第5話:涙の味は塩の味
「……リナ様。本日の貴女の運勢は『大凶』。特に、上から目線の暑苦しい男に絡まれる相が出ております」
「ちょっとセバス、縁起でもないこと言わないでよ。あたしは今、昨日見つけた『地面に落ちていた、まだ全然食べられるはずの配給パンのカケラ』が、蟻の軍勢に運ばれていくのを涙ながらに見届けている最中なんだから」
校庭の隅で蟻を見続けている私を、冷ややかな目で見下ろすセバス。 だが、その時、背後からセバスの予言通り「暑苦しい」足音が近づいてきた。
「はははは!ついに見つけたぞ! アイゼン男爵令嬢、リナ君だな!」
振り返ると、そこには学園の風紀と秩序を一身に背負う男、生徒会長のアレックスが立っていた。彼は「鉄の規律」をモットーにする超堅物だ。
「……何の用かしら、アレックス会長。あたしは今、蟻さんと生存競争の真っ最中なんだけど」
「君を調査させてもらった。最近、学園が半壊するほどの破壊活動が行われる際、現場には必ず君がいる。……そして、そこには必ず『伝説の聖女』が降臨する!」
アレックスが鋭い指先を私に突きつける。 さすがにバレた? このガチガチの堅物には、胸の大きさという物理的カムフラージュは通じないのか?
「い、言い分を聞こうじゃないの。……それで?」
「私の結論はこうだ! リナ君、君は……聖女様が降臨するための『聖なる生贄』、あるいは『魔力供給用のバッテリー』なのだな!?」
「…………は?」
「見ろ、その痛々しいほどに痩せ細った体(まな板)を! 聖女様が顕現するための莫大なエネルギーを、君がすべて肩代わりしているからこそ、君はそこまで『ひもじい』のではないか! 聖女様のあの豊かな……その、ご立派な体躯を維持するために、君の栄養はすべて吸い取られているのだ!」
アレックスの目には、疑惑ではなく「深い同情」と「尊敬」の光が宿っていた。
「君こそが、学園を陰から守る真の功労者……。すまない、今まで君をただの食い意地の張った不審者だと思っていた私を許してくれ!」
「……ねえセバス。この人、あたしの想像を絶するバカなんだけど」
「いえお嬢様、ある意味で真実を突いています。栄養がすべて胸に持っていかれているのは間違いありませんから」
セバスが事もなげに言ったその時、学園の正門が轟音と共に吹き飛んだ。
「ターゲット確認! 伝説の聖女を捕獲せよ!」
現れたのは、隣国の軍部が誇る魔導特務部隊。最新鋭の魔導鎧に身を包んだ兵士たちが、校庭に雪崩れ込んでくる。
「くっ、敵襲か! リナ君、君は下がっているんだ! 君が今ここで栄養を吸い取られたら、君の命が危ない!」
アレックスが剣を抜き、私の前に立ちはだかる。 だが、運の悪いことに、敵の隊長が手に持っていたのは……。
「邪魔だ小僧! 我が軍の糧食にするはずだった、この『最高級・燻製生ハムの原木』の錆にしてくれるわ!」
「…………え?」
私の視界が、敵の隊長が小脇に抱えた「巨大な肉の塊(生ハム)」にロックオンされた。 あんなもの、この学園のどこを探してもない最高級品だ。
「……セバス。あの男、あんな美味しそうなものを、凶器として使おうとしたわね?」
「はい。生ハムに対する冒涜ですね。しかもあれ、熟成が進んでいて一番美味しい時期ですよ」
「……許さない。聖女とか生贄とか、そんなの関係ない。……あたしの目の前で、肉を武器にする奴は、生かしておかない!!」
ドォォォォォン!!
アレックスの目の前で、貧相なリナの体から黄金の魔力が噴き上がる。 光が晴れた瞬間、そこに立っていたのは……。
「おおぉ……! 聖女様! やはりリナ君が限界まで飢えた時、君を守るために現れるのだな!!」
アレックスが感動に震えながらひざまずく。 バインバインの聖女(私)は、もはや言葉を介さない。ただ、敵の隊長が持つ生ハムだけを見据え、音速を超えて突っ込んだ。
「生ハムを……返せぇぇぇ!!」
「なっ、速い!? 迎撃しろ、全門斉射ーー」
ドォォォォガシャァァァン!!
一撃。 聖女(私)が放った「神聖正拳突き」の余波だけで、特務部隊の魔導鎧は紙屑のようにひしゃげ、兵士たちは地平線の彼方まで吹き飛んだ。学園の校舎がまた半分ほど消し飛んだが、生ハムを守るためなら安い代償だ。
だが。
「……あ。……あぁぁ…………」
私の拳が生ハムに触れる直前、あまりに強大すぎる聖なる魔力が、生ハムの塩分とタンパク質を「不純物」として瞬時に分解、浄化してしまった。 私の手の中に残ったのは、キラキラと輝く「聖なる塩」の粉末だけ。
「………………」
シュルシュルと魔法が解け、いつもの貧相な姿に戻る私。
「リナ君! 無事か! 聖女様は去られたが、君の尊い犠牲のおかげで救われたぞ!」
アレックスが駆け寄ってくるが、私の耳には何も届かない。
「あ~~~ん!! ひもじいよぉぉぉ!! 生ハムが……あたしの肉の塊が、ただの塩になっちゃったよぉぉぉ!! 塩じゃお腹膨れないよぉぉぉぉ!!」
私は校庭の砂(と塩)を掻きむしり、獣のように咆哮した。
「……お嬢様。その塩、せっかくですから回収しておきましょう。今夜の『野草の和え物』の味付けに使えますから」
セバスがどこからともなく取り出した小瓶に、淡々と塩を詰めていく。
「嫌ああああ! お肉が食べたかったぁぁぁ!!」
夕闇迫る学園で、リナの慟哭と、アレックスの「君の献身に敬意を表して、今日から私が君の食事を監視(守護)しよう!」という、ありがた迷惑な宣言が重なり合っていた。




