06.本当の原因
マリーに促されるままヴィンセント邸の食堂に場所を移すと、そこには三人分の豪華な食事が用意されていた。
焼きたてらしきパンや温かいスープは勿論、瑞々しいサラダやふわふわのスクランブルエッグなど。
テオドールからすると、一週間分はありそうな量に見えた。
「今朝は、お客様がいらっしゃるんですか?」
少しの期待を胸に秘めておずおずと尋ねると、少女は小さく笑う。
「昨夜カディオ様から喧嘩の理由を聞きました。食糧に困っていたのなら、もっと早くからおもてなしいたしましたのに」
「え……?」
「カディオ様が予備の食糧を全てこっそり食べてしまったのを怒っていらっしゃるのでしょう?」
慈愛に満ちた瞳で見つめられ、思わず曖昧な愛想笑いを浮かべる。
困惑しながら彼女の後方にいたルーカスに視線をやると、得意げな表情と控えめなサムズアップを返された。
(まさか、豪華な食事のために天使のようなマリー様を騙したのか……?)
信じられない思いで咎めるような目を向けると、ルーカスの口が声を伴わずに動いた。
い ら な い の ?
テオドールの良心が大きく警鐘を鳴らしている。
それでも美味しそうな香りに鼻孔をくすぐられると弱かった。
「せっかく用意させたので、温かいうちに食べましょう」
「……とても有り難いお気遣いですが、依頼料もいただく上でご馳走になる訳には」
「半ば諦めていた魔力暴走の解決の糸口を見つけてくださいましたもの。むしろこれくらいさせて下さい」
優しく微笑みかけられて、テオドールは静かに深く頭を下げた。
おそるおそる高級そうな椅子に座り、改めて壮大な光景に息を呑み込んだ。
自然に美しい所作で食べ始めるルーカスを盗み見しながら、できる限り全神経を研ぎ澄ませてオニオンスープを口元に運ぶ。
途端に甘さと少しスパイスの効いた味わいが口の中で広がり、無意識に表情が緩んだ。
「カディオ様は、礼儀作法をどちらで学ばれたのですか?」
マリーが心底驚いたように目を見開く。
やはり教養のある貴族視点でも、彼の食べ方は洗練されているらしい。
どこかの貴族なのかと尋ねても一向に教えてくれる気配はなかったが。
「───兄から、教えてもらったんだ」
穏やかな表情で告げられた言葉に忙しなかった食事の手が止まる。
彼から兄弟どころか、家族の話を聞くのは初めてのことだった。
「まあ、お兄様がいらっしゃるのですね。今はどちらにおられるのですか?」
「…………さあね、知りたいとも思わない」
ルーカスの言葉に一瞬で和やかだった空気が凍りついた。
以前より過去のことを話してくれるようになったが、まだ触れてほしくない明確なラインがあるようだ。
しかし、彼が誰かを拒絶する時、彼自身が一番傷ついたような顔をしていることに気がついたのはつい最近だ。
戸惑った様子でこちらを見るマリーに、お気になさらずという意味を込めて小さく首を振る。
「そろそろ本題に入りましょう。ルーカス、マリー様の魔力が暴走する本当の原因について、教えてください」
わざと明るいトーンで問いかけると、彼ははっとして頷いた。
「さっきも言ったけど、あれは呪いなんかじゃなくてただのストレスだよ」
「「………………え?」」
予想外の答えにテオドールとマリーの声が重なる。
ストレスで魔力が暴走するなんて、一度も聞いたことがなかった。
(まさか、適当なこと言ってるんじゃないよな?)
疑いの目を向けると、ルーカスが心外だとでもいうように肩をすくめる。
「人間ではあまり見かけないけど、魔族ではよくある症状だよ」
「魔族、ですか……?」
「奴らは魔力量が膨大な代わりに、定期的に溜まった魔力を発散しないとそれが勝手に暴走し始めるんだ」
「そんな話、一度も聞いたことありませんよ……?」
「魔族どもは必死に隠してるからね。それで魔法医も呪いに見当をつけたんじゃないかな」
さらっと爆弾発言をするルーカスに開いた口が塞がらなかった。
しかし、彼の話に筋が通っているのもまた事実だ。
「話して良かったんですか……? 魔族に命とか、狙われません?」
「その時はテオドールが全力で守ってね」
「なんでそっちがヒロインポジションなんですか……」
にこにこ顔のルーカスを見て呆れたように溜息をつく。
すると、今まで沈黙していたマリーが小さく手を挙げた。
「あの、私は確かに魔力が多い部類に入りますが、決して魔族ほどではありません。それなのに、なぜ暴走するんでしょうか?」
青色の瞳を不安そうに揺らす彼女に、ルーカスはあくまで冷静だった。
「だから、ストレスが原因なんだよ。ただでさえ君の身体は成長途中で魔力が不安定なのに、勉強や執務に追われて無理をしすぎたから」
「しかし、自分を追い込んででも頑張らなければ、叔父様にヴィンセント家の当主として認めていただけないのです!」
凛とした表情を崩さないマリーの頬を一粒の涙が伝う。
初めて出てきた叔父という単語に、完璧な少女の本心が滲んでいた。
(マリー様はその期待に応えるために、どれだけのものを犠牲にしてきたんだろう)
彼女にかけられる言葉が見当たらず俯いていると、耳馴染みのいい中低音の声が聞こえた。
「昔々とある魔界に、初代魔王と同じ黒髪黒眼をもつ王子が産まれました」
突然語り口調になったルーカスを不思議に思いながら顔を上げる。
そこには懐古と嘲笑がないまぜになったような表情の彼がいた。




