第16話:お嬢様、学園長は敵を殲滅してからです
「……いい、セバス。あたし、今、人生の分岐点に立っているわ。右に行けば『退学という名の野垂れ死に』。左に行けば『魔獣の肉という名のユートピア』。……答えは決まっているわよね?」
「お嬢様、左の道は『生存率0.01%の魔境』とも呼ばれていますが、貴女の目には『巨大なバーベキュー会場』にしか見えていないようですね。……やれやれ、学園長も人が悪い。弁償金の代わりに、伝説の魔獣『バハムート・バイソン』の肉を持ってこいなどと」
学園長室。そこには、これまでリナ(聖女)が破壊した校舎の請求書が、天井に届くほどの高さで積み上げられていた。 学園長は眼鏡を光らせ、冷酷に告げたのだ。 「アイゼン君、君を退学させない唯一の条件だ。北の最果てに住まう、極上の霜降りを持つと言われる魔獣の肉を、学園の創立記念パーティー用に調達してくれたまえ」
「……霜降り。魔獣の、霜降り……ッ!!」
リナとセバスは、学園から支給された「塩とコショウ(のみ)」を携え、極寒の北の地へと足を踏み入れた。
そこには、山のような巨体を誇り、全身がサシの入った肉塊のような魔獣、バハムート・バイソンが咆哮を上げていた。
「(……デカい。あんなの、全部焼いたら何万人分あるのかしら……。……違うわ、あたしが全部食べるのよ! 一口も誰にも渡さないんだから!!)」
「お嬢様、よだれが凍って氷柱になっていますよ。……おや、邪魔が入りましたね」
肉を狙っていたのはリナだけではなかった。 帝国の「魔獣狩り専門部隊」が、大型の魔導大砲をバイソンに向けて展開していたのだ。
「聖女の依代よ、そこをどけ! この魔獣は我が帝国の皇帝陛下に献上する『究極のジビエ』となるのだ! 邪魔をするなら、魔獣ごと貴様を消し飛ばす!」
「……なんですって? 献上? あたしの肉を……あたしの、学園生活(と胃袋)がかかったこのお肉を、政治利用しようっていうの!?」
「構えろ! 砲撃開始!」
魔導砲から放たれた破壊の光が、バイソンの美しい毛皮を焼き、せっかくの「特上ロース」の部分を炭に変えようとした――その時。
「…………あたしの。あたしの……シャトーブリアンが。よくも……よくも、よくもあたしの『希望の塊』をぉぉぉ!!」
どぉぉぉぉぉん!!
極寒の地を、黄金の熱波が吹き荒れる。 光の中から現れたバインバイン聖女(私)は、その手にはもはや「巨大なナイフとフォーク」に見える魔力の刃を握っていた。
「魔獣の肉は鮮度が命よ! 大砲で焼いちゃう人にはその熟成の妙が分からんのよ!!」
私は帝国の部隊を、一振りの風圧だけで雪山の向こう側までデリートした。 「あたしのバーベキューを邪魔する奴は、食物連鎖の最底辺まで浄化してやるわぁぁぁ!! デザート・ハントッ!!」
神聖なる魔力がバイソンを包み込む。 それは敵を討つ光――と同時に、魔獣の「荒々しい野生(獣臭さ)」を完璧に浄化し、調理しやすい「最高級の精肉」へと変える……はずだった。
「……あ。……あぁ…………」
私の浄化の光が、あまりにも「純粋」すぎた。 バイソンの巨体は、一瞬にして眩い光に変換され、空に「オーロラ」となって広がっていったのだ。 後には、雪の上にポツンと残された、一握りほどの『聖なる白い粉(アミノ酸の結晶)』。
「………………」
シュルシュルと変身が解け、元の姿に戻る私。 北の最果てには、綺麗なオーロラと、味のしない白い粉。
「……ない。……お肉。……あたしの、退学回避が……」
私は雪の上に突っ伏し、凍った地面を叩いて号泣した。
「……お嬢様。……あきらめないでください。……安心してください。バイソンがオーロラになる直前、私が鉄傘の先で引っ掛けて、物理的に引きちぎった『尻尾の先の軟骨』だけは死守しました」
「軟骨!? 軟骨だけ!? あたしはシャトーブリアンを、バケツ一杯食べたかったのよぉぉぉぉ!!」
結局、学園長には「軟骨」を献上。 「これでは一人分のスープにしかならん!」と激怒されたが、セバスの「これこそが聖女様の慈悲が凝縮された究極の出汁です」という屁理屈により、なんとか退学だけは免れた。
リナの胃袋に残ったのは、軟骨を煮出した後の「薄いスープ」の記憶だけ。 リナの食欲はついに世界となって空を舞うのであった。




