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広場で早めの昼食をとった後、食料品をいくつか買い込み、その荷物を抱えて職場であるガディの店へと向かった。

さっさと自分のペースで歩く篤美を2、3歩遅れて早足で追いかけるヒューの姿は、もはやデフォルトのようになっていた。



「こんにちは」


「こんにちは」


「おぅ!今日もよろしく頼む」


「よろしくお願いします」


「お願いします」



店に入り、店主のガディに挨拶する度に、ガディがヒューの頭を分厚い火傷や切り傷の痕のある大きな手でガシガシ撫でる姿も見慣れたものになりつつあった。ヒュー本人は複雑そうな顔をしているため、傍から見ていて少々面白い。

一旦店の奥へはいり、揃いのエプロンをつける。仕込みが粗方終わっており、店内にはスープのいい香りが広がっていた。

今日のお勧めはタミラ肉のシチューらしい。

篤美が開店の看板を店先に置くと、待ってましたと言わんばかりに腹をすかせた常連たちがガヤガヤ喋りながら店に入ってきた。

忙しい時間の始まりだ。









‐‐‐‐‐‐

一日の仕事を終え、カンテラで足元を照らしながら二人歩いて帰る。

昼間はヒューのペースなど考えずに歩くが、夜はさすがに彼の歩みに合わせる。街中ならば家々から若干の明かりが漏れているが、それとて心もとなくなっている時間帯であるし、街中から出てしまえば、基本的に道の左右には畑が広がっているだけで、光源といえるものはほぼ月明かりくらいしかない。もとの世界のように道がきちんと整備されているとは言い難いため、足元を照らさねば何に足を引っ掛けて転ぶか分かったもんじゃない。

首都や大きな街道はさすがに道に石畳が敷かれ、かなり整備されているが、チュルガという街は国の最西端。要は田舎だ。そこまでインフラが整っているわけではない。

仕方なく夜道だけは肩を並べて歩く。


離れた森から聞こえるざわざわという音以外は、二人の足音と後ろからついてくる騎士の足音しかしない。

ここ一週間、二人とも無言で家まで歩くのが常であったが、今日はヒューが口を開いた。



「……あの」


「ん?」


「前から聞こうと思ってたんですけど……」


「なに」


「なんでこんなに街から離れた所に住んでるんですか?」


「面倒だから」


「……毎日片道1ティン(1時間)も歩く方が面倒じゃないんですか?」


「歩くのは別に。面倒なのは人づきあい」


「人づきあい」


「街中で暮らしたらご近所さんができるだろ。そしたらご近所付き合いしなきゃいけない。うまくご近所付き合いしないと暮らしにくくなる。どこの街でもそうだろ?いくらこの街が人の出入りの多い街だからといって古くから住んでいる人がいない訳じゃないし、この街はいい意味でも悪い意味でも田舎だ。いくら栄えた街であったって田舎ってのはそういうのが面倒だったるするんだよ」


「そんなもんですか」


「そんなもん。縦と横のつながりってのは便利な半面、しがらみが出来て面倒だ。アンタらとて、王族やら貴族だって正直かなり面倒だろ」


「……確かにそうですね」


「素直だね」


「実際そうですから」


「共同体ってのはそんなもんさ」


「共同体」


「国家だ都市だお貴族さまだ平民だっていろいろ分けちゃいるが、要は全ては共同体だ。夫婦あるいは家族という最小単位の共同体から血族集団、村落共同体、街あるいは都市共同体と徐々に広がり、そしてそれらが集まって国家という大きな共同体になる。国ってやつは様々な大きさの共同体をそこに内包して成り立ってるんだよ。そしてそれぞれの共同体には国家という最大の共同体からの明示された決まりごと以外に、小さな共同体内で明示される、あるいは暗黙のうちに了承されている決まり事ってのがある。よそ者がすでにある共同体に入り込もうとしたら、よっぽど上手く立ち回るか、時間をかけない限り、その共同体からは排除されちまうもんなんだよ」


「そう……なんですか?」


「ま、これは国家や共同社会に対する一つの考えだけどね。誰の考えかは忘れちまったよ。学んだのはもう随分前だからね」


「……アーチャは元の世界では裕福だったんですか?」


「なんだい、突然。私の家はご先祖様からずっとド庶民だよ」


「しかし今のお話を聞く限り、かなりの教育を受けてらっしゃるんじゃないですか?」


「あー……、確か、この国じゃ一般庶民も含めた教育に力を入れだしたのは先代からだっけ」


「はい。先代の陛下、より正確に言うと正妃殿下が知識人でいらしたので、この国の貴族を中心とした上級階級しか教育を受けられないというそれまでの教育体制を憂い、庶民も教育を受けられるよう神殿を中心に初等教育が受けられる無償の学校をお創りになりました」


「けど、そこからのより専門的教育や学術研究は金持ちにしかできない」


「はい、残念ながら」


「先代王妃ってことは大体4、50年前くらいか。まぁ大抵の先進国は教育制度が確立されて久しいくらいだな。私の国じゃ初等教育として6年間、中等教育3年間は義務として教育を受けるんだよ。そっからさらに望めば高等学校という名の中等教育を3年、より専門的な大学、高等教育での4年、研究者になろうと思ったら更に続く。私は一応大学までは行ってたからね」


「……そんなに何年も学ぶのですか?では、いつ働くのですか?」


「早い人だと中学、高等学校をでてから。遅けりゃ大学やその上の大学院を卒業してからだね。大学を出てからだと、留年しなけりゃ22歳で本格的に働き始めるね」


「22歳……随分遅いですね」


「そりゃね。それこそ10代前半から弟子入りやら奉公やらで働きだすのが普通なこっちの世界からしたら遅いだろうよ。私の国でもそういう時代があったが、今は随分豊かな国になったからね。子供を労力に数えなくて済むようになった分、教育に力を入れられるんだよ」


「……いい国だったのですね」


「ま、問題がなかったわけじゃないが、それでも40年近く暮らした国だからね。愛着や郷愁は今でもあるさ」


「……帰りたいですか?」


「……愚問だね。聞くもんじゃないよ。どうしたって不可能なんだから」


「……はい……すいません」


「別に謝らんでもいい」


「……はい」


「辛気臭いツラすんな。むさい野郎どもが待ってる家まであと少しなんだ。さっさと風呂入って酒飲んで寝るよ。明日も仕事だ」


「む、むさいって……」


「むさいだろう?」


「確かにむさいですけど……」


「私としてはあんなむさい奴らより、可愛らしい女の子に出迎えてもらいたいもんだね」


「それは激しく同意します」


「……このむっつりめ……」


「むっ……違います」


「気にするな、むっつり。男なら当然だよ、むっつり」


「むっつりじゃありません!」


「うんうん。分かっているよ、むっつり」


「だから違います!!連呼は止めて下さい」




久々に誰かと会話する道のりは、普段よりもずっと短く感じた。




「分かったよ、むっつり」


「全然分かってないっ……!!」









ほんの少し歩み寄った一週間目の夜道での出来事。

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