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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第一章

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05.ふざけた男

 マリーが入浴を済ませてくると言って執務室を出たのは、二十四時をまわってからだった。

 既に浅い眠りに入っていたテオドールは、扉の閉まる音に飛び起きる。


「起きてる! ちゃんと起きてる!」


 慌てて周りを見渡すと、ルーカスが呆れたような顔でこちらを見ていた。ちなみに彼は魔族なので、余程疲れていない限り短時間の睡眠で事足りるらしい。

 昨夜まではなんとも思っていなかったが、今夜はどうにもマウントを取られている気がしてならなかった。


 素知らぬ顔をして再びカウチに腰掛けると、珍しくルーカスの方から話しかけてくる。


「宿でのことは、確かに考えなしだったと思う。本当にごめんなさい」


 弱々しい声が聞こえて視線をやると、フードを脱いだルーカスが黒い瞳を不安そうに揺らしていた。

 一瞬絆されそうになるが、途中で正気に戻り首を横に振る。


「正直俺は、ルーカスが何を考えているのか全く分かりません」


「……テオドールがいないと、お金の管理とか食べ物に困るなと思ってるよ」


「そこは嘘でも『テオドールがいないと寂しい』くらい言ってください」


「テオドールがいないと寂しいな」


 にこやかに答えるルーカスにますます疑惑の目を向ける。


『今の僕にはテオドールがいる。だから、もうアイクは必要ない』


 先程の言葉が脳内で反芻されて、無意識に唇を噛み締めた。


(ルーカスは、なんで僕を捨てなかったんだろう)


 どれだけ考えても、あの護衛騎士よりテオドールをとる理由が見つからない。

 しかし、忠誠心のあつい彼と約束してしまったため、ルーカスの傍から離れる訳にもいかなくなった。


 ぐるぐると考えているうちに再び強烈な睡魔に襲われて目を閉じる。


「ルーカス。マリー様が、戻って、こられたら、起こして…………」


 最後まできちんと言えたかどうかは分からない。

 重い瞼を持ち上げることができないまま、テオドールは静かに意識を手放した。




 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢




「────……ですか?」


「あくまで僕個人の意見だけどね」


(誰かが話してる……? ルーカスと、もう一人は──)


 はっとして起き上がると、大きな窓から差し込む眩い朝日が目に入る。今日ほどその光景が絶望的に見える日はなかった。


「おはよう、テオドール。よく眠れた?」


「おはようございます、テオドール様」


「…………おはよう、ございます」


 麗しい微笑みを浮かべるマリーと目が合い、顔が赤くなるのを感じながら挨拶をした。

 そして、彼女の隣で爽やかな笑顔を向けてくるルーカスを恨みがましく睨みつける。


「洗面台を借りて、顔洗ってくる?」


 彼の言葉を聞いて反射的に後頭部へ手をやると、いつも通り髪の毛が元気に跳ねている。

 せめて顔に涎のあとがついていないことを祈りながら、心優しいマリーの好意に甘えさせてもらった。


「絶対に、許さない……!」


「顔こわいよ」


 用意してもらったふわふわのタオルで顔を拭きながら呟くと、背後から能天気な声がした。

 いつの間にかそこにはルーカスが立っている。


「起こしてって言いましたよね!」


「ちゃんと魔力暴走は止めたから大丈夫だよ。本当の原因も多分分かったし、褒めてほしいくらいだ」


「そういう話じゃ……え、最後なんて?」


「ん、褒めてほしいくらいだ?」


「違いますよ! 本当の原因がなんとかって」


 強く否定したからか、ルーカスが若干不満そうな顔をする。でも今はそれどころではないため、敢えて構わずスルーした。


「彼女の魔力暴走は、呪いなんかじゃないよ。僕の力で無効化できたからね」


「はえ……?」


 なんてことないように告げられた内容に、我ながら間抜けな返事が出た。


 マリーの症状が呪いでないなら、一体なんだというのか。

 そして、一番気になるのは『僕の力で無効化できたからね』という言葉の意味。


 嫌な予感がしつつも、意を決して口を開く。


「なんで、そんなことが言い切れるんですか?」


「呪いなら魔力がドブみたいに濁ってしまうでしょう? 僕は潔癖症だから、そんなばっちいものに触れる前に拒否反応が出るんだよ」


 けろっとした顔でふざけたことを抜かすルーカス。

 この男は、もしマリーが本物の呪いを受けていたらどうするつもりだったのだろうか。

 全ての感情を一つの溜息に込めて、盛大に吐き出す。


「その話、マリー様にはしたんですか?」


「少しだけね」


「では早く戻って、今後の対処方法を話し合いましょう」


(次にアイザック様にお会いしたら、絶対にこの不良品をお返ししよう)


 胸の内で固く決心するテオドールを見て、ルーカスは不思議そうに首を傾げた。




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