第13話:お嬢様、留学生は敵を殲滅してからです。
「……セバス。あたし、決めたわ。二度と『プリンの悲劇』は繰り返さない。これからは敵を倒す前に、まず食料を確保。それから安全圏まで後退して完食。殲滅はその後にする。これがアイゼン家式・新時代のタクティクスよ」
「お嬢様、それは軍略ではなくただの『食い逃げ』です。……まあ、お嬢様の知能指数ではそれが限界でしょうが、本日は食い逃げさえ許されないほど『重い』連中が来校していますよ」
セバスが指差した先。学園の応接室の前に、不自然なほどの黒塗りの魔導馬車が連なっていた。 そこから降りてきたのは、先日の師団長バルカスを「格下」と呼ぶような、帝国のエリート留学生たち。その筆頭が、帝国の第三皇女、エレナ・ド・バルムンクだった。
「あなたが、聖女様をその身に宿すという貧相な令嬢ね。……ふん、見るからに栄養が足りていないようだけど、この『極上霜降り肉のパイ包み・トリュフソース添え』を見ても、まだその平坦な表情を維持できるかしら?」
エレナがパチンと指を鳴らすと、従者たちが銀のトレイを恭しく捧げ持った。 そこには、バターの香りと肉汁の芳香が、暴力的なまでの殺傷能力を持って鎮座していた。
「(……ッ!! パイ包み……トリュフ……。あんなの、もはや食べ物じゃないわ。宝石よ! 胃袋に収めるべき神の遺産よ!!)」
「お嬢様、よだれが靴の先まで垂れています。……エレナ殿下、その供物をどうされるおつもりで?」
セバスが冷ややかに問うと、エレナは高笑いした。
「決まっているわ。聖女様に我が帝国の豊かさを認めさせ、我が国の国教となっていただくのよ。……さあ、器。これを食べたくば、今すぐ聖女を呼び出し、私への忠誠を誓わせなさい!」
「……セバス。あたし、今、生まれて初めて『売国』という言葉の響きが甘美に聞こえたわ。……いいわ、エレナ殿下。そのパイ包み、あたしが聖女様の分まで……」
私が肉の宝石に手を伸ばそうとした、その時だった。 「聖女を帝国に渡すな! 彼女は、我が『自由都市連合』の守護神となるべきだ!」
窓を突き破り、今度は連合国の武装商船隊(留学生という名のスパイ)が乱入してきた。彼らはあろうことか、エレナが持っていたパイ包みを「敵国の洗脳工作」と見なして、魔導火炎瓶で焼き払おうとしたのだ!
「やめろぉぉぉ!! あたしのパイ包みが……焼けるどころか、炭になっちゃうぅぅ!!」
「ターゲット確認! 聖女の器ごと、不浄な供物を排除せよ!」
「…………あたしの。あたしのトリュフ……バター……。よくも……よくも、よくもぉぉぉぉ!!」
どぉぉぉぉぉん!!
殺意と飢餓が限界を突破し、黄金の衝撃波が学園を揺らす。 光の中から現れたのは、もはや怒りで神々しさが「物理的な熱量」に変わっているバインバイン聖女(私)だ。
「パイ包みは芸術よ! 焼くだけの人にはその層の重なりが分からんのよ!!」
私は武装商船隊の連中に向かって、全力の「お叱り」を叩き込んだ。 「おやつの時間を戦場にした罪、万死に値するわぁぁぁ!! デザート・パニッシャーッ!!」
神聖なる魔力の一撃が炸裂し、商船隊は一瞬で成層圏まで弾き飛ばされた。……が、あまりの怒りの出力に、私の「浄化の光」は留まることを知らなかった。
「……あ。……あぁ…………」
エレナが持っていたはずの銀のトレイ。 そこにあったはずの「パイ包み」は、私の浄化魔法の直撃を受け、あまりにも清らかな「黄金の粒子」へと分解され、学園の空をキラキラと舞っていた。
「………………」
シュルシュルと魔法が解け、元の貧相な姿に戻る私。 エレナは腰を抜かしながら、「……お、おお……。食べることさえ贅沢だと仰るのか。聖女様は、物質的な満足を超越した存在……!」と、これまた絶望的な勘違いを深めている。
「……ない。……粒子。……あたしが食べたかったのは、粒子じゃなくて肉塊なのよぉぉぉ!!」
私は学園の中庭で、舞い散る黄金の粉を必死にかき集めようとして、虚しく地面を叩いた。
「……お嬢様。元気を出してください。その粒子の輝き、少しだけバターの香りが残っています。……深呼吸すれば、三秒くらいは多幸感に浸れるかもしれませんよ」
「深呼吸でお腹が膨れるかぁぁぁ!! 本物を! 本物を噛ませなさいよぉぉぉぉ!!」
リナの悲痛な咆哮が、新学期の学園にこだまする。 その傍らで、セバスは密かに拾い上げた「唯一浄化を免れたパイの欠片(1cm)」を、こっそりリナの口に放り込む準備をしていたが、タイミングを逃して自分で食べてしまうのであった。




