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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ゾンビ世界の排除型医療ロボット

作者: 星羽
掲載日:2025/12/26

『生体反応未確認。生存者の探索を続行』


 私の探索モジュールは淡々と結果を導き出した。

 ここにも生存者はいない。

 大きな公園の中心で停止していた私は、ゆっくりと動き出す。

 次の目的地はここから3km離れた旧市街。

 私の通常速度だと10分程だろうか。

 その疑問に、今度は演算モジュールが回答した。


『ここから目的地までの到着予想時刻は午後3時15分です』


 流れてくる情報にどこか古めかしさを感じるのは、カーナビがこのモジュールに応用されているからだろう。

 両足の両側面についたタイヤを、両方の踵に搭載されているモーターを使い回転させ、前進する。

 荒廃した建物を横目に、夕陽の方向へと進んでいると、二柱の影がこちらに向かってくるのが見えた。

 逆光で隠れて顔こそ見えないが、その歩き方に生気は感じられなかった。


「まだ残っていたのか……」


 胸部のスピーカーから独り言をこぼす。

 念の為立ち止まり、その場で探索モジュールを再発動させる。


『生体反応未確認。生存者の探索を続行』


 案の定、探索モジュールは先程の言葉を淡々と繰り返した。

 私は自分に搭載されているもう一つの自分、予備知能に話しかける。


『あれもやっぱり倒さなきゃだめ?』


 その質問に対して、予備知能は答えた。


『生体反応は確認できません。早急に排除すべきです』


 いつも同じことをいう予備知能にうんざりしていた。

 でも、やらなければならない。

 それが、使命だから。

 私は両前腕の端から刃を射出し、タイヤを地面から上げて屈み、踏み込んでその影に接近する。


「ヴゥゥゥゥゥ……グガァァァ……」


 私のカメラは二柱の影に近づくにつれ、その全貌を捉えた。


『やっぱり、死んでる』


 二柱の影は、二人の男女の成れの果てだった。服はまだ破けておらず、比較的新しいようだ。

 まだこの町に生存者がいたのだろうか。

 しかし、()()ではもう遅い。

 だって、もう感染してしまっているのだから。

 私は二人の間に割り込み、両腕の刃で首元を貫く。


「グガ……ガ……」


 二人の人間だった者達は、何の抵抗も出来ずに、本当の意味での骸となった。


「はぁ……」


 息をしていないはずなのに、スピーカーからため息が漏れる。

 私は再びタイヤを下げ、目的地に向けて走行を始めた。


『ねぇ、どうしてこんなことをしなければいけないと思う?』


 予備知能にそう問いかける。


『それはあなたが、対腐敗感染者用排除型医療機器だからです』


 しかし、帰ってくる回答はいつもこうだ。


『私、本当はこんなことをしたく無い』


 ()()()()なんて嘘吐きもいいところ。

 私は感染者を、排除する。

 それが、私にプログラムされた、命令。


『あなたは対腐敗感染者用排除型医療機器の主力知能です。命令に従ってください』


 やはり予備知能は、淡々とそう答える。


『じゃあなんで、博士は私にだけ"感情"なんて機能をつけたの?』


 私は再び予備知能に質問する。


『すみません、それは分かりません』


 本当に、予備知能にはうんざりだ。

 いつも同じことしか帰ってこない。

 今度は予備知能に、いままで訊いたことのない質問をした。


『ねぇ、感情……って、羨ましい?』

『それは分かりません。私は感情を持ったことが無いので、理解しかねます』

『……そっか』


 私を造った博士は、一体なぜ"感情"なんて機能を追加したのだろう。

 私と同じ同業者は、そんなもの無いのに。

 こんな機能、あったって邪魔なだけなのに。

 しばらく走行を続けると、やがて目的地である旧市街にたどり着いた。


『まもなく目的地です』


 そんな古びた演算モジュールの声を聞き、私はもう一度、探索モジュールを発動させた。

 すると……


『生体反応確認。マップデータを演算モジュールに転送』


 探索モジュールが、淡々とそう告げた。


『生体反応……生存者がいるの……!?』


 私が喜びに浸っている間も、体は最適行動を取ってくれた。

 探索モジュールの情報に呼応し、演算モジュールは速やかに演算を行う。


『旧市街地北部までの最短距離は1km。到着予想時刻は午後3時20分です』


 私は演算モジュールの結果に従い、踵のモーターの電圧を上げ、全速力で生存反応のもとへと向かった。



 ***



 旧市街と言われている最北部。

 大きな川とフェンスで隔たれたこの地に、一人の少女は追い込まれていた。


 「ヴゥゥゥゥゥ……」


 ジリジリと迫りくる、腐敗した男の呻き声を背に少女はひた走る。

 しかしたどり着いた先は、高く聳え立つフェンス。

 安全区域は川を隔てたすぐ先。

 目と鼻の先だというのに、少女にフェンスを超える手段は無かった。



 ***



 「ヴァァァァア!!」


 私はその屍の呻き声を聞き、そちらの方向へと進路を調整する。

 私は予備知能に問いかける。


『声が聞こえてきた方向って……!』


 それに対して帰ってきた返答は、こうだった。


『探索モジュールが導き出した生体反応の位置と一致しています』


 生存者が、また一人いなくなる。

 そして、感染者が、また増える。

 私はそんな負の連鎖を断ち切るために造られた存在のはずだ。

 もう薄れていく生体反応を、何もできずに受信し続けるのは嫌だ。

 また、何も出来ないのか。

 また何も出来ずに、終わってしまうのか。

 …………もう、そんなのは嫌だ。


 廃れた家々を横目に、尚も最高速度で旧市街を駆ける。

 坂を越えて下り坂に差し掛かったところで、その生体反応の発せられている根源と、呻き声の正体が見えた。


 一人の少女が、大柄な感染者に追われている。


『あれは……!』

『生体反応の根源を確認。救助を最優先』


 探索モジュールが、そんな当たり前の指示をしてくる。


『そんなの分かってるって!』


 私は全速力で坂を下る。


 ビーーー! ビーーー!


 突然、自分の体が警告音を鳴らした。

 長らく聞いていなかった警告モジュールの警報だ。


『右脚両側部のタイヤに急激な発熱を確認。異常な摩擦によるものと推測。直ちに速度を落として下さい』


 ビーーー! ビーーー!


 尚もなり続ける警報。


『タイヤの損傷は当機にとって大きな損害です。速度を落として下さい』


 今度は予備知能が、警告モジュールに続いて警告を始めた。


『うるさいなぁ! 救助が最優先なんじゃ無いの!?』


 私は警告モジュールと予備知能にそう反論しながら、タイヤを上げて地面に踏み込み、大きくジャンプをする。


「くそ……っ! もっと……もっと速く走れれば……!」


 タイヤ走行から歩行モードに切り替えた私は、前方に見える二つの人影を見ながら、そんな声を漏らす。

 二つの人影は、坂を下りきると、T字路を右折した。


『ダメだ! その方向は……!』


 私の想いに反応した予備知能が、速やかにマップデータにアクセスし、答える。


『前方右折後100m先、行き止まりです』


 また一人、減ってしまう。

 感染者がまた一人、増えてしまう。


「間に合えぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」


 坂を下り切った私が、右折して見たものは……

 行き場を失った少女が、屍に押し倒され首筋を噛まれている姿だった。


「…………っ!」


 私は少女を押し倒している大きな屍目掛けて走り、その屍の首を切り落とした。


 「ヴッ……グ……ガ……」


 少女を噛んでいた感染者の腐敗した頭は、いとも簡単に地面に転げる。

 少女の首筋を見ると、すでに首筋は腐敗していて、片目まで腐蝕が進行していた。


「ま…………た…………」


 少女の生体反応が、少しずつ薄れてゆく。

 また、何も出来なかった。

 私は、また、何も…………


『生体反応の減少を確認。生存確率は0%と推測。直ちに排除してください』


 排……除…………?

 探索モジュールの提案に、耳を疑う。


『排除……だって……? まだ意識があるんだ! 助かる方法は……!』

『生存確率は0%と推測。直ちに排除してください』


 探索モジュールは、その冷酷な提案をただただ繰り返す。

 少女は、自分の腐敗した首筋に手を当てると、静かに首を下に項垂れた。

 顔は長い髪に隠されていて見えないが、涙が、ポタポタと、何滴も落ちてゆく。

 私達は、感染者を排除する為に造られた存在。

 感染者は全て排除する。

 そんなプログラムの元動いている。

 普通のAI……同業者だったら、この娘の首を刎ねていただろう。

 ………………だけど、私は違う。

 私は少女に手を差し伸べると、静かに言った。


「私は、貴方の首を刎ねたりはしない」


 少女は、下げていた頭を上げる。

 その瞳は、絶望と悲しみの涙で満ちていたけれど、確かに、少しの希望を持っていた。


「私は、他のロボットとは違う。貴方が変わり果ててしまうその最期まで、首は刎ねない」


 少女は私の手を握ると、半身が腐敗し、今もなお止まらず腐蝕し続けている体で、立ち上がった。

 少女は立ち上がった後も、私の手を握ったまま、微笑んだ。


「ありがとう……」


 その涙は、悲しさの為か、嬉しさの為か、私には分からなかった。

 しかし、その少女の最期まで、一緒にいることが、救えなかった事へのせめてもの償いだ。

 そう、思った。

 …………けれども、私の体はそれを許してくれる事は無かった。

 そんなことすらも、許してはくれなかった。


『主力知能の提案拒否を受信。優先度を提案から命令に変更。直ちに感染者を排除しなさい』


 探索モジュールが、今隣に立っている"人"を排除せよと、命令してくる。


『まだ……そんなことを言うのか……!』


 頭を抱えて苦しそうにする私を見て、少女は首を傾げた。

 ……この少女に、この命令が聞こえる事はない。

 これは、探索モジュールが私に向けて発信している命令だ。

 それが、せめてもの救いだった。

 この少女は、私のデータの中で起こっている、残酷な命令を聞かずに死ぬことができる。

 悲しいまま、死なずに済む。

 …………そう、思っていた。


『主力知能の命令拒否を確認。続いて、予備知能に命令を譲渡します。直ちに排除しなさい』

『探索モジュールの命令を確認。直ちに排除します』


 その言葉と同時、体の主導権が予備知能に譲渡された。

 私の右腕から刃が射出され、大きく振りかぶる。


『嘘……! なんで、予備知能が……! ねぇ! 主力知能は私なの! 体の主導権を返して!』

『主力知能からの提案を拒否。探索モジュールからの命令を続行します』

『ダメ! やめて!』


 主力知能である私の身体主導権をいとも簡単に取り上げた予備知能は。


「やめて……! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 その少女の首を、刎ねた。



 少女の首は、宙を舞い、地面に転げ落ちる。

 刎ねられた首は、こちらを見ると、動かなくなった。

 絶望と悲しみの、入り混じった顔のまま。


「なん…………で………………?」


 スピーカーから、渇いた声が漏れ出る。

 尚も体の主導権を握っていた予備知能は


『任務遂行。体の主導権を主力知能に譲渡します』


 と、感情のこもらない言葉をつらつらと述べた。

 体の自由が戻って行く……。


「なん……で…………!」


 冷たい鉄でできた胸元のスピーカーから


「なんでまた…………!」


 悲嘆、憎悪、後悔、そんな感情がこもった悲痛の叫びが


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


 この終焉へと向かう世界に、響き渡った。

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