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結局、日が昇っても子供が目覚めることはなかった。



篤美はあれから騎士達のいる場へは戻らず、そのまま台所で時折酒を呷ったり煙草を吸ったりしながら朝を迎えた。

初夏ではあるが、険しい山の麓にあるチュルガの朝は秋口並みに冷える。冷たい石の床の上にずっと座っていたため、身体は冷えているし、腰もお尻も痛む。

何もなければ、風呂に入って芯から温まり、仕事までの短い時間を睡眠にあてるところだが、そうもいくまい。


騎士達もあのまま、一つしかない狭い部屋で過ごしたようだ。

篤美が台所に籠ってから、割と長い時間、ぼそぼそと低い話し声が聞こえていたが、朝日が昇るころにはそれもなくなり、家の中は嘗て無いほどの人口密度にも関わらず沈黙が支配していた。


寝不足と急激なストレスによる頭痛でひどく頭も身体も重いが、小さく溜め息を吐いて立ち上がる。くらりと眩暈がして身体がふらつくが、壁に寄りかかってやり過ごす。

気が進まないが今日は仕事を休まねばなるまい。不本意ながらあの子供を匿うことになった以上、事情を聞いたうえでこれからのことを話し合う必要がある。



(…ガディさんの店に行って、帰りに朝市で色々仕入れなきゃな…)



戸棚からコップを取り出して冷たい水を汲むと、一息で飲み干した。冷たい水が食道を通り胃に落ちる感覚に、ふるりと小さく身を揺する。

コップをそのまま台所に置き、騎士達のいる部屋を横切って風呂場に向かう。小さな脱衣場にある棚からタオルを一枚手に取り、洗面台で冷たい水で顔を洗う。ぼんやりと重たかった頭が少しだけクリアになった。壁に掛けてあるさほど大きくもない鏡を見ると、ひどく疲れた顔をした中年の女が写っていた。










‐‐‐‐‐‐‐


部屋にいた騎士達もやはり全員一晩中起きていたようだ。

徹夜明けのどんよりとした澱んだ空気の中、子供の規則正しい寝息だけが聞こえる。

熊二号に声をかけ店に休みをもらいに行く旨を伝え、チェストから適当に服を取り出し風呂場で着替えると、そのまま風呂場にある裏口から家を出た。


空を見上げると眩しい程の青が広がっていた。


ガディの店が開くのは昼からだが、朝市でその日の料理の材料を仕入れるため、この早朝とも言っていい時間帯でもおそらく誰か店にいるだろう。

この街に来てさほど経っていない、ろくに知り合いもいないような余所者の独り身の女が、いきなり子供を預かることになった理由を適当に考えながら店へと歩みを進めた。










‐‐‐‐‐‐‐


自宅に戻ったのは、昼近くになってからだった。

店に行く途中で上手いこと朝市帰りのガディを捕まえることができ、そのまま一緒に店に入った。

歩きながら考えたでっち上げの理由はさほど違和感なく受け入れられ、今日1日どころか、向こう3日間の休みがもらえた。その間は商家に嫁に行った娘に店を手伝ってもらうらしい。

何度も礼と共に頭を下げ店を出た後は、朝市で騎士達の朝食の分も含めて普段より多めに食料を買い、やや重たい荷物を持ちながら雑貨屋や古着屋を回って必要品を買い込んだ。

持ってきた財布がかなり軽くなり、両手が塞がるほどに荷物が増えたところで帰路についた。





家に帰り着くと、昨夜から居る客人達は一人も欠けることなく居るようだ。彼らが乗ってきたであろう騎獣が呑気にそこら辺の雑草を食べていた。

玄関を開けようにも両手が塞がっているため、足でガンガン扉を蹴りつける。

狐君が扉を開けてくれた。



「…どうも」


「…おかえりなさい。」



ドアノブを握ったまま半身になってスペースを開けてくれる。かさばる荷物のため、横歩きで彼の横を通る。荷物ができるだけ彼に当たらないようにするが、玄関自体が狭いためシッカリ当たっていた。

彼の腹を荷物で擦るようにして通り過ぎると、なんとなく溜め息を吐く。

荷物は重いし身体はシンドいしで、さっさと荷物を置いてゆっくり休みたいところだが、我が家であるにも関わらずそんなことできる雰囲気ではない。


ようやく目覚めたのか、ベッドの上に上半身を起こして座る子供の驚いたように目を見開いた顔が見えた。



「…食事を買ってきた。話は食べた後でも構わないだろう?」



部屋に唯一あるテーブルに持っていた荷物をドサドサッと置きながら言う。

どうでもいいが、女がこんだけの荷物を持っているというのに、手伝わないのは騎士道的に如何なものだ。



「悪いな」


「別に」



熊二号の顔を見ずに荷物をごそごそ選別しながら応える。


買ってきた雑貨と服は袋に入れたまま部屋の隅に置き、朝市で買ったピロシキみたいな具入りの揚げパンといくつかの果物、瓶入りの牛乳を二本だけ置いて、それ以外の食料品と買い足した食器類を持って台所へ向かう。

その背に声変わりもまだな子供らしい声がかかる。



「……あのっ……」


「……話は食った後でだ」



顔だけを其方に向けて応えると、何故か切羽詰まったような青白い顔が見えた。


気にせず台所に入ると、使ったカップが洗って伏せてあった。

それらを全て持って戻り、牛乳を注ぎ分ける。


揚げパンと果物、牛乳が皆に行き渡ったところで、昨夜からの定位置になりつつある玄関の所に行き、行儀が悪いが立ったまま揚げパンを口にする。揚げたてを買ってきたが、やはりもう生ぬるくなっているうえに表面が油でベトベトし始めている。

大して美味いものでもないが、機械的に飲み込んでいく。

他の人らもそれぞれが小さく祈りを捧げた後で黙々と食べている。

子供とバルト・クエーツは此方が気になるのか、チラチラ此方を見ながら食べていた。

何か言いたげな顔で此方を見ながら果物を口にしている子供をスルーして、さっさと自分の分を食べきってしまい、牛乳をチビチビ飲む。


思っていた以上に揚げパンが油っこく重かったため、早くも胃がもたれそうだ。

元々、あっさりしたものを好んで食べていたが、一昔前なら揚げパン一つでこんなに胃がもたれたりしなかった。



(……歳はとりたくないねぇ)



これからの憂鬱な話し合いから逃避するかのように、どうでもいいことを考えつつ、遠い目をした。




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