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「「アーチャ(さん)!?」」



玄関から今まさに外に出ようとしていたウィルとヒューが驚いた顔で篤美のもとに駆けよってきた。若い細みの女性とはいえ、意識のない大人を担いで歩いてきた篤美の体力は限界だった。

全身から汗はダラダラと流れ、心臓がまるで耳のすぐ横にあるように心臓の音が体中に響き、肺だか腹だか訳が分からないくらい、とにかく痛かった。


駆けよったウィルが背の女性を受け取ると同時に、アーチャはその場にへたり込んだ。ゼェゼェという自分の呼吸音が些か不快に感じるが、しばらく治まりそうになく、腕や足の筋肉はひどく悲鳴を上げて、力が入りそうになかった。大丈夫かと、何があったのかと、声をかけられたが、応えられる状態ではなかった。

ウィルは汚れた花嫁衣装を身にまとった女性をすばやく抱き上げ、ヒューはへたり込んでひたすら肩で息をしているアーチャの背中を宥める様に優しく摩った。



「ひとまず、彼女を寝かせます。アーチャさん、ベットをお借りします!ヒュー!すいませんが、アーチャさんにお水を!」


「分かった!」



ウィルの問いに答える様に、力の入らない手を軽く上げ振った。

バタバタとヒューが家の中に駆けこみ、そのすぐ後を追うように、意識のない花嫁をお姫様抱っこしたウィルが続いた。

二人が家の中に入ったのを見届けると同時に、篤美はパタンと背中から地面に倒れた。



(あー、しんど……)



目を閉じて、呼吸を整えることだけに集中する。ドクンドクンという心音に耳を澄ましながら、意識的に大きく呼吸をする。

パタパタという軽い足音と振動が地面を通して伝わった。

疲労感が甚だしく、重い瞼を開ければ心配そうな顔をしたヒューがコップを持って、篤美のすぐ脇に膝をついていた。

ヒューは、一度地面にコップを置き、力の入らない篤美の上半身を細い身体でなんとか支えて、起き上がらせた。力が入らずブルブルと軽く痙攣する篤美の腕を見ると、両肩を支えたまま器用に背後に身体をまわし、身体全体を使うようにして篤美の上半身を支え、水の入ったカップを篤美の口につけた。



「ゆっくり飲んでください」



一気に飲み干したいのを懸命に我慢して、冷たい水を噎せないよう、慎重に飲み下す。冷たい水が熱く火照る喉を通り、胃の腑にまで沁み渡る感触がひどく心地よかった。

コップ一杯の水をゆっくり飲み干し、篤美は大きく息を吐きだした。



「だぁぁぁぁ、しんど……」


「大丈夫ですか?動けますか?」


「あー、しばらく無理ぃ」



水を飲んで多少呼吸はマシにはなったが、全身が重く、動ける気が一切せず、背後のヒューに脱力して寄りかかった。

そんな篤美にヒューは依然ダラダラと流れる汗を自分の袖口で拭いたり、空いた手でパタパタと風を送っていたり、と甲斐甲斐しく動いた。

あの女性をベットに寝かせたのか、ウィルが家から出てきた。



「見るからに大丈夫じゃなさそうですね。ヒューは体格的に無理ですし、僕が運びますね」


「お願いぃ。もう無理。動けん」


「分かりました。失礼します」



完全にぐだぁ―っと脱力しきっている篤美を、ウィルはヒョイッと軽やかに抱き上げた。……お姫様抱っこで。



(予想はできてたけどねぇ……)



乙女の憧れ、お姫様抱っこ。

そんなものに憧れる年でもなければ、そもそも正直夢見たこともない。

記念すべき人生初のお姫様抱っこだったが、何の感慨も湧かなかった。トキメキもなけりゃ羞恥心も湧いてこない。こりゃ意外と背中にくるかも……と思っただけである。


家の中までのごく短い距離であったが、思わぬところで思わぬ初体験をしてしまった。

なんとも微妙な心地で、ベット脇の椅子に降ろしてもらう。

気分はお姫様ではなく、まんま看護師と要看護者だ。

椅子にだらしなく座り、はぁ~~っと大きく溜息を吐く。なんだか年寄りの気分で、そんな自分が正直微妙だ。

すぐ側に若い男の子がいるとか、そんなことを一切気にせずに、ぐだぁーっと椅子の上で脱力して伸びる。こういうところからオバチャン化現象は始まっていくのだろうが、この際気にしてられない。


ウィルが汚れないようにと気を使ったのか、使ってないシーツを敷いたベットの上に花嫁衣装の女性は寝かされていた。今は崩れてしまっているが、ミルクチョコレートのような長い茶色の髪を複雑に結い上げ、控えめながら整った顔には綺麗な化粧が施されているが、残念ながら今は土に汚れてしまっていた。

まだ若干荒い息を整えていると、ヒューが2杯目の水を運んできた。

未だ力が入りづらい腕を叱咤して、今度は自分の手で受け取り、一気に煽った。



「……ぷはっ、あー……生き返ったー。あ、ありがと」


「いえ。何があったんですか?この女性は一体……」


「んー、端的に言うとなぁ」


「言うと?」


「落ちてたから拾った」


「「……はっ?」」


「いやぁ、森の方向の道を歩いてたらさぁ、道に薄汚れた花嫁衣装着た若いお姉ちゃんが倒れててさ。意識ないし、流石に若い女の子を道にほったらかすわけにもいかないじゃない?万一死なれたら寝覚め悪いし。第一、私のモットーは女子供に優しく野郎に厳しくだし」


「それで背負って帰ってきたんですか!?」


「あぁ」


「俺らを呼んでくれれば、俺らで運びましたのに……」


「あぁ、あんたら呼べばいいって家が見える距離になって気づいたんだよね、ははは」


「……はははって、えぇぇー……」


「彼女、どうするんです?」


「とりあえず事情を聞かんことには話は始まらんわな」


「まぁ、そうですね」


「行き倒れの保護も騎士団の仕事だろ?」


「はい。しかし、ヒューがこの状態ですからねぇ……」


「この場合は仕方ないよ。民間人優先だ。通常ですと、街の詰め所か砦に運ぶんですが、この状態ですし……」


「なんだったら、風呂場から連れていけば?若い女の子を野郎だらけのところに放り込むのも心配だし、私も一緒に行くけど」


「それならお願いしてもいいですか?さすがにこの状態は可哀そうですし、かといって僕らが着替えさせるわけにもいきませんし」


「ん。じゃあ、パッと風呂に入ってくるから待ってな。ヒュー、晩飯の準備は?」


「すいません!まだです!」


「砦で夕食をお出ししますよ」


「じゃあ、そうしてくださいな」


「はい」


「俺、先に行って知らせときます」


「あぁ、よろしく」



チェストもどきから着替えを出し、ふらつく足を無理やり動かして風呂場に向かう。バタバタと落ち着きなく走っていったヒューは、すでに扉の向こうの砦らしい。

扉の鍵をかけて、熱いお湯を頭からかぶった。


明日はまず間違いなく全身筋肉痛だろう。



(明日筋肉痛がくりゃいいけどねぇ……十中八九、三日後だろうなぁ)



なんだか切ない気持になって大きく溜息を吐き、気休めに、酷使した腕や足を洗いながら軽く揉んだ。






お姫様抱っこが存外背中や腰にくるのは、私だけでしょうか……?

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