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同居人のいる生活

カーキ色のワンピースを着た、黒髪の、中年にさしかかったくらいの年齢の女が市場を歩いていた。すいすいと器用に人ごみの中をすり抜け、流れる様に歩く人波の誰ともぶつかることなく歩いて行く。

その後ろを夕陽のような赤毛をみつあみにした少女が早足で追いかける。

中性的な可愛らしい顔立ちの少女は、萌葱色のスカートをひらひらさせながら、先を歩く女を見失わない様に彼女の背中を見つめながら足を動かしていた。



篤美とヒューは市場に来ていた。

出勤前に昼食をとり、日用品や食料を買い込むためだ。

篤美の家での騎士団の連中も交えた話し合いから一週間の時が経っていた。



ヒューを匿うようになってから一週間。

ヒューの順応性の高さから、意外なほど問題なく過ぎていた。バルトの魔術によって腰の長さまで伸ばした髪と可愛らしい顔立ちも相俟って、スカートを穿けば彼は女の子以外の何物にも見えなかった。



寝床は野営用の寝袋を持ちこみ、彼はそこで眠る。

彼自身が言いだしたことだが、当然ながら篤美自身も彼にベットを譲る気もなければ、共に使うという選択肢すらなかった。今は子供の姿だが、彼は20代後半のいい歳した男なのだ。

騎士という職業柄、野営には慣れているはずであるし、厄介事の分際で、女性であり、家主である篤美をさしおいてベットを使うなんてことを許す程篤美は優しくなければ心も広くない。

……非道と言いたければ言えばいい。

女子供には基本的には優しくするのがポリシーだが、大の男のことなんざ知ったことではない。くどいようだが、確かに見た目は可愛らしい子供だが、彼は成人男性だ。

篤美が優しく庇護する対象からは、完全に範疇外だ。


よって彼との同居生活は、外での演技は別にして、篤美的には適切な距離のあるものであった。

元々過度にかまったりするタイプではないし(どちらかというとドライな方だ)、篤美と彼の関係はあくまで協力者。報酬が約束されていることも考えると、この今の関係は契約に基づく職務のようなものだ。

彼もそれを分かっているのか、それとも篤美の必要以上に構うなオーラを感じているのか、基本的に必要なこと以外の会話や接触はない。



昼過ぎから深夜までお世話になっているガディさんのお店でも、まだたったの数日しか経っていないが中々に馴染んで、ガディさん一家や常連のオッサン達に可愛がられている。

酒がメインになりだすギリギリの時間まで篤美と共に接客をしているが、料理を運ぶたびに頭を撫でられたり飴やちょっとした菓子を貰っている姿を横目で見る度、それでいいのか騎士団長……と内心思うが、面白いので放置している。

最初の二日ほど店の雰囲気や料理を運ぶなどの接客、常連のオッサン達に戸惑っていたようだが、元々愛想がいい方なのか、順応性が異様に高いのか、すぐに馴染んでいた。

……本当にそれでいいのか、騎士団長。


店からの帰り道は基本的には二人で歩いて帰るが、後ろから騎士団の人間が一人ないし二人、騎士団の服装ではなく一般的な庶民の服を着て家まで着いてくる。

初日はストーカーかよ、と思ったが、堂々と迎えに来られるよりはるかにマシなので放って置いている。

家に戻れば、大概ケディかウィル、ヴォルフ、バルトの誰かがいた。

表向きには二人暮らしの為、室内の明かりは点けずに暗い部屋の中から出迎えられ、帰宅した篤美達にダビ酒やお茶を用意し、その日一日の報告や調査の進行状況、ヒューの領主や騎士団長としての書類仕事をどっさり置き、処理済みのものを持って帰る。

騎士団連中が話しをしている間に風呂の準備をし(水はバルトの魔術で、わざわざ井戸に汲みに行かずともよくなった)、寝巻き用の浴衣を縫う作業をする。

彼らの用事が終わり、風呂場の裏口を通って帰ると、順番に入浴し、明かりを消して就寝する。


掃除や洗濯、炊事は基本的に分担して行っている。

やり方さえ教えればすぐに上手くできるようになったし、そもそも彼は正式に騎士になる前には従者として人に仕えていたこともあり、掃除やお茶を淹れたりすることは篤美よりも上手かった。

午前中に家事をすませ、空いた時間でヒューは書類仕事をし、篤美は本を読んだり庭の手入れをしたりと、早くも生活がルーティン化しだしていた。







‐‐‐‐‐‐

自分のペースで市場を歩いていると、後ろのヒューが人ごみに埋もれて遅れがちになっていることに気づいた。

道の真ん中で止まるのはよろしくないが、かといってはぐれると面倒なので仕方がなくその場で立ち止まる。そう時間もかからず、髪を少々乱したヒューが追いついた。



「すいません」


「別に構わんよ。さっさと飯を買って広場に行こう。今日は人が多すぎる」


「はい」


「それから、『すいません』じゃなくて『ごめんなさい』だよ。祖母に『すいません』なんて謝る街中の子供なんて中々いないからね」


「はい。ごめんなさい」


「ん。じゃあ、行くよ」


「はい」



ハートウォーミングな疑似家族物語やよくある恋愛ものじゃ、はぐれないように手を繋ぐようなシーンではあるが、生憎そのどちらにもする気が微塵もないのでさっさと歩きだす。

わざわざ確認せずともヒューは着いてくるし、気遣ってやらずとも自分でなんとかしている。(だって成人男性だし)

もっと庶民生活にオタオタすれば面白いのに、それもほとんどない。

本当に王子様なのか、疑わしいほどの馴染みっぷりを披露している。言葉づかいさえ注意すれば、躾のいい可愛らしいお嬢ちゃんだ。



途中で見かけた露店でホットドックのようなものと果実水を買って、広場にある木陰に座り昼食をとる。

甘辛いソースと肉汁があふれる腸詰がやや堅めのパンに合っていて、中々美味い。無言で並んで食べる。チラッと横を見れば、豪快に大口開けてパンにかぶりつくヒューがいた。

見た目が可愛らしい女の子であることや実は王子様であることを考えれば、中々どうして残念な光景だが、こんな所で屋台で売っているようなものをお行儀良く食べられたんじゃ、こっちの食欲が失せてしまうだろうから、これはこれで良しとする。

食事は時と場合によって、それに相応しい食べ方をするべきだ。ホットドックもどきの様なジャンクフードみたいなものは、豪快にかぶりついた方が気分的にも美味い。

庶民演技か、ヒューも同じように考えるタイプなのか、ただ単にそれが素なのか、それは分からないが、なんとなく、悪くないなと思った。……別に絆された訳ではないが、しばらく共にいる必要がある以上、不快なことは少ない方がいい。


隣で行儀悪く頬いっぱいに膨らませてモグモグしているヒューに習うように、篤美も豪快にパンにかぶりついた。





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