第9話:大豆は畑のお肉です?
「……セバス。あたしの視界がモノクロームだわ。世界から色が消えて、唯一見えるのは、校庭の隅に生えているあの『土筆』の鮮やかな緑だけよ……」
「お嬢様、それは毒のある雑草です。食べてはいけません。……とはいえ、ついに敵国も本気を出してきましたね」
学園は今、かつてない危機に瀕していた。 度重なる聖女の出現に業を煮やした敵国・バルムンク帝国が、学園を魔法障壁で完全包囲。物流を完全に遮断する「完全兵糧攻め」を開始したのだ。 学園の備蓄は底をつき、食堂のメニューはついに「お湯(塩味)」のみとなった。
「リナ君……これ、私のなけなしの飴玉だ。これを舐めて、どうか生き延びてくれ……聖女様のために……」
ガリガリに痩せた(ように見える)アレックス会長が、震える手で飴玉を差し出してくる。 隣ではルカス王子が「聖女様に捧げるマカロンが……私のマカロンが、最後の一個をカビさせてしまった……!」と、カビた物体を抱いて絶叫していた。
地獄絵図である。 だが、その時。障壁の向こう側から、拡声魔法を使った敵将軍の声が響き渡った。
『学園の諸君! 降伏して聖女を引き渡せば、今すぐこの「ローストチキンの香りがする煙」を止めて、本物の牛一頭を丸焼きにして振る舞ってやろう!』
風に乗って、香ばしい、脂の乗った肉の匂いが漂ってくる。
「……あ、あ、あああぁぁぁ…………」
私の鼻腔が、胃袋が、そしてアイゼン家の血が沸騰した。 それは、空腹を通り越した「殺意」だった。
「……セバス。聞いた? あの男、今、肉を……牛を『見せびらかした』わね?」
「はい。それも、お嬢様が最も愛する『炭火焼き』のニュアンスが含まれていましたね。……お嬢様、止めはしません。……」
「言われなくても!! あたしの飢えを、一国の軍略ごときが止められると思うなあああ!!」
ドォォォォォン!!
空腹による怒りが、過去最大の魔力となって爆発した。 光の中から現れた「バインバイン聖女」様は、もはや後光すら刺々しい。
「おおぉ! 聖女様! やはり我らの飢えに同情して降臨してくださったのだな!」
アレックスたちが拝む中、私は障壁の壁を、ただの「薄い紙」のように素手で引き裂いた。
私は障壁の外に陣取っていた数万の帝国軍へ向かって、流星のごとき速度で突っ込んだ。 「よくもあたしの前で、肉を焼いたわねぇぇぇ!! デザート・カタストロフッ!!」
神聖なる魔力が大地を震わせ、一振りした拳の風圧だけで帝国軍の本陣が更地になった。 敵将軍が「ひ、ひぃぃ! 化け物だぁぁ!」と逃げ出すが、私は逃がさない。狙いは奴の背後にあった「牛の丸焼き(調理中)」だ。
だが。
「……あ。……あぁぁ…………」
変身状態の私の「浄化の光」は、今日も絶好調だった。 私が肉に手を伸ばした瞬間、あまりの高密度魔力が、肉に含まれる「焦げ(不純物)」と「脂身(過剰エネルギー)」、そして「タンパク質」そのものを、不浄なものとして完璧に浄化してしまった。
キラキラと輝き、夜空に消えていく「元・牛一頭」。
「………………」
シュルシュルと魔法が解け、元の貧相な姿に戻る私。 障壁は消え、帝国軍は壊滅したが、私の目の前には、浄化された後の「綺麗な、とっても綺麗な空き地」が広がっているだけ。
「な、なんという慈悲……。聖女様、我々を惑わす肉の誘惑を、根源から断ち切ってくださったのだな……!」
アレックスが涙を流して称賛するが、私はその場に崩れ落ちた。
「あ~~~ん!! ひもじいよぉぉぉ!! 敵はいないのに、お肉もないよぉぉぉ!! 食べさせてよぉぉぉぉ!!」
私は更地の土を噛み締めようとして、セバスに襟首を掴まれた。
「お嬢様、汚いですよ。……安心してください。敵の補給部隊が置いていった『保存用の乾燥大豆』だけは、私が浄化される前に回収しておきました」
「大豆!? また豆!? あたしは脂ぎった肉が食べたかったのよぉぉぉぉ!!」
帝国軍を壊滅させ、学園を救った英雄の絶叫は、今夜も誰に届くこともなく夜風に消えていった。
ワンパターンで収拾がつかなくなってきましたので次の回で完結させます。(;^ω^)
おつきあいいただきありがとうございました。




