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ぬぅぅ……と低く唸りながら、熊二号が頭をガシガシ掻いている。

話す気にはなったらしいが、どう説明するかを考えているのか、単に面倒くさいからか、唸るばかりでなかなか話しださない。

ついさっき、諦めたように溜息をついて話し始める空気になったのに、往生際悪く、あー、だの、むー、だの唸るばかりである。

往生際の悪い男だ。


(人語が話せなくなって、いよいよ熊になったか……)


などと失礼なことを考えていると、不穏な気配を感じたのか、熊二号がこちらを見た。

なんとなく誤魔化すように営業スマイルを浮かべる。

働いている飯屋に来る酔っ払いどもには評判がいいのだが、失礼なことに熊二号はいぶかしげにこちらを見たあと、肺の空気を全て絞り出すような溜息を吐いた。

溜息ばかり吐く男だ。

元々、あまり気が長い方でもないため、ここまで焦らされると、なんだか少々面倒くさくなってきた。



「回りくどいのは好きじゃないから、端的に言う」


「はい」



(やれやれ……焦らすねぇ。そんな大層な理由があんのかい……)


説明はされていないが、大方この子供は家出をした貴族の子供だろう。

この子供は今はあちこち傷だらけだが、農民や街の子供にしては身体がきれいすぎる。特に手だ。農作業や家の手伝いをしたことがないであろう、白魚の様な手をしている。(男の子にこの表現はどうかと思うが)

やんごとなき御身分の貴族様のお子様が家出した揚句、家の人間が子供がいないことに気づいて騎士団に捜索を依頼したとかそんなところではないだろうか。

方角的に森の方から来たから、おそらく森に行って怪我をしたと思われる。

熊二号が話を渋るのも、本当に説明するのが面倒くさいか、貴族の身分が高すぎて、アーチャのような一般庶民には話しづらいとか、そんな感じだろう。



「実はな……」


「実は……?」


熊二号の真剣な顔に、思わずこちらも居住いが直る。


(一体どこのお偉いさんの息子なんだい?)


野次馬根性がうずうずする。意味のない期待感に少しだけ身体を前にやる。



「実は……このガキはうちの団長だ」


「……は?」


「だから、うちの団長。現国王陛下の息子にして、ディリア騎士団団長にして、チュルガ領主であらせられるヒュルト・マクゴナル・トゥーラ様だ」

















‐‐‐‐‐‐‐‐


しばし呆ける篤美。


(……ちょっと待て。今この熊なんて言った?王の息子?騎士団団長?領主?え、いや……は!?この子が!?)



「え……っと、ちょっと待って下さい……今、なんておっしゃいました?」


「こちらの方は、騎士団長兼チュルガ領主のヒュルト・マクゴナル・トゥーラ様だ」



どうやら、聞き間違いではないらしい。

私のベッドで眠るこの子供は、現王の息子であり、騎士団長であり、このチュルガの領主様なのだそうだ。

この街に来て約一月。

入居の手続きなどは役場みたいな所でしてもらったので、騎士団長は勿論のこと領主にだって会う機会がなかった。

そのため、顔も名前も知らなかった。というか、大方領主だの騎士団長だのって役職は老年一歩手前のオジサンがしているものだと思い込んでいた。

思わぬカルチャーショックに身体が強張る。

まじまじと熊二号のでかい体の向こうにいる弱弱しい呼吸で眠る子供を見る。傷だらけの顔は痛々しいが、造作は整っており、中世的な可愛らしい顔立ちをしている。今は少々薄汚れているが、おそらくきれいにしたら夕陽を思わせるであろう赤毛の、未だあどけない子供だ。


(こんな子供がそんな大層な役職についてる、だと……?)



「あ、の……私、恥ずかしながら物知らずなんですけど。……騎士団長とか領主とかって、王族とはいえ、こんな子供がなれるものなんですか……?」


「普通に考えてありえんだろう。特にこのチュルガは国の防衛の要の一つだ」


「……ですよねぇ。じゃあ、この子は?」


「……今はこんななりだが、今年で28歳になる立派な成人男子だ」


「……はぁ?」



あまりに突飛な話に驚きすぎて、ろくな反応ができない。

今まで知らなかったし、マルコ爺も言ってなかったが、この世界の人間は若返ることができるのか!?(だとしたら何て羨ましい!!)



「……この国じゃ若返ったりできるんですか?」


「凄腕の魔術師ならな」



(……マジかよ、できるんかい……ファンタジー……今めっちゃファンタジー。こっちに召喚されたとき以来のファンタジー到来……)


思わず遠い目になる。確かにこの世界は魔法があるし、実際篤美もその恩恵に預かっている。

例えば、台所の貯蔵庫は魔石とかいう魔力を封じ込めた石を使った冷却装置が置いてある。元の世界の冷蔵庫のようなものだ。原理や仕組みは詳しく知らない。しかし冷蔵庫だって、原理だの仕組みだのは知らない。そんなこと知らなくたって使い方さえ知っていれば、使えるものだ。

そういう意味じゃ、日々の生活に溢れた魔術を使った品々は電気製品と何ら変わりがない。

しかし、元の世界にあったフィクションの中に描かれているような魔法にお目にかかるなんて、召喚されたときを除けば、この2年間一度としてなかった。



「団長様はご自分でこのお姿に?成人男性の方がなにかと便利だと思うんですけど……」


「……自分の意思でこんな姿になったんじゃない」



熊二号が苦虫を噛み潰したかのような苦り切った顔で唸った。

本当にどうでもいいことだが、今の熊二号の顔は、部屋の薄暗さも相俟って小さい子供が見たら本気で泣き叫びそうなくらい怖い。



「嵌められたんだよ。クソ忌々しいイカレ魔術師に」



(嵌められた……?)


どういうことかと、篤美がいぶかしげに眉根に皺をよせ、(野次馬根性で)さらに追求しようと身を乗り出し、声を発しようとしたまさにその瞬間。


玄関の戸がトントンっと控えめに叩かれた。


(誰だ、この盛り上がってきた時に……!主に私のテンションがだけど!)


思わず舌打ちをしそうになるのを堪え、座っていたテーブルから立ちあがり、外に向けて声をかける。



「どちら様ですか?」


「ディリア騎士団の者です。こちらのお宅にイザーク副団長は居られるでしょうか?」



若い男の声が応えた。

確認するように熊二号に顔を向けると、大きく頷いた。

どうやら本物の騎士団関係者らしい。多分、先ほど言っていた子供もとい団長様の治療に来た魔術師だろう。

内心、いいところを邪魔しやがってと、まだ見ぬ騎士団関係者達に悪態をつきつつ、玄関のカギを解錠し、戸を開ける。そこには、以前篤美が街で介抱したバルト・クエーツという男と、初めて見る男が二人立っていた。



「あれっ?ここ、あなたのお家なんですか?」


「君んとこの副団長さんも同じ反応をしたよ」



意外な顔を見たと言わんばかりに目をパチパチさせるバルト・クエーツに、クスクス笑いながら応える。

熊二号と同じようなリアクションがなんだか可笑しく思えたからだ。



「二人は中だよ、入りな。ただし、見ての通り狭い家だからね」



外にいた三人の男を家の中に迎え入れる。












‐‐‐‐‐‐‐‐‐


(やれやれ……望んでもいないのに千客万来だね)


三人の成人男性、しかも騎士を室内に通すと、一気に部屋の中が狭苦しくなった。

バルト・クエーツを除けば、他の二人はがたいがいいし、熊二号に至っては言わんや、である。


バルト・クエーツだけが熊二号の側に行き、あとの二人はテーブルを挟んで壁際に立った。一人は外を警戒しているのか、窓から外を見ている。もう一人は腕を組んで壁に凭れかかった。

なんとなく近寄りがたい空気を感じ、篤美は玄関の戸に凭れかかって、彼らの様子を見ていることにした。



「遅いぞ」


「仕方ありませんよ。これでも急いで来たんですから。大変だったんですよ、探索魔法かけた後あそこの魔力痕跡消すの」


「そうかよ。傷は洗ってある。まだ意識は戻らない。早速始めてくれ」


「分かりました」



治療に来る魔術師とは、バルト・クエーツのことだったらしい。

なるほど。騎士にしてはひ弱に見えたからてっきり(あるのか知らないが)事務とか、文官かと思っていたのだが、魔術師だったのか。

熊二号が椅子から立ち上がり、彼に場所を譲る。

バルト・クエーツは、椅子をテーブルのところに押しやり、スペースを作ると子供、団長の枕もとに立った。

子供は、身体をきれいに清め水を飲ませたからか、少しは呼吸がマシにはなったようだが、相も変わらず真っ青な顔色で弱弱しく呼吸をしている。

魔術師が一度大きく深呼吸した。



「始めます」



これから魔術による治療が始まる。



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