拾いモノ
ウィル視点
ウィルは処理済みで団長の確認待ちの書類の束を抱えて、騎士団長の執務室へと入った。
部屋の主がこの場から姿を消して一週間以上の時間がたった。部屋の調度品は中々に質のいいものを揃えているが、部屋を使う人間がおらず使わない部屋の掃除に回せるほどの人出がないこともあって、うっすら埃が積もり始めていた。
日が落ち始め、茜色に照らされた部屋を通り抜け、続き部屋である仮眠室の扉を開く。
扉を通り抜ければ、そこは自分の上司がお世話になっている家の風呂場だった。
普段なら誰もいないため何の声もかけずに部屋にお邪魔するが、今日は仕事が休みだと言っていたため、上司共々家主も部屋にいるだろう。
「こんにちは。お邪魔します」
と、声をかけてから風呂場から廊下へと続く扉を開けた。
家に一部屋しかないため居間兼寝室兼食堂である部屋に入ると、テーブルに突っ伏して、なにやらしょげたような空気を背負ったヒューの姿しか見えなかった。
テーブルの上に両腕を投げ出し、足を行儀悪くブラブラさせている。
パッと見は子供らしく可愛らしい光景だが、中身は30間近のいい歳した男だ。
ついでに幼馴染であり、上司でもある。
何とも言い難い微妙な心境を隠すように、笑顔を浮かべて彼に声をかけた。
「失礼します。ヒューだけですか?」
「やぁ、ウィル。今は俺だけだよ」
「アーチャさんはどちらに?」
「散歩だって言って半ティンくらい前に出てった」
「もうすぐ夕飯の時間ですし、なによりもう日が暮れるのに?」
「俺もそう言ったけど、気分だからって……」
「近所を歩くくらいならすぐに帰ってきますね。それなら夕飯の支度でもしてますか……」
「……戻るのは2ティン(2時間)くらいしてからだって」
「はい?」
「……夜歩くのが好きなんだって。けど最近ごたついてるから真夜中に歩くのは自重してるんだって」
「……で、夕方からまだ比較的遅くない時間帯にかけて歩いてくると?」
「そう……ついでに一人で歩くのが好きなんだって」
「一緒に行くのは断られた、と」
「……一応粘ったけど」
「奮闘の甲斐なく置いていかれた、と」
「…………うん」
「女性一人でこんな時間帯から2ティンも外を歩かせるなんて。ヒュー。確かに今の貴方は子供の姿かも知れませんが、れっきとした騎士なんですよ。いくら断られたって勝手に後ろをついていくなりしてくださいよ。断られたからって諦めるなんていい歳した男が情けない」
「……うぅ、すいません」
「僕に謝ってどうするんです。いくら一人で歩くのが好きとはいえ、特に今はまだ喜劇の魔術師も捕まってませんし、この忙しい時に夜盗まで出やがるし。なにかと物騒なんですから。」
「う、はい……」
「何をしょげてるかと思えば全く……」
「……別にしょげてないよ」
「じゃあ、いい歳して拗ねてたんですね」
「……拗ねてないし」
「はいはい。せっかくつい最近になって少しお話して仲良くなったような気がしてたのに、置いていかれて残念でしたね。ほら、拗ねてないでとっとと迎えにいきますよ」
「……だから別に拗ねてないって」
そんなやりとりをしているうちに、窓の外を見ればかなり薄暗くなりつつあった。
拗ねたように唇を尖らす少女(中身は30間近の男)を急かして、出掛ける準備を手早く済ませる。
完全に暗くなったときの為にカンテラを持ち、念のため腰の剣を確認する。
ヒューが自身のスカートに、子供の姿でも比較的使いやすい短剣を仕込むのを見届けると、玄関の戸を開けた。
玄関を開けた目の前に、薄汚れた花嫁衣装を身に付けた女性を背負った(背負い切れておらず、半ば引きずるような形で)肩で息するアーチャが立っていた。