第10話:お嬢様、デザートは敵を殲滅してからです。
バルムンク帝国の皇帝自らが、伝説の「神殺しの魔導砲」を携えて学園の門前に現れた。 「聖女よ! 出てこい! お前を破壊し、我が帝国が世界の胃袋を支配するのだ!」
学園の絶体絶命の危機。 だが、リナ・アイゼンの関心はそこにはなかった。 今日は、アイゼン家が没落前に唯一契約していた、伝説の菓子職人が届けてくれる「奇跡のフィナンシェ」の配達日だったのだ。
「セバス……。フィナンシェ。バターの香りが、門の向こう側からするわ。でも、あの大きな大砲が邪魔で、配達員さんが近づけないって泣いてるわ……」
「……お嬢様。これが、最後のチャンスかもしれません。フィナンシェを食べたいのならあの敵を殲滅してからです。行けますか?」
「言われなくても! あたしのフィナンシェを止める奴は、皇帝だろうが神だろうが知ったこっちゃないわよ!!」
リナの空腹が、ついに世界の理を凌駕した。 変身の予兆もなく、リナの体から溢れ出した魔力が、そのまま「巨大な聖女の幻影」を空に作り出す。
「皇帝なんて飾りです! 偉い人にはデザートの重みが分からんのですよ!!」
その叫びとともに、リナは(変身した姿で)皇帝の魔導砲を素手で掴み、そのまま雑巾のように絞り上げた。 「フィナンシェを! 配達員を通しなさいよぉぉぉ!!」
神聖なる魔力が爆発し、帝国軍は一瞬で白旗を上げ、皇帝はあまりの恐怖に「一生、アイゼン家に菓子を献上します」と誓わされた。
そして。 戦いの霧が晴れた校門の前。 一人の配達員が、震える手で一袋の包みを差し出した。
「アイゼン様……。フィナンシェ、お届けに……」
「……っ!! ああ、ついに……ついにこの手に!!」
聖女の姿のまま、私は震える手でフィナンシェを口に運ぼうとした。 周囲で見守るセバス、アレックス、ルカス、そして全校生徒。 今、伝説の聖女が、歴史上初めての食事を――。
パクッ。
「…………。……美味しい。バターが……じゅわって……あ、あたし、今、食べて……」
だが、その瞬間。 あまりの幸福感に魔力が逆流し、聖女の体が激しく発光した。 「あっ、待って! まだ飲み込んでない! 舌の上にあるのにーーー!!」
ドォォォォォン!!
光が収まったとき。 そこには、いつもの貧相なリナと、口の周りにわずかな「バターの香り」だけを残して消え去ったフィナンシェの袋。
「あ~~~ん!! 味わってる途中で消えたぁぁぁ!! 飲み込んでない! 喉を通ってないわよぉぉぉぉ!!」
「……お嬢様。おめでとうございます。一瞬でも『味』を感じられたのは、大きな進歩です」
セバスが優しく、リナの肩に手を置く。 「……さあ、帰りましょう。皇帝完からの献上品のリストが届いています。……お嬢様の戦いは、まだ始まったばかりですよ」
「ひもじいよぉぉぉ!! 次こそは、次こそは胃袋まで到達させてやるんだからぁぁぁ!!」
完
最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
思い付きで書き始めてしまったこの物語も一応ここで完結いたします。
結局、喉を通る瞬間に魔力として霧散してしまったフィナンシェ……。リナの「ひもじい」日常は、これからも続いていきそうです。 ひとまずはここで一区切りとなりますが、彼女たちの物語はまだ始まったばかりです。
「セバスの正体は?」「初代ルナとの因縁は?」「リナはいつになったらお腹いっぱい食べられるのか?」 それらを描く【入学・追憶編】も思い浮かんできました。
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