう軽度の擦過傷と靴ずれ、そんなもんだ。どんだけ歩いたかしらんが疲れて寝てるだけだ」



よっこいせ、と呟きながら医者が椅子に座る。ギシッと椅子が軽く悲鳴を上げた。

バルトが差し出したお茶を飲む医者を横目に、篤美は少し安堵していた。大きな怪我がないのは着替えさせたときに確認済みだが、身体の中のことはさすがに医者でなければ分からない。

せっかく助けたのに何かしらの疾患があってそのままお陀仏じゃあ、寝覚めが悪すぎる。

ふと視線を感じてそちらに目を向けると、たいして美味しくもなさそうにお茶を飲んでいた医者が篤美の方を見ていた。



「で、こちらのお嬢さんが例の女性かね」



(お嬢さんって……)

思わず苦笑をもらしてしまう。お嬢さんなんて呼ばれる歳じゃない。



「そうです。アーチャ・タニージャさんです」


「アーチャ・タニージャです。生憎ですが、お譲さんなんて呼ばれる歳じゃありませんよ」


「バーム・クリーターだ。ここの専属の医者をしている。ついでにそこの赤毛の坊やの主治医だよ」



ヒューを指さしてにやりと笑った。坊やと呼ばれたヒューは苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「俺も坊やと呼ばれるような歳じゃないんですけど」


「あぁ、今は嬢ちゃんだったな。すまんすまん」



にやにやと笑いながら苦虫をもう十匹喰らった様な渋面をしているヒューを見ている。

ウィルは呆れたように溜息を吐き、ケディも医者のおっさん同様にやにやしている。ついでに篤美も内心吹き出しそうだ。



(このおっさん……いい性格してるな、おい)



赤子の頃からの付き合いからか、身分差があるにしてはかなりフランクな関係のようである。

王子であり、領主であり、騎士団長であるヒューに対して遠慮が一切ない。まるで親戚に一人はいるような、面白がってしょっちゅう甥っ子や姪っ子にちょっかいをだして煙たがられるオジサンのようだ。

騎士団連中を見ていると、ケディもそれなりに遠慮がないようだがこの医者はその上をいっている。



(前々から思ってたけど、年上に面白がられながらいじり倒されるタイプだね)



今のヒューは女の子の恰好をしている。その姿を見るのが初めてなのか、ヒューが哀れなほど大人げなくいじり倒している。

スカートを捲ろうとしたり(おい)、赤ちゃん言葉で話しかけたり(キモい)、嫌がるほど頭を撫でまわしたり、やりたい放題だ。

ヒューは全力で避けようとするが体格差がありそれが叶わず、他の連中に助けを求めるがスル―され(ウィルたちは無言で目をそらし、ケディは爆笑している)、もはや半べそかきかけている。(ちなみに篤美はにやにやしながら傍観。だって見てて面白いし)

大人げない大人達がはしゃぐせいで室内は寝ている人間がいるにも関わらず、かなり騒々しかった。

面白半分、呆れ半分で傍観していたが、さすがに喧しい。

ここらで止めないとますますヒートアップしそうだ。



(やれやれ……面倒だね)



一つ溜息を吐いて椅子から立ち上がると騒ぐ二人の後ろに立ち、その後頭部に思いっきり平手を振り下ろした。

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