08.不器用すぎる優しさ
「───めでたしめでたし」
なんでもないように笑う彼を目の前にして、何の言葉も発することができなかった。
(ルーカスは魔王の実子で、しかも後継者だった? もしそうなら尚更、どうして勇者と同じラストネームを名乗っているんだろう……)
何より、その話は死にたい理由にはなりうるが、わざわざ旅をする目的にはならない。
『……ルーカスのことを大切に思ってくれる人がいるのに、どうして死のうとするんですか?』
『───大好きな存在を、守るためだよ』
あの時の言葉にも、説明がつかなかった。
突如明かされた過去に、謎はますます深まるばかりだ。
「他人の期待に応えるための生き方をしていると、彼のようにいずれ破滅する時が来るよ」
ルーカスはそう言って自嘲的な笑みを浮かべる。
一方で、純粋な昔話として受け止めたらしいマリーは、複雑そうな表情で考え込むように俯いた。
「ですが、亡くなった両親から受け継いだヴィンセントの家名を捨てる訳にはいきません」
「君の両親も、叔父のように厳しかったの?」
静かな問いかけられると、じきにマリーの瞳から涙が溢れた。
彼女はゆっくりと、それでも明確に首を横に振る。
「いいえ。両親はずっと、私の夢を、応援してくださいました」
「マリー様の、夢って?」
「幼い頃から、魔法使いになりたかったのです」
テオドールを見て、目元を赤くしながら微笑むマリー。
彼女の表情はすでに苦悩する当主のものではなく、年相応できらきらと輝いていた。
「いつか魔法学校を卒業して、世界中で活躍する魔女になりたいと、かつては口癖のように言っていました」
「……テオドール、最上級魔法とか教えてあげなよ」
「最上級魔法ですか!? …………あと一日しかないので、どんなに頑張っても中級魔法を習得するのが限度だと思いますよ」
予期せぬ無茶ぶりに渋い顔をすると、ルーカスは小さく頷いてマリーへ視線をやった。
「明後日の朝には出立するけど、それまではテオドールに魔法や最早アホを疑うレベルのボジティブシンキングを存分に教わるといいよ」
「待ってください、今俺のことをアホって言いました?」
「だってテオドールの厚かましさというか、強靭メンタルは天性のものでしょう? それならせめて考え方だけでも、と思って」
「なんでアホを否定してくれないんですか!」
「僕は眠いから、宿に戻って少し寝てくるね。また夜までには戻るから」
そう言うなり、そそくさと食堂から出ていってしまうルーカス。
なお、彼の前にあった料理は一つ残らず食べ尽くされていた。
相変わらず食い意地が張った彼に呆れていると、マリーの小さな笑い声が聞こえた。
「カディオ様って、最初は怖い方に見えましたけど、実はとてもお優しいんですね」
「優しい、ですか?」
「私のために、さりげなく滞在期間を伸ばしてくださいましたもの」
嬉しそうな彼女の言葉に、思わず苦笑する。
「これまでのご迷惑を考えると、まだ短いくらいですよ」
なにせ、地雷の多いルーカスの相手はテオドールでもやっとなのだ。
なんともいえない顔をすると、マリーが不意に悪戯をするような笑みを浮かべた。
「それでは、苦労されているテオドール様にいいことをお教えしますね」
どこか楽しそうな彼女の意図が分からず、僅かに首を傾げる。
「カディオ様に喧嘩の経緯をお聞きした際、興味本位で『そもそも、なぜテオドール様と旅をご一緒されるのですか?』とお尋ねしたのです」
途端にテオドールは小さく息をついた。
(どうせ、金銭管理とか食糧に困るからだろうな)
容易に答えが想像できたが、マリーの好意を無下にするわけにはいかないと思い、あくまで自然に問いかける。
「ルーカスは、なんて仰っていたんですか?」
「それはですね、───────」
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
はあ、と重い溜息をつくと、隣を歩くルーカスに優しく頭を撫でられる。
「テオドールは秀才、彼女は天才だったってことだよ」
「……あの、今本当に落ち込んでいるので、ちゃんと慰めてもらっていいですか?」
テオドールが独学で上級魔法を習得するのには一年ほどの月日を要した。
それにも関わらず、マリーはあっという間に中級魔法を獲得した挙句、わずか半日で上級魔法を成功させてしまったのだ。
『テオドール様の教え方がとても分かりやすかったからですよ』
幸せそうに笑う彼女の笑顔を見た時は心底喜ばしかったが、そこそこ高かったはずのプライドはずたぼろだった。
自信をつけたマリーは、これから本格的に魔法使いを目指すことにしたらしい。
『叔父に全てを打ち明けたら、泣いて謝られました。彼はとても不器用な方だったようです。これからは私の夢を全力で応援すると言ってくださいました』
ヴィンセント家からは相場の五倍の金額を支払われた。
またアロヴィンに立ち寄ることがあれば、必ず顔を出すという約束も交わした。
「やっぱり魔法学校に通って鍛えた方がいいんじゃない?」
素っ気ない言葉にムっとするが、マリーの言葉を思い出し無意識に口元が緩む。
それを見て何を思ったのか、ルーカスが顔を引き攣らせた。
「……ついに、拒絶されることに快感を覚え始めたの?」
「ちょっと! 純情な少年になんてこと言うんですか!」
「変態はアロヴィンに置いていこうかな」
わざとらしく早足で歩き始める彼の後ろ姿を笑いながら追いかける。
『テオドールは僕がいないと、一人になっちゃうから』
その理由が面と向かって伝えられることは、きっとないだろう。
ルーカスは、世界で一番不器用な男だから。
(絶対に死なせない。本人がどれだけ嫌がろうと、命を賭けてでも救ってやる)
───こうして、二人は魔法都市アロヴィンをあとにした。




