表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/59

「その前にちょっといいですか?」



話に水をさすように狐君が口を開いた。



「かなり今更なんですけど、僕ら彼女の名前を知りませんし、僕らもまだ名乗ってませんよ。副団長とバルト君は顔見知りみたいですけど、僕ら一応初対面ですし」



今後協力してもらうなら、自己紹介くらいした方がいいでしょ、と少しおどける様に肩を竦めた。

確かにその通りだが、本当に今更な気がする。

ヒュルト・マクゴナル・トゥーラがきょとんとした顔で首を傾げた。



「昨日の夜からお邪魔してたんだよね?なんでしてないの?」


「何かそういう雰囲気じゃなくて」



にしゃ、と狐君が笑う。ヒュルト・マクゴナル・トゥーラが呆れた顔をして溜息を吐いた。

お世話になるなら普通最初にするでしょ……と口の中で小さく呟いて、じろっと熊二号の方を見た。熊二号は素知らぬ顔でそっぽを向いた。

頭が痛いと言わんばかりの顔で、額を抑える。



「えーと、なんか、すいません。じゃあ先に改めて自己紹介しましょうか……」



真剣な顔を力が抜けたと言わんばかりに情けなく眉を下げ、こちらに伺いを立てるように目をむけた。

軽く肩を竦めると、了承の意を頷くことで伝える。



「では改めまして、ディリア騎士団長及びチュルガ領主を務めていますヒュルト・マクゴナル・トゥーラです」


「アーチャ・タニージャよ。本名はこっちの人間には発音しにくいみたいでね。この名前で通している」



握手をするために右手を差し出す。きょとんとした顔で差し出された右手を不思議そうに見るが、意図を悟ったのか少し慌てるように握り返した。

小さくて温かい子供の柔らかい手だ。

二、三度上下に振ると、手を離した。それを見ていた狐君が首を傾げた。



「そんなに発音しにくい名前なんですか?」


「アツミ・タニジマ」


「アチュミ・タニジマ……普通に言えますけど?」


「アチュミじゃない、アツミ」


「アチュミ」


「あ・つ・み」


「あ・ちゅ・み」


「つ!」


「ちゅ」



発音の違いがいまいち分からないのか、納得いかない様に首を傾げて狐君がぶつぶつ練習するように何度も呟く。

それを軽く無視するように、ヒュルト・マクゴナル・トゥーラが熊二号を指さす。



「アーチャ様、彼はディリア騎士団副団長のケディ・イザークです」


「様はいらないよ、トゥーラ殿。彼とは一度会っているから知ってる」


「僕も敬称は不要です。それと僕のことはヒューと。親しい人は皆そう呼んでますので」


「了解。よろしく副団長さん」


「ケディで構わん。しかしアンタ、昨日から思ってたが初対面の時とは随分印象が違うな」



にやり、と熊二号改めケディが面白そうに口角をあげる。



「初対面の人間に丁寧に接するのは常識でしょう?それに散々素を見られたうえで今更猫被るなんざ面倒じゃない」



こちらもにやり、と笑い返して彼と握手する。手を離したのを確認したヒューが今度は未だに一人でぶつぶつ呟いている狐君を指さす。



「彼はウィル・ディザイル、ディリア騎士団員で俺の側近兼乳兄弟です」



名前を呼ばれたのにハッとした狐君は、ぶつぶつ呟くのをやめこちらを見てにしゃ、っと笑った。



「どうも昨夜からヒュー共々お世話になっています。ご紹介に預かりましたウィル・ディザイルです。ウィルでもウィリーでも好きに呼んでください」


「よろしく」


「はい、よろしくお願いします」



ニコニコ笑いながらあちらから握手を求めてきたので握り返す。笑うと目が細くなり、さらに狐っぽい表情になる。随分フレンドリーな男のようだ。



「その隣にいるのが、もう一人の側近のヴォルフ・ノーランドです」



ヴォルフ・ノーランドがペコリと頭を下げる。茶色い髪の地味ながらよくよく見れば整った顔をしている。手を差し出すと、戸惑ったように手を彷徨わせ、遠慮がちに軽く手を握り返した。



「ヴォルフは基本的に無口で人見知りが激しいんですよ。こいつのことはヴォルフと呼んでやってください」


「了解。よろしく頼む」



狐君がヴォルフ・ノーランドに横から圧し掛かるように彼と肩を組む。随分と仲がよさそうだ。

彼の茶色の目を見てそう言うと、彼はまた無言で頭を軽く下げた。



「最後に、彼は最近赴任してきた魔術師のバルト・クエーツです。彼は俺の友人の弟弟子になります」


「先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。バルト・クエーツと申します。あれからお詫びに行こうと思っていたのですが、来たばかりでごたごたしていて……本当に申し訳ありません。お陰様で助かりました」


「別に気にしなくてもいいよ。大したことをしたわけじゃない」


「でも、服も汚してしまいましたし……」


「別にいいよ、本当気にしてないし。体調は大丈夫かい?」


「はい。あの時は人ごみに酔ってしまっていて……」


「なら、よかった」


「……ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」



薄く笑ってバルト・クエーツと握手する。彼がへにゃっと眉を下げるように笑う。



「では、自己紹介も終わりましたし、こちらの事情をお話ししますね」



改まったように姿勢を正したヒューの言葉に、握っていた手を離し、ベッドの上で壁に寄りかかるように座りなおす。



「今の俺の状況というのは、元を糺せば全てアーチャも深く関わる花嫁召喚の儀にあります。先ほども申した通り、アーチャが殿下によって城を出された後、俺らは殿下に拘束されて、花嫁を召喚したばかりであるというのに次の花嫁召喚の話し合いをさせられました。そこで決まったのは、細々したことを除けば大きく二つ。一つは当初の慣習通りに殿下の誕生日に再び花嫁召喚の儀を行うこと、もう一つは……」



ヒューは言葉を一旦きると、なにやら苦虫を噛み潰した顔で俯いた。



「もう一つは、召喚の条件付けの変更です。召喚術というものは大雑把に言うと、基本的に一つもしくは複数の条件に基づいて召喚が行われる仕組みになっています。花嫁召喚の儀では代々王家の花嫁に相応しい者、という条件で行われていました。そこに年齢や容姿、性格などの細かい条件は賦与されていません。何を持って王家に相応しいか、という判断がどう成されているのか、ということは分かりませんが、それでも代々の王はその条件付けで花嫁を異世界より呼び出してきた。殿下はその条件を変えると仰った」


「勿論、我々は反対しました。殿下が提示された条件はとても承諾していいものではなかった。あの召喚の儀にいた者は皆、言葉を尽くして殿下を諌めました。しかし、殿下がそれに聞き耳を持つことも、撤回することはありませんでした。この国の貴族たちは決して一枚岩ではなく、常に派閥争いを繰り広げています。国のことを考えれば諌めるべき条件内容であったのに、殿下に媚び諂い、利権を貪る有力貴族らの後押しもあって、召喚の条件付けの変更は決定事項となりました」


「その条件の内容は?」


「年齢は14歳、成長しきっていない容姿端麗で、無垢な可愛らしい娘」


「……変態?」


「変態です」


「この国の成人は男女共に16歳だと記憶してるんだけど?」


「その通りです。婚姻も基本的に成人を迎えないとできないことになっています。しかし通常の婚姻ならばともかく、今回のは次期国王の婚姻。実情はともかく対外的には王家に相応しい者という条件で呼び出された異世界からの花嫁ですから、本来婚姻が許される年齢ではなくとも婚姻が可能になるんです」


「それ故の殿下の条件です。成人未満の子供に手を出したら王族といえど白い目で見られます。しかし、花嫁として召喚すればそれはない。殿下は自らの汚らしい願望を満たすために条件を変えました。そんな愚物が次の王かと考えると絶望したくなりますが、殿下は王妃の第一子で王位継承権は第一位、既に立太子もすませています。もはや殿下が王位を継ぐことは決定事項であり、多少のことならもみ消すだけの権力は当の昔に手に入れています。異世界から来た王妃の後見となった有力貴族の力によって。ですから、今回の召喚条件も対外的には慣例通りにみせかけ、その実、殿下の変態的希望をかなえる条件で行われました」


「結果的に召喚された花嫁は本当に子供でしたよ。姿も中身も。おそらく貴女と同じ国の人です。彼女の肌はもう少し白かったのですが、この世界にはほとんど見ない象牙色で髪も目も黒かった。そして実年齢より若く見えるところも一緒です。彼女は確かに条件通り14歳でしたが、俺の目にはせいぜい10歳前後にしか見えなかった。殿下は彼女が現われたとき大喜びでしたよ、それはもう気持ち悪いくらいに」


「私が放り出されたのも、その幼女趣味の変態にしてみりゃ最悪の条件の女だったからってことかね」


「そうなります。殿下の性的嗜好を把握していれば事前になにかしらの備えができたのかもしれませんが、巧みに隠していたみたいでして。今回のことで露見した形になります」


「召喚された子は?結婚したって聞いてるけど」


「彼女は……召喚されてすぐはずっと泣いてました。家に帰して、家族のところに帰して、と。脂下がった顔で気を引こうとする殿下も世話をする侍女達も寄せ付けず。しかし……」



中性的な可愛らしい顔立ちには似合わぬ渋い顔をしていたヒューの顔がさらに歪んだ。

途切れた話を引き継ぐようにケディが口を開いた。



「何がきっかけになったかは分からんが、護衛の任についていたヒューに大層懐いてな。それからは明るくなった。周囲の人間とも話をするようになったし、笑顔も見せるようになった……が」


「『異世界トリップには、逆ハーがつきものだよね』とか訳の分からないことを言って、殿下には見向きもせずにヒューやシリア殿をはじめとする顔のいい男に付き纏い始めたんですよ。ちなみに僕も纏わりつかれましたよ」



ウィルが鼻で笑いながら、吐き捨てるように言った。

その場にいた篤美以外の全員が苦り切った顔になる。


『異世界トリップ』『逆ハー』


『異世界トリップっていいよね~』とキャピキャピしながら話していた塾の教え子である女子中学生達と同じ嗜好だったのか。

召喚当時が14歳ならば彼女らと同世代だ。十分あり得る。

まさか読んでいた小説のような事態に自分がなるとは思っていなかっただろうが、それでも変えようがない現状に気づいたら喜んだに違いない。


異世界の花嫁として召喚。

王子は残念ながら平凡だが、それを補うように周りにいるのはイケメンぞろい。

綺麗なドレスに可愛らしいメイド達。皆が彼女を大切にお姫様として扱う。


それに気づいた瞬間、彼女は読者から物語のヒロインになったのだろう。

そりゃあ、自分が好んで読んでいた物語と同じような状況になっていることに気づいたのなら元気にもなる。

どこまでもヒロインとして愛されようとするだろう。否、物語のように彼女は愛されなければならない。

そしてヒーローは素敵なイケメンじゃなくてはならない。

自分に優しく自分を愛してくれるのならば、身分など関係ない。むしろ王太子妃と騎士や魔術師とのラブロマンスなんて、設定的に美味しすぎる。ヒューに懐いたのは必然だろう。


目の前の渋面をした彼らには悪いが、笑いだしそうだ。そんな雰囲気ではないから、必死で耐えるが。



「王太子殿下には懐いたの?」


「まぁ、普通には。なんとか言いくるめて婚姻させることができましたから、彼女は殿下を嫌ってませんよ。別に特別好きでもないようでしたが」


「気を引こうとして大量の贈り物を送ったり愛の言葉を囁く殿下よりも、特にヒューに好かれようと追いかけまわすのに一生懸命でしたから、眼中にないというのが正確なところじゃないですか?」


「すごかったぜ?ヒューが護衛の時はべっったりくっ付いて離れねぇは、それに嫉妬した殿下に護衛の任を解かれて離されても、隙あらば部屋を抜け出て騎士団の詰め所を襲撃しやがって、これまたヒューにべっとり」


「顔のいい男にばかり懐いていましたが、特に人のいいヒューに懐いてましたからね。シリア様もそれはもう凄まじい美形ですけど、あの方は愛想とか優しさなんて言葉は無縁な方ですし」


「いきなり知らないところに連れて来られて不安で泣いていたところを優しくされて惚れちまったってやつ?」


「おそらく。迷惑な話ですが」


「これで性格がマシだったらよかったんだが、ありゃ天性の男好きだな。ヒューだけじゃなく、顔のいい男は皆自分のものにしたいらしい。ガキのくせに一端の飢えた女の目をしやがるんだよ」


「本当怖いですよ。無邪気に可愛らしく笑っているのに、目が異様にギラギラしてるんですもん。ヒュー達には可愛らしく愛想を振りまくのに肝心の殿下にはそっけないものだから、殿下が嫉妬に狂って執務をほっぽり出して妃殿下の後を追いかけまわすは、彼女にそういう意味で懐かれた人間を問答無用で左遷、もしくは降格して無理やり引き離そうとするは」


「要はどこまでも彼女は子供なんです。素敵な玩具を貪欲に欲しがり、それを見せびらかしたがる」


「まぁ、あの平凡なツラじゃその子のお気に入りにはならなかったわけね」


「そういうことじゃないんですか?あの手この手で誤魔化して殿下と婚姻はしてもらいましたけど、殿下には見向きもしませんし。初夜もなんだかんだで部屋を追いだされて、結局僕らが左遷されてここに来るまで、清い関係ままでしたし」



あぁ、なんてことだろう。

力を入れすぎた顔の筋肉と腹筋がプルプルして引き攣りそうだ。

少しでも気を抜けば、全力で笑い転げてしまうだろう。


篤美を放り出し、望む理想の花嫁を手に入れたはずのあの憎たらしいモブ王子が全く相手にされずに、呼んだ子供は他のイケメンを追いかけまわしているだと?

なんて愉快な状況だ。面白すぎる。腹筋が崩壊しそうだ。

王太子妃の巻き起こした事態のとばっちりを受けている目の前の彼らには悪いが、彼女をハグして拍手喝采してやりたい気持でいっぱいだ。

モブはモブらしく物語の主役に相手にされず、ヒロインは自分のヒーローに夢中になった。

身分が高かろうと権力を持っていようと、モブは所詮モブ。ヒーローになんかなれやしない。


あぁ、叫びたい。この昏き歓喜を思うがままに叫びたい!


爆笑と歓喜の雄たけびを我慢してプルプルしていると、ウィルから追加爆撃があった。



「婚姻前も婚姻した後も殿下を見向きもせずに他の男を追っかけまわしてましたが、挙句の果てにヒューに本気になったらしく、殿下と離縁してヒューと結婚するとまで言いだしたんですよ」


「……っぶほぉ……」



堪え切れず吹き出してしまった。

零れてしまいそうな笑い声を、手で口を押さえることで必死で止める。

口を押さえて俯いてプルプルする篤美を訝しげな目で皆が見ている。こちらの状況を悟ったのか、ケディがボソリと呟いた。



「笑いたければ笑えばどうだ……」



……もう駄目だった。



「……っあっはっはっはっはははははははははははっ、あはっ、あっはははははっ……う、げほっ、ごほっ……ぎゃははははっ……」



笑い過ぎて噎せるほど笑う。この世界に来て初めてだ、こんなに笑ったのは。

ベッドに伏せるように、シーツをバンバン叩きながら笑い転げる。

とち狂ったように笑い転げる篤美を見て皆がどん引いているのが分かるが、知ったことか。

右膝を立て、両手を勢いよく振り上げる。





「クソ王子ざまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



腹の底から歓喜の雄たけびをあげた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ