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買い出し組が帰還し、彼らが買ってきた惣菜類とアーチャらが作った野菜と牛乳たっぷりのシチューがテーブルの上に並ぶ頃には、すっかり窓の外が薄暗くなっていた。

バルトに砦より運んでもらった椅子のお陰で昨夜と異なり全員が座る事が出来るが、なにぶん狭い部屋だ。かなりキツキツで椅子と椅子との間にはあまり余裕がない。両サイドにガタイのいい男に挟まれると、男臭さをひしひしと感じ、正直不快だ。

それを顔に出すことなく、ダビ酒を口にする。酒を飲んでいるのは篤美だけである。

他の人間は実に行儀よく、無言でお世辞にも品が良いとは言えない食事を口にしている。

この場にいる篤美以外は皆貴族なのだろう。

あの熊の様なケディでさえ、きれいに食事する。ガディの店に来るおっさん達とは段違いだ。

篤美とて和食、洋食の食事のマナーくらい最低限心得ているし、マルコ爺にはこちらのマナーを教えてもらい一応形を取りつくろうくらいのことはできる。

が、目の前でこうもお行儀よく食べられると、自分のマナーの洗練されてなさを感じ、早々に食欲が失せた。シチューと焙った肉を一切れ口にして、あとはちびちびとダビ酒を飲みながら目の前の食事がなくなるのを待った。

飯を食いながら話そうと言ったが、これは無理だろう。

彼らのお上品っぷりにうんざりしながら、やさぐれた気分になる。



(おーおー、育ちがいいこった……)



ダビ酒を一本飲み干し、二本目を取りに行こうかと席を立ち、台所に向かう。ついでにお茶のおかわりがいるだろう。少し温くなったお湯が入ったケトルを再び火にかけ、ティーポットの茶葉を新しいものに変える。

ポットにたっぷりお茶を入れ戻ると、丁度食事を終えたところのようだ。テーブルいっぱいに広がっていた食べ物はきれいに食べ尽くされていた。

ウィルとバルトに手伝ってもらって使った食器を全て台所に運ぶ。濡らした布巾を台所からケディに投げ、篤美は食器を水を張った盥につける。洗うのは別に明日の朝でも構わないだろう。二人を促し部屋に戻った。

テーブルはきちんと拭かれ、お茶の注がれたカップとティーポット、篤美のダビ酒だけがテーブルの上にあった。



「さてと、話の続きをしようかね」


「あぁ、こちらとしては喜劇の魔術師の身柄を拘束するまでヒューを匿ってもらいたい」


「分かっている。ヒューを匿ううえで一つ提案があるんだけど」


「何でしょう?」


「一人暮らしの女の家に突然男の子が増えたら周囲は訝しむし、敵さんからしてみりゃ、あからさまに怪しいだろう?だからヒューには私の孫娘になってもらう」


「「「……は?」」」



悪だくみするようにニヤァ、と笑って言うと、ヒューとウィル、バルトは声を揃えて愕然としていた。ヴォルフも声は出していないが、何かおかしなものを聞いたというような顔で目を見開いていた。

予想通りのリアクションにニヤニヤする。

唯一ケディだけが、こちらの考えをすぐに察したのか、右眉だけを器用にあげるとニヤリと笑った。

存外彼は頭の回転が速いらしい。少なくとも他の若いのに比べれば。


「成程な。悪くない」


「えっ!?」


「だろう?」


「……孫娘って……ヒューが女の子のフリをするってことですよね……あぁ、成程。確かにいい手かも」


ウィルも察したのだろう。少し複雑な顔をしているが、納得するように頷いていた。



「逃がした魔術師は多分暗殺失敗を報告するだろう?何を考えているか分からんような愉快犯なら言わない可能性もないわけじゃないが、ヒューが子供になったことを向こうが知っているという前提で動いた方がいい。砦に子供がいりゃ、嫌でも目立つから私が匿うんだろ?ならやるならば徹底的に」


「ヒューの子供の頃の姿を知っている奴が来るとは思えんから、赤毛、緑眼を目印に7~8歳の男児を探すはずだ」


「なら最初っから男の子ではなく女の子を装っていれば見つかる可能性が下がる。この国じゃ赤毛も緑眼も割と多いですからし、まさか該当するような子供を全て皆殺しにするようなことはしないでしょうし、多少は調べてから事にあたるでしょうね」


「まさか誇り高い騎士団長様が女装するなんて、常識的に考えてありえないだろう?勿論ヒューが特殊な趣味を持っていれば別だけど。絶対に見つからないとはいえないが、多少の時間稼ぎはできる。その間にその魔術師を捕まえりゃいい」


「そんな趣味持ってませんよ……いや、確かにいい手かもしれませんけど……ものすごく嫌なんですけど」


「大丈夫。28歳成人男性の女装なら見るに耐えないだろうけど、今はアンタ可愛い顔してるし細いし小さいし喉仏もまだないし。可愛いスカートを穿いたら絶対女の子にしか見えないから」


「かけらも嬉しくありません」


「バルト、ヒューの髪伸ばせるか?」


「できますけど……ヒュー様はいいんですか?」



盛大に引き攣った顔をしているヒューにバルトが困った顔をして聞いた。



「できれば勘弁してもらいたいんだけど……けど、策として確かにいいね……チュルガを離れるわけにはいかないし。かといって何処かに閉じこもっているわけにもいかないし」



頭を抱えて、嫌、嫌だけど、ものすごく嫌だけどっ……とブツブツ呟くヒューや困ったような顔の若い騎士達、ニヤニヤしているオッサンの様子に少し意外な気がした。



「なんか意外と平然としてるわね。てっきり馬鹿にするな!とか怒りだすかと思ってたんだけど」


「騎士って言っても、何もいつも形式ばって王城の警備やらやってるわけじゃない。戦なんぞないからな、それこそ街の治安維持からはぐれ魔獣退治、迷子探しまで割となんでもありなんだよ。場合によっちゃ、捜査のために変装もするし潜入もする。こいつ等も実際、従者時代にゃ、一度やってるからな」


「……騎士団ってのは何でも屋かよ」


「国の安全、国民の安全の為ならな。あぁ、もちろん近衛は王族・王城の護衛、治安維持が第一だから、アレだけは少し違うぜ」


「……もっと嫌がると思ってたのに……つまらん」



騎士団が意外なほど市民と身近だったことに驚いた。そういえば街ではよく騎士を見かけるし、自警団や警備隊なんかの機関の話を聞いたことがない。騎士団が全てカバーしているのだろう。ド田舎の村にも必ず小さな詰め所があって、交替で騎士が廻っているそうだ。

古着屋で思いついた時、敵を欺けられて篤美の危険に巻き込まれる可能性が下がるし、尚且つ王族に嫌がらせ(羞恥プレイ強要)ができて大変愉快だと思ったのに、騎士団が元からそういうことがあるなら、当初期待していたほどの面白みもない。

まぁ、精々騎士団長自らって点くらいだ。なんだか面白くなくてダビ酒を呷る。期待はずれだ。



「嫌ですけど……背に腹は代えられません……嫌ですけどっ!!」



ヒューに目をやると、それはそれは嫌そうに顔を歪めて、大きな溜息を吐いた。と思うと頭を抱えた。俺もう28なのにっ……騎士団長なのにっ……と頭を抱えてブツブツ呟き始めたヒューをウィルが困った顔で宥めている。しかし、その口元は笑いを我慢するかのようにピクピク痙攣していた。間違いなく彼も面白がっているのだろう。

……やっぱりつまらん。もっと嫌がればいいのに。

ケディから受け取っていた新しい煙草をスカートのポケットから取り出し、火をつけた。そして、吸い込んだ紫煙を細く吐き出す。



「反応が対して面白くもなかったから、話を進めるよ」


「……面白くないって……」



顔を引き攣らせるヒューを無視して、ガディに今朝話した設定を口にする。



「設定としては、だ。ヒューは私の息子の娘だ。成人と共に家を出ていったバカ息子が突然訪ねてきたと思ったら、今は旅の商隊の護衛をやっていて、偶然この街で母親を見かけたと。いつもは子供を嫁に預けて旅に出ていたが、その嫁が死んでしまい、預けられる知り合いもいなかったため子連れで旅をしていた。しかし、幼い子供は旅には足手まといだし、どうしたものかと悩んでいるときに母親を見つけ、これ幸いと預けていった。ってな感じでどう?働いている店の主人には特に不審には思われなかったんだけど。慣れない旅の疲れで熱があるから休ませて欲しいって言ったら、気の毒がって、今日一日休みを貰うはずが三日も休みをくれっちゃたし。慣れないことだらけで大変だろうから、せめて初めの二、三日は側にいてやんなってさ」


「悪くないな」


「元に戻ったときは、息子が再婚するから引き取りにきたって言えばいいし。女の子用の服も買ってきてあるから。……あぁ、ウチの店は昼から深夜までなんだよ。店の主人、ガディさんっていうんだけど、彼が子供だから給金は半分しかないけどヒューも店で働かせてもいいって。酒が出る時間帯は店の奥で預ってくれるらしい。この子くらいの年頃じゃ、すでに働いてる子はいるしね。家に閉じこもってるより、街に馴染んどいた方が何かといいだろう?」


「手筈がいいな。だとよ、ヒュー。どうする?」


「……それでいくしかないでしょ。アーチャ、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


「あいよ。私のことはそのままアーチャと呼んでくれればいい。……お婆ちゃんと呼んだら、殴る」


「……何でです?」


「一気に歳とった気がするから嫌だ」


「……そういうもんなんですか?」


「女心ってやつだよ。アンタの名前はヒュー・タニージャでいいだろ。ヘタに新しい名前をつけてボロがでても困るし」


「分かりました」


「顔色が悪いから明日は一日家にいるけど、明後日は街に行くよ。ガディさんとこに挨拶に行かなきゃならんし、街の子供を観察しといた方がいい。引っ込み思案の大人しい子ってしときゃ多少誤魔化せるが、街の子供にしちゃ食べ方も動作も洗練されてるからね。貴族の子供なら問題もないんだろうけど、街の中じゃあ浮いちまう。それは嫌だろう?」


「そうですね。極力目立ちたくはありませんし、この年頃の女の子なんて今まで関わったことがありませんから、どんな行動をとるのか見当もつきませんし」


「なら尚更観察する必要があるね」


「はい」


「店からの帰りには目立たないように護衛をつけさせてもらうぜ。あとは一般的に見て普通に生活してもらって構わない。何かあってもすぐに対応できるように、毎日誰かしら顔を出したいんだが、構わないか?」


「別にいいよ」


「じゃあ、そういうことでよろしく頼む」


「よろしくお願いします」



ヒューが頭を下げると、一緒に皆が私に頭を下げた。



「こっちこそ、よろしく頼むよ」





篤美の奇妙な同居生活が幕を揚げた。

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