アリア
とある人物視点
思えばろくでもない人生だった。
裕福な商家の二女として生まれたが、優秀で明るく美人な姉や弟に比べると、地味な容姿に引っ込み思案で暗い性格な自分。
当然ながら子供の頃から二人と比べられ続け、陰にあからさまに周囲から馬鹿にされてきた(捨て子疑惑も当然噂された)。
実の両親や使用人たちは、初めての子であり美しい容姿で明るく笑顔の素敵な姉や末っ子長男のやはり容姿の整った優秀な弟を可愛がり、地味な二女のことなど存在をも忘れていることすらあった。
容姿は当然ながら、勉強も運動も商売の手伝いも何もかも二人には敵わなかった。
おしゃべりがあまり得意ではなかったし、愛想笑いもうまくできなかった。
それでも愛されようと自分なりに努力した時代もあったが結果は芳しくなく、14歳の時には諦め、地味に地味に鬱々と生きてきた。
そんな鬱屈した私にも春がきた。
不出来ながらも実家の手伝いをしていた時に出会った年上の彼は、優しく男前な素敵な人で、こんな地味で根暗な女でも愛していると言ってくれて、さらには結婚まで申し込んでくれた。
美しい姉は実家よりも裕福な家に既に嫁いでいたし、実家自体は弟が継ぐことに決まっていたため、彼には私自身しか差し上げることができるものがなかった。
それでも構わない、君さえ傍にいてくれたらそれでいい、と微笑んで抱きしめてくれた彼の腕の中で歓喜の涙を流した。
幸せだった。誰にもまともに相手にされなかった私だけを見てくれる彼との交際。
結婚が決まってからは(実家の両親はあっさり了承。むしろそういえば結婚してなかったな、すっかり忘れていた、という反応)、準備で非常に慌ただしい日々だったがそれすら楽しく、日常の何気ない事にも幸せを感じるような毎日だった。
結婚式当日。
もしかしたら一生着ることがないかもしれないとさえ思っていた美しい純白の花嫁衣装に身を包み、幸せを噛み締めていた。
隣には同じく純白の花婿衣装に身を包み、微笑む素敵な彼。
彼は小さいけれど小間物屋をしている。
結婚したら毎日彼の仕事を手伝い、店の二階の自宅で彼の為にご飯を作ってあげるのだ。
子供はどうだろう。……彼との子供ならば何人だって構わない。きっと彼と共に精一杯愛してあげる。
絵に描いたような幸せな家庭を作っていくのだ。
彼さえいれば、どんな苦労もきっと気にならない。これから共に生きて、共に年老いて、幸せだったね、って笑い合いながら共に死んでいくのだ。
あぁ、なんて素敵なんだろう。
彼と歩む人生がこれから始まるのだ。
彼と並んで神官の前に立つ。
これから創世神の神々に永遠の愛を誓うのだ。
私たちの後ろにはそれぞれの親戚が粛々と座り、誓いの儀を見守っている。
あぁ、いよいよだ。
目の前の神官が神々を讃える言葉を紡いでいる。この後、永遠の愛を誓うか問われる。
神官の言葉に二人で誓ったその瞬間から私たちは祝福される夫婦になる!!
「……汝タイラー・マーク、並びに汝アリア・バークレー、我らが愛する神々にその永遠の愛を誓うか?」
「「誓いま……「待った!!」」」
後ろの親族席から誓いを遮る大声が式場である神殿内に響いた。
驚いて二人揃って振り向けば、一人の人間が立ちあがり、壇上の私たちに早足で近づいてきた。
そこからはあっという間だった。
「タイラー!貴方のことを心から愛している!結婚をやめて一緒に逃げてほしい!!」
「あぁ……嬉しいよ。俺も君のことを愛している。一緒に行こう!!」
そうして手に手を取り合って神殿から走り去る二人。
突然のことに呆気にとられていた参列者は、二人の姿が見えないところまで走り去った後で、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
主に騒いでいるのは、私の両親たち。
……彼の手を取り神殿から走り去ったのは、私の実の弟だった。
‐‐‐‐‐‐‐
気がつけば私は知らない場所を歩いていた。
街の中心にある神殿にいたはずなのに、森に沿った寂しい道を歩いていた。
周りを見ると、森と青々を広がる畑しか見えない。
(ここ……どこ?)
何故こんな場所にいるのか、皆目見当がつかなかった。
それでも、足は歩みを止めない。
立ち止まろう。神殿に戻ろう。……彼の元へ戻ろう。
そう思うのに、自分の足が意思とは関係なく勝手に動く。
本当なら彼の家で今頃幸せに笑い合っているはずなのに、なんで私はこんなところを歩いているのだろう。
結婚式は昼過ぎからだった。
なのに今はもう日暮れ前だ。徐々に空の色が変化していく。
機械的に動かしていた足が限界を迎えたのか、もつれてそのまま道に倒れ込んだ。
せっかく真っ白だった花嫁衣装が土に汚れてしまう。
すぐに立ちあがらなきゃ、と思うのに身体が重くて立ちあがる事ができない。
このまま夜が来れば、こんな民家から離れて森に近い場所ならはぐれ魔獣が来るかもしれない。
もしかしたら最近街に出るという夜盗が来て、身ぐるみを剥がされたうえで殺されるかもしれない。
(あぁ、それでもいいかも)
なんだか、どうなったって構わない気がしてきた。
言いようがないほど疲れていた。
せっかくきれいにしたのに汚れてみっともなくなってしまっていた。
私の隣には誰もいない。
彼も。家族も。
本当に、どうしようもなく疲れてしまった。
(幸せになりたかったのになぁ……)
疲れた息を一つ吐き出して、固く埃臭い地面に頬をつけたまま、私は一人瞼を閉じた。