第11話:お嬢様、新学期は敵を殲滅してからです
「……セバス。新学期早々、あたしの視界に『絶望』という名のモザイクがかかっているわ。どうして学園の正門に、あんなに不吉な行列ができているの?」
「お嬢様、あれは行列ではなく『供物』を捧げる列です。第一章で貴女(の変身した姿)が帝国軍を殲滅したせいで、巷では『聖女様は空腹の少女を媒介にして現れる』という噂が広まってしまったのですよ」
学園の正門。そこには、隣国や他領から集まった「聖女信者」たちが、山のような高級食材――最高級ハム、熟成チーズ、そして宝石のようなマカロン――を抱えて整列していた。
「……ッ!! セバス! あたしの時代が来たわ! あれ、全部あたしへの『投げ銭』でしょ!? 今すぐ回収して、あたしの胃袋にダイレクトアタックさせるわよ!」
「お嬢様、落ち着いてください。その目は令嬢のそれではなく、獲物を狙うドブネズミの目です。……残念ながら、それらはすべて『聖女様に捧げるための聖域(学園の祭壇)』に運ばれるもので、媒介である貴女が触れることは禁じられています」
「なんですってぇぇ!? あたしがいないと聖女様は出てこないのよ!? 媒介料として八割はピンハネさせなさいよ!」
私が地駄を踏んでいると、行列を割って一人の男が現れた。 真っ赤な軍服に、顔にはいくつもの傷跡。見るからに「戦場帰り」のオーラを纏った男だ。
「……貴様が、聖女を降ろすという『器』の娘か」
「……誰よ、あんた。あたしは今、マカロンの香りに脳を焼かれて忙しいんだけど」
「帝国軍・近衛師団長のバルカスだ。……我が軍を壊滅させたあの力を、もう一度見せてもらおう。聖女を呼べ。……呼べなければ、この『秘蔵の完熟マンゴー・プリン』を、貴様の目の前で叩き割る!」
バルカスの手には、黄金色に輝く、ぷるんぷるんのプリンが握られていた。
「(……ぷるんぷるん……。あの光沢……あの弾力……。あれは、一口食べれば天国に行けるという、伝説の逸品……ッ!)」
「お嬢様、いけません。敵の挑発に乗っては……と言いたいところですが、お嬢様の腹の虫がすでに『突撃ラッパ』を鳴らしていますね」
ギュルルルルル!!!
私の胃袋が、学園中に響き渡るほどの怒号を上げた。
「……よくも、よくもあたしの前で、プリンを人質(物質)に取ったわね……。セバス、あれはあたしのよ。あたしが、あのプリンの『主』になるのよ!」
「はいはい。では、いつものように『お掃除』と参りましょうか」
ドォォォォォン!!
怒りと食欲が臨界点を超え、黄金の柱が立つ。 光の中から現れたのは、もはや神々しさを通り越して「食欲の権現」と化した、バインバイン聖女(私)だ。
「おおぉぉ……!! 聖女様! 本物だ、本物が降臨されたぞ!!」
バルカスが狂喜し、周囲の信者たちが一斉にひざまずく。 だが、今の私はプリンのことしか考えていない。
「プリンは飲み物よ! 噛んで食べる人にはその喉越しが分からんのよ!!」
私は音速を超えた踏み込みで、バルカスの懐に飛び込んだ。 狙いはただ一つ。彼の持つ、あの黄金のプリンだ。
「デザート・レクイエムッ!!」
私の拳が空を切り、衝撃波がバルカスを後方の森まで吹き飛ばす。 ……だが、あまりにも魔力が、私の「浄化の光」が強すぎた。
「…………え?」
私の指先がプリンの容器に触れた瞬間。 あまりの高密度な聖なる魔力が、プリンに含まれる「糖分」と「ゲル化剤」を不純物と見なし、瞬時に「聖なる蒸気」へと昇華させてしまった。
「あ……あぁ…………」
視界が白く染まる。 魔力が抜け、シュルシュルと萎んでいく体。 光が晴れた後、そこには……。
「……ない。……プリンの、匂いしかしない。あたしのプリンが、大気中に溶けて消えちゃったぁぁぁ!!」
私は学園の地面を掻きむしり、獣のように号泣した。 バルカスは遠くの木に突き刺さりながら、「……なんと、食べる必要さえないというのか。聖女様は、プリンさえも『概念』として摂取されたのだな……!」と勝手に感銘を受けている。
「……お嬢様。お疲れ様です。プリンは霧散しましたが、あちらにバルカス様が落とした『プリンの空き容器』が転がっていますよ。内側に少しだけ、カラメルソースが残っているかもしれません」
「空き容器なんて食べられるかぁぁぁ!! せめて、せめて一口! 形のあるものを食べさせてよぉぉぉぉ!!」




