第3話:砂のザッハトルテ
「おぉ……見よ、このザッハトルテの山を! チョコの光沢は聖女様の瞳のごとく、溢れんばかりの生クリームは聖女様のあの……あの芳醇なっ!」
カイルが車椅子の上で、包帯に包まれた顔を真っ赤にして叫んでいる。 その周囲には、昨日私に吹き飛ばされたはずの取り巻きたちが、「聖乳の守護騎士団」と書かれた怪しい腕章を巻いて整列していた。
……なんなの、あの腕章。ネーミングセンスが絶望的に気持ち悪いんですけど。 しかも、あたしが三日前から食堂の掲示板を見てはよだれを垂らしていた「限定ザッハトルテ」が、彼らの前でピラミッドのように積み上げられている。
その時、私の胃袋が「ギュルルルル!!」と、地鳴りのような怒号を上げた。
「……あ、お嬢様の腹の虫が、ついに宣戦布告なさいましたね」
セバスが他人事のように言い、恭しく下がり遮蔽物の影に隠れる。
「……もう、我慢の限界よ。あたしの食べ物を、あたしの名前で、あたしから遠ざけるなんて……そんな不条理、このあたし……いや、この私が許しませんわぁぁぁ!!」
ドォォォォォン!!
校庭に黄金の柱が立った。 あまりの魔圧に、並んでいたファンクラブの面々が「な、なんだこのすごい聖圧は!」と悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。
光の中から現れたのは、制服の胸のボタンが悲鳴を上げ、神々しい後光を背負った「バインバイン聖女」様だ。
「せ、聖女様! 聖女様が降臨されたぞぉぉ!!」
カイルが車椅子から転げ落ち、這いつくばって涙を流す。 「おお、なんと神々しい……。さあ聖女様、こちらへ! あなたのために学園中のザッハトルテを……」
「やかましいわぁぁぁ!! それは、あたし(変身前)が、食べるはずだったのよぉぉぉ!!」
私は理性をかなぐり捨て、ザッハトルテの山へ向かって突進した。 だが、聖女化した私の魔力は、もはや歩くだけで天変地異。一歩踏み出すごとに地割れが起き、無意識に放たれた神聖魔導が、ファンクラブの連中を次々と空の彼方へと「昇天」させていく。
「ぎゃああああ! 聖女様の愛(物理)が重すぎるぅぅ!!」 「幸せだぁぁぁ! 聖女様に粉砕されるなんてぇぇぇ!!」
「どきなさい! どけって言ってるでしょ! チョコ! チョコを食べさせろぉぉ!!」
私は必死に、祭壇に積まれたザッハトルテに手を伸ばした。 だが、悲劇は繰り返される。 聖女モードの私の指先から漏れ出た「浄化の光」が、あまりにも高密度すぎて……。
シュパァァァァン!!
触れる直前、ザッハトルテに含まれる保存料やら何やらが「不純物」として認識されたのか、ケーキの山が真っ白な光に包まれ、さらさらとした「聖なる砂」へと分解されてしまった。
「…………え?」
目の前には、ただの白い砂の山。 ザッハトルテの「ザ」の字もない。
「あ……あぁ…………」
急速に魔力が枯渇し、視界がチカチカする。 バインバインだった胸部が、まるで空気が抜けた風船のようにシュルシュルと縮んでいき、輝く髪もいつものパサついた髪質に戻っていく。
光が消えた後。 そこには、砂の山に顔を突っ込んで絶望している、貧相なリナが一人。
「……リナ様。浄化魔法の使いすぎです。糖分まで浄化してどうするんですか」
「……うぅ。……あぁぁぁ……っ。ひもじいよぉぉ……!! 砂は食べられないよぉぉぉ!! お腹空いたよぉぉぉぉ!!」
私は砂の上で地団駄を踏み、幼児のように号泣した。 遠くでは、吹き飛ばされたファンクラブの面々が「聖女様の『お砂』だ! 持ち帰って家宝にするぞ!」と砂を奪い合っているが、もはやツッコむ気力もない。
「お嬢様、落ち着いてください。先ほどお嬢様が吹き飛ばしたカイル様の車椅子の下に、踏み潰されていないビスケットが一枚落ちていましたよ」
「……っ! それ、あたしの!! セバス、よこしなさい!!」
「おっと、私の手数料として半分いただきます」
「 鬼! 悪魔ぁぁぁ!!」
夕暮れの学園に、聖女の面影など微塵もない、薄幸令嬢の情けない叫びがこだましていた。




