第8話:栗水って何?
「……いい、セバス。今日のあたしは、飢えた獣じゃない。クリエイティブな料理人よ。他人の報酬を待つ時代は終わったわ。あたしはあたしの手で、この世で最も甘美な『パンケーキ』を錬成するの!」
「お嬢様、その手に持っているのは泡立て器ではなく、庭に落ちていた枝ではありませんか? ……まあいいでしょう。本日の調理実習、せいぜい火事だけは起こさないでください」
調理実習室。私はエプロン(セバスが巾を縫い合わせたもの)を締め、意気揚々と教壇に立った。 狙うは、学園から支給された「卵・小麦粉・牛乳」。この黄金の三種の神器があれば、私の胃袋は救済されるはずだった。
だが、扉が乱暴に開かれた。
「リナ君! 聖女様のエネルギー源である君に、包丁などという危険なものを持たせるわけにはいかない! 料理は私が代わる。君は椅子に座って、光合成でもしていてくれ!」
熱血勘違い会長、アレックスである。
「ちょっとどきなさいよ! 誰が光合成でパンケーキの味を楽しめるっていうのよ!」
「おっと、そこまでだ不憫な娘。……聖女様が召し上がる食事を、君のような雑草料理のプロが作るとは嘆かわしい。私が最高級の『マロングラッセ』を持ち込んだ。これを使って、聖女様への愛のピラミッドを構築するのだ!」
ガチ恋王子、ルカスまで乱入してきた。
「マロングラッセ!? ちょっと、それをそのままあたしに寄越しなさいよ! 構築する前に入口(口内)で渋滞が起きてるんだから!」
キッチンは一瞬で修羅場と化した。 アレックスは「安全第一」と称してすべての食材を魔法でガチガチの結界に封じ込め、ルカスは「美意識が足りない」と叫んで私のパンケーキのタネに高級香水を振りかけ始めた。
「……あたしの。あたしの貴重な卵が……小麦粉が……変な匂いのドロドロに……っ!!」
私の怒りが頂点に達した、その時。 「聖女を捕らえろ! 厨房を制する者は学園を制す!」 学園に潜伏していた敵国の隠密調理部隊(自称)が、煙幕とともに窓から突入してきた。彼らの武器は、巨大な麺棒と、すべてをなぎ倒す「魔導圧力鍋」だ。
「……ちょうどいいわ。あんたたち、あたしのキッチンをめちゃくちゃにした罪……その命(と食材)で購いなさい!!」
どぉぉぉぉぉん!!
調理室に聖女が降臨する。 ルカスは「おお! 聖女様! エプロン姿もまた格別……!」と鼻血を出しながら崩れ落ち、アレックスは「聖女様! この不届き者たちを、リナ君の代わりに裁いてください!」と祈りを捧げる。
「調理実習なんて飾りよ! 出来上がったものを食べる人には、作る苦労が分からんのよ!!」
私は聖女の力を拳に込め、迫りくる魔導圧力鍋に叩き込んだ。 「おやつの時間を邪魔した罪は重いわよぉぉ! デザート・フルバーストッ!!」
神聖なる衝撃波が厨房を駆け抜けた。 敵部隊は一瞬で窓の外へ射出され、圧力鍋は空中で分解。ついでに調理室のオーブンが十基ほど爆発し、学園の北校舎が少しだけ浮き上がった。
だが。
「……あ。……あぁぁ…………」
変身が解け、シュルシュルと萎んでいく私。 足元には、衝撃波で炭化したパンケーキの成れの果てと、浄化魔法でただの「白い粉(成分不明)」になったマロングラッセの残骸……。
「な、なんという業火……。聖女様、料理を一口も残さず、分子レベルまで『完食』してくださったのですね!」
ルカスが勝手に感動しているが、私の胃袋は絶望に沈んでいた。
「…………。あ~~~ん!! ひもじいよぉぉぉ!! また! また一口も食べてないのに! 厨房が戦跡になっちゃったよぉぉぉぉ!!」
私は炭化したパンケーキの破片を拾おうとして、ボロボロと崩れる様子に膝をついた。
「……お嬢様。そのマロングラッセだった白い粉、集めておきました。……水に溶かせば、かすかに栗の香りがする『栗水』として楽しめますよ」
セバスがいつものように、理不尽な提案を差し出してきた。
「 栗水って何?あたしはちゃんとした食べ物が食べたいのよぉぉぉぉ!!」
調理室の瓦礫の中で、リナの咆哮が虚しく響く。 その横で、アレックスが「リナ君、次はもっと安全な『お粥』に挑戦しよう!」と、これまた勘違いな提案をしているのであった。




