第2話『ここは一度退いてから、進むとしよう。』
大野夫婦の取材を終えた俺は、取材の最後に大野晄弘から聞き出せた男に取材を申し込む事にした。
理由は、大野晄弘がその名を上げたから、だ。
いや、実に容易い流れだった。
まぁ、学生時代からライバルの様に扱われていた二人だからな。その辺りを狙えば回答は誘導しやすい。
そして順調に話を進め、俺は佐々木和樹に取材を申し込んでいた。
当然の様に用があるのは佐々木和樹ではなく、その妻佐々木紗理奈の方なので、同席を依頼する。
大野晄弘の時の様に面倒な事を聞かれるかと思ったが、こちらは何てこともなく了承された。
楽で助かる。
しかし、佐々木夫婦の取材が決まったすぐ後に大野加奈子からメッセージが届き、二人に対して失礼な取材をしない様にという警告文の様な物が届いた。
なるほど。
動きが早い。
まぁ妹の事ならば、当然か。
旧姓千歳加奈子と旧姓千歳紗理奈。
やはり二人は真実姉妹であったという事なのだろう。
そして、今もなお親交があるという事は、千歳紗理奈もまた、立花家にいや、朝陽に引き取られたという事だろうな。
また一本。朝陽へ近づくための鍵を見つけることが出来た。
俺はこれから始まる取材の準備をスタッフにさせつつ、笑う。
それから数日後。
全ての準備を終え、俺はゲストに佐々木和樹と佐々木紗理奈を招いて配信を始めようとしていた。
前回ほどではないが、待機している人数は多く、このままならすぐに一万をまた超えるだろう。
大したものだ。
そして、いよいよ本番が始まった。
「こんばんは。突撃取材二十四の杉原です。そして本日のゲストはこのお二方! ご挨拶をお願いします!」
「どうも、超天才ピッチャーにして、宇宙最強の男。佐々木和樹です。僕の後ろには伝説だけが残り、僕の偉業を称賛する声だけが響くでしょう」
【開幕佐々木】
【い つ も の】
【親の顔より見た佐々木語録】
【もっと親の顔みろ】
「そして、ここに居る可愛いがそのまま人間になった様な子が僕の紗理奈です。どうですか。よく見てください。可愛いでしょう? でもあまり見ない様に」
「はじめましてー。さりなです」
「緊張してるのかい? 可愛いな。紗理奈!」
「和樹、離れて。暑い」
「アッハッハ。嫌がる紗理奈も可愛いな!」
【狂ってるやん】
【い つ も の】
【見ろって言ったり、見るなって言ったり、どういうこっちゃ】
【まぁ、もう慣れたな】
【セットで出る度にいつもこうだもんな】
【これが平常運転なんですよ。初見さん】
【ヒナちゃんねるでよく見る奴】
俺はコメントを見ながらなるほどと頷く。
ちょうどいいコメントをありがとう。
「今ちょうどありましたが、お二人はあの夢咲陽菜さんの配信チャンネルによくご出演されているとか。佐々木和樹選手は中学高校と立花光佑さんと同じチームで活躍されていましたし、その繋がりでしょうか?」
「そうですね。まぁ陽菜ちゃんとも結構仲がいいので、その関係もありますね。大野と違って」
「大野というと、大野晄弘さんの事でしょうか」
「そうそう。その大野晄弘ですよ」
「大野晄弘さんと夢咲陽菜さんは仲が悪いと?」
「えぇ、犬猿の仲って奴ですよ。昔から色々あって、馬が合わないみたいですね。まぁどっちも自己主張強いですから。当然と言えば当然かな」
【まるで自分は自己主張をそんなにしない様に語るやん】
【野球界のスピーカーが何か言っとるぞ】
【いや言うて、紗理奈ちゃんとヒナちゃんねるに出るときは、いつも楽しそうに話す二人をニコニコ見てるだけだぞ。それで時々二人のフォローをするだけ】
【あの番組見てる時だけ佐々木が別人で笑うんだよな】
【実は佐々木ってただのお喋りじゃ……ない!?】
【そら】
【マジで国内では敵なしの投手だぞ。大野のライバルは伊達じゃない】
【なんでメジャーに行かないんだ? 勧誘はあったんだろ?】
「今ちょうどコメントにもありましたが、佐々木和樹選手は何故メジャーに行かないのでしょうか? 海外へ行けない理由が?」
「うーん。まぁそんな大した理由は無いですけど。まだ僕の目標とする人たちに追いついてないので」
「目標ですか?」
「はい。僕の父、佐々木春樹と、立花光佑さんですね」
【投手として最高峰の男、佐々木和樹の目標。二人ともスラッガーで笑う】
【お前はどうなりたいんや佐々木】
【これは絶対にメジャーには行かないですよ。宣言って事ォ!?】
【まぁ、名声というか。活躍ぶりという話だとしてもレジェンド二人だもんなぁ。大分難しい】
【片方は伝説。もう片方は伝説】
【両方伝説で笑う】
【なお、目指している男もライバルも伝説に片足突っ込んでいる模様】
【大野はこの前の記録で伝説に突入したのでは?】
【そこは議論の余地がまだあるだろ】
【どうせ伝説入りするのに、有識者(笑)の意見は要らんねん】
「中々盛り上がっているようですが、やはり偉大な御父上や先輩に並び立ちたいという事でしょうか」
「そうですね」
「ご回答ありがとうございます。では、ここで奥様佐々木紗理奈さんへの質問をさせて下さい」
「はい! 僕が何でも答えますよ!」
「あー。いや。あの、奥様への質問なので……」
「はい。分かってますが?」
【何言ってんだコイツみたいな顔やめろ】
【お前が何言ってんだ】
「ま、まぁ分かりました。答えにくそうな質問は佐々木和樹選手にお願いしましょう。それでですね。佐々木紗理奈さんへの質問ですが、佐々木和樹選手との馴れ初めをお聞かせください」
「馴れ初め。中学の時? だっけ?」
「いや、小学校の時に一度会ってるだろ。ほら。光佑さんとの試合で」
「あー。そっか。そういえばそうだったね。でもちょっとだったし」
「なら中学って事にしようか」
「うん。そうだね。えっと、中学の時です。入学式の時に、和樹が話しかけてくれました。それで色々話して、友達になってって感じです」
「ご回答ありがとうございます」
【隙を見つけると、すぐいちゃつくなこの夫婦】
【まぁ佐々木が熱愛発覚で炎上して即消火したのもこの関係を見たからだし】
【すぐに消火してたか……?】
【一部界隈は未だに燃えてますが】
【もはや懐かしいな。大学時代に二人でデートしてる写真が出回ったんだよな? それで佐々木が大学で女に騙されてるって騒ぎになったんだっけか】
【いや、ヒナちゃんねるでのできちゃった婚発表だろ】
【てかアレってマジでどうやって消火したんだよ。気が付いたら火が弱まってたけど】
【だから、いちゃつく二人を見て心が折れたんだろ。佐々木ファンの女の】
【まぁ佐々木はあの時女性人気高かったからな】
【今でも高い定期】
【立花程じゃないが綺麗な顔してるしな。しかも純朴な少年っぽい】
【まぁ紗理奈紗理奈煩い事を除けば、かなり紳士的で頭も良くて顔も良い。野球も伝説級の凄い奴だからな。そら人気も上がる】
【流石立花の系譜】
【立花の系譜?】
【ほら。紗理奈ちゃんって立花の家に加奈子ちゃんと一緒に引き取られたって話。だから佐々木も実質立花家に連なる人間や】
【謎の聖人さんかー。陽菜ちゃん、加奈子ちゃん、紗理奈ちゃんを引き取った人】
【マジで何者なんだろ】
俺はコメント欄を横目で眺めながら、次の質問を佐々木紗理奈へ向ける。
「佐々木紗理奈さんは大野加奈子さんとは姉妹の関係だと、伺っておりますが、大野加奈子さんとは今でも交流はあるのでしょうか? やはり海外では難しいですか?」
「いえ! お姉ちゃんはよく電話くれますし。たまに飛行機のチケットを送ってくれて、遊びに来てね。って言ってくれるので、よく会います」
「よい姉妹関係ですね。ですが、大野晄弘選手は佐々木和樹選手とはライバル関係だと伺っておりますし。大野晄弘選手とは上手く交流出来ているのでしょうか」
「はい! 晄弘お兄ちゃんは、いつも遊びに行くとお土産をくれて、ゆっくりしていけって言ってくれます。あまり話さないけど、良い人ですよ」
「ちょっと待って紗理奈。大野の事お兄ちゃんなんて呼んでるの? 駄目だよ。そんな呼び方したら、アイツが調子に乗る」
「え? でもそう呼ばないとお姉ちゃんと晄弘お兄ちゃんとの結婚を私が認めてないみたいで悲しむって」
「大野め! 妙な入れ知恵を! おのれ! 今度嫌がらせに加奈子さんだけ呼んで家族会しよう」
【なんですかね。これは】
【愛妻家でライバルの二人が互いの奥さんを喜ばせつつ相手に嫌がらせをする図】
【何とも回りくどい事やってんなぁ】
【まぁ直接的な嫌がらせをするほど敵対してるって訳じゃないからね】
【大野が本格的にアンチしてるのは陽菜ちゃんだけだから】
【そもそもなんでそんな陽菜ちゃんアンチなの。大野は】
【過去に家族で旅行に行くって時、大野だけ意図的に弾かれたから。なお犯人は陽菜ちゃん】
【立花経由で旅行を知った大野が追い付くも、加奈子さんは陽菜ちゃんと同室で大野は一人で別部屋に寝泊まりしたとか】
【それは笑う】
「あぁ、懐かしい話してますね」
「え? 今の話事実なのですか?」
「はい。そうですよ。元々は陽菜ちゃんがルイジミラス王国の偉い方に招待された事が切っ掛けだったんですけど。陽菜ちゃんが話をしていたら、向こうの王族の方が僕のファンだって事で、僕も招待されまして。それなら一緒に行こうかって事で、僕と陽菜ちゃんと、それにそれぞれ追加で一人分のチケットを貰ってたので、僕は紗理奈を、陽菜ちゃんは光佑さんと一緒に行くことにしたんです」
佐々木和樹はそこで一呼吸を置くと、再び続きを話し始めた。
「でも、現地は観光地だし。折角だからお父さんとお母さんも招待したいって紗理奈が言って、僕も良いアイディアだなと二人を招待したんですね。まぁ、一応ウチの両親にも声を掛けたんですけど、二人は観光地なんてガラじゃないと言っていたので、代わりに温泉行きのチケットを渡しましたね」
【紗理奈ちゃん。この年で親孝行とは、良い子やん】
【佐々木もさりげなく孝行してるという。やはり二人とも真面目で良い子なんだよなぁ】
「ほら。紗理奈。言われてるよ。良い子だって」
「う……、紗理奈は、別に良い子、とかじゃなくて、いっぱい迷惑かけちゃったから、それで、少しでも恩返しがしたいなって」
「そういう風に考えられるのが良い子だって事だよ。紗理奈」
【良い事言うやん】
【まぁ俺なんか未だに親に迷惑かけてるが、何も返したこと無いしな!】
【お前はさっさと働いて給料全部両親に渡せ】
「それで、紗理奈のご両親に言ったら、折角だし加奈子さんもどうかって言っていたので、良い案だなと僕と陽菜ちゃんで考えて、加奈子さんだけを招待したって訳ですね」
【さっきまで良い話だったのに】
【そういう所なんだよなぁ】
【まぁ、陽菜ちゃんと佐々木だし。そりゃそうなるって感じだわ】
【両親も加奈子さんもとは言ってるが、大野も誘えば? とは言ってないからな】
【普通に考えればセットで誘うと思うやん?】
【言われてないので】
【うーん。このクソガキ感】
【結果怒りの大野が爆誕したわけだな。そしてアンチへ】
【これはしょうがない】
「まぁ、別にこの件より前から二人は争ってましたし。今更ですね」
アッハッハと笑う佐々木和樹に笑顔を向けつつ、俺は何気なくその質問をしてみる事にした。
「お二人ともご両親とは大変仲が良いようですね。ところで、何かご両親に送りたい物はございますか? それぞれ教えていただけると嬉しいです」
「そうですねぇ。まぁ父さんには新しいPCと、母さんにはマッサージチェアとかですかね」
「ちなみに理由をお聞きしても?」
「大した理由じゃないですよ。父さんは最近ヒナちゃんねるとか紗理奈の料理配信見るのにハマってるんで、良いPC送ろうかなと。後母さんは最近肩とか腰がアレらしいので」
【なるへそ】
【佐々木春樹もヒナちゃんねる見てたんか】
【俺も両方見てるし。実質レジェンドだわ】
【何が実質なのか……】
【紗理奈ちゃんの配信も中々人気あるよなー】
【義娘の配信を見る義父。なるほどね。閃いた】
【ナイトメア「お前のコメント見てるぞ」】
【ひぇ。お許しを】
【許してくれと言って、許されたらナイトメアなんて呼ばれてねぇんだわ】
【妹絶対守るウーマンは大野以上に妹への誹謗中傷は絶対に許さないらしいからな。終わりだよお前】
【サヨナラ】
「僕はこんな所かな。紗理奈は?」
「私は、幸太郎さんには、朝陽さんと一緒にお菓子作って、朝陽さんには、今出来る一番美味しいご飯、作りたい」
【幸太郎&朝陽イズ誰】
【話の流れ的に父親と母親だろ】
【加奈子ちゃんと紗理奈ちゃんを引き取ってくれた人たちじゃないの?】
【なるへそ】
「ご回答ありがとうございます。佐々木紗理奈さんは料理が得意という事で、その料理を送りたいという事でしょうか」
「はい。師匠にも最近良い感じと言われてます」
「師匠、ですか?」
「風香ちゃんさんです。河合風香さん」
【ほへー】
【たまに紗理奈ちゃんのお料理教室に出てくる人な】
【あぁ、あの頭が大分ヤバイ人】
【ちなみに料理の腕も大分ヤバいぞ。何せ紗理奈ちゃんの一つ上で既に世界が認めるシェフだ。河合風香がレシピを送ったシェフが居るレストランは三ツ星が貰えるとまで言われる程や】
【それは凄い】
【今度食いに行こ】
【一年先まで予約で埋まってますけど】
【ヤバすぎー!】
俺は話を進行させつつ、思っていたよりも奥に切り込める佐々木紗理奈をちょうど良いと見て、別方向から佐々木紗理奈を巻き込みつつ、接触する事にした。
佐々木和樹が居る状況では上手くカバーされる可能性が高いし、警戒されれば面倒だ。
ならば、ここは一度退いてから、進むとしよう。




