第12話:お嬢様、入学式は敵を殲滅してからです(回想編)
「……いい、セバス。今日のあたしは、アイゼン家の再興を背負った『孤高の令嬢』よ。空腹なんて精神力でねじ伏せるわ」
一年前の春。 私は、新調した(といっても、質屋から買い戻した中古の)制服に身を包み、魔導学園の門をくぐった。 隣には、数日前に蔵で「契約」したばかりの、得体の知れない執事――セバス。
「お嬢様、その意気込みは素晴らしいですが、膝が小刻みに震えてガクガクと音を立てておりますよ。アイゼン家の再興の前に、お嬢様の膝が崩壊しそうです」
「うるさいわね! これがアイゼン流の『期待に打ち震える武者震い』よ! ……あぁ、でも、さっきから講堂の方から聞こえる『歓迎パーティーの準備の音』が、あたしの理性を削りに来るのよ……」
当時の私は、まだ自分の「変身体質」を知らなかった。 ただの「異常に食い意地の張った、家が貧乏な女の子」だと思っていたのだ。
だが、入学式の最中、事件は起きた。 学園の権威を見せつけるための儀式として、壇上で「古代魔導具の起動試験」が行われたのだが、それが大暴走。 会場は闇の魔力に包まれ、新入生たちはパニックに陥った。
「ひ、ひぃぃ! 魔力が吸い取られる! このままでは全員、干からびてしまうぞ!」
学園長が叫ぶ中、私は一人、別の理由で限界を迎えていた。 闇の魔力が、会場に用意されていた「新入生歓迎用・三段重ねデコレーションケーキ」を、じわじわと腐食(汚染)し始めたのだ。
「……あたしの。あたしが、入学試験の三日前から、パンの耳だけで耐えて、この日のために胃袋を空けておいた……あの、イチゴがてっぺんに乗った、夢の結晶が……!!」
「あ、お嬢様。それ、不味いですよ。魔力の臨界点というか、食欲の沸点を超えてます」
セバスが止める間もなかった。 私の胃袋が「ギュオォォォォォン!!」と、龍の咆哮のごとき音を立てた瞬間。 世界が黄金に染まった。
ドォォォォォォン!!!
「……え? なにこれ。あたし、視界が高いわ。……っていうか、服が、服がキツい!! ボタンが、ボタンが弾け飛ぶぅぅぅ!!」
光の中から現れたのは、バインバインな「聖女」の姿。 周囲の生徒たちは、恐怖を忘れてその美しさに跪いた。
「おお……! 伝説の聖女様だ! 我らを救いに来てくださったのだな!」
「救うとかどうでもいいわよ! あたしのケーキを汚したこの『闇』を、今すぐこの世からデリートしてやるわぁぁぁ!!」
私は本能のままに、暴走する古代魔導具へ向かって、聖なる魔力を叩き込んだ。 「ケーキの恨み、思い知りなさい!! デザート・パニッシュメントッ!!」
ズガァァァァァン!!!
神聖な一撃は魔導具を粉砕し、講堂の屋根を半分吹き飛ばし、ついでに闇の魔力を一瞬で「浄化」した。 ……そう。汚染されていたケーキの「闇」だけでなく、ケーキの「本体」そのものも、あまりに清らかな光で包み込み、塵一つ残さず浄化してしまったのだ。
「…………あ」
静まり返る会場。 光が晴れ、魔力が枯渇した私は、シュルシュルと音を立てて元の貧相な姿に戻った。 瓦礫の山の中で、私は呆然と立ち尽くした。
「……ない。……あたしの、三段重ねが。……あたしの、青春の全てが……」
「お嬢様、おめでとうございます。学園を救った英雄として歴史に刻まれましたよ。……代わりに、ケーキはこの世から消滅しましたが」
セバスが淡々と告げる。 その瞬間、私の「お嬢様」としてのメッキが完全に剥がれ落ちた。
「あ~~~ん!! ひもじいよぉぉぉ!! ケーキ! ケーキを食べさせろぉぉぉ!! なんで助けたら消えちゃうのよぉぉぉぉ!!」
私は瓦礫の上で地駄を踏み、新入生や教師たちの前で、見苦しく号泣した。 これが、学園の歴史に刻まれた「伝説の降臨」と「アイゼン家の令嬢の奇行」が同時に始まった、最悪の入学式の全貌である。




