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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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37.初めまして

 食事処リュカーフを出ると、あたりはすっかり夜の姿になっていた。

 濃紺色の空にはまんまるに満ちた月が浮かび、その周りを飾るようにいくつもの小さな光が瞬いている。

 そしてその下では老若男女がきらきらとした笑顔を振りまきながら、夕食になにを食べようか悩んでいるようだった。

 ここは様々な料理店が並んだ通りにあるため、この時間帯は非常に賑わうらしい。


 そんな人の波をかき分けるようにして、イヴの後ろ姿を追う。

 途中で何度かルーカスがついてきているか確認するように後方を振り向くと、彼に苦笑をこぼされた。


 人通りがだいぶ落ち着いてきた頃、ルーカスがテオドールの隣にやってくる。


「そこまで心配しなくても大丈夫だよ」


「迷子の常習犯のくせに、なに言ってるんですか」


「今はお腹いっぱいだから、美味しそうな匂いにつられることはないって」


 思い当たる節があるせいか、少し不服そうな顔をするルーカス。

 テオドールはそんな青年を見て、小さく笑う。


 その時、イヴが突然立ち止まり、こちらを振り返った。


「ここよ」


「え、ここですか……?」


 イヴに連れてこられたのは、大通りの隅にひっそりと佇む古い家屋だった。

 白い塗装が施されていた形跡はあるものの、今はその色も黄みがかっており、年季が感じられる。隣の高い建築物に月光が遮られ、翳った場所にこぢんまりと建っていることもあり、独特の雰囲気が漂っていた。


 入口の横には背の高いランプと立て看板があり、その中央にあるお手本のような綺麗な文字を控えめに照らしている。


『解呪、承ります。』


 料金どころか、営業時間すら記載されていない、とても簡素な文章。

 それがかえって、どこか怪しげに見える。


 ”知る人ぞ知る”というより、”知る人しか立ち寄る気が起きない”という表現がぴったりくる。

 それほど、この大通りでは異質な空気に包まれている空間だった。


 わずかに怖気づくテオドールだったが、イヴはなんの躊躇いもなくその扉に手をかける。


「こんばんはー!」


「イヴさん? こんな時間にどうなさっ……」


 ルーカスが彼女に続いて入ると、聞き覚えのある少女の声が止む。

 彼の後ろからこっそりと中を覗くと、そこには案の定驚いたようなリアの姿があった。

 彼女は受付用の木製のカウンターの向こうで立ち上がり、紫色の瞳を大きく見開いている。


「それじゃあ、私は店に戻るわね。いい報告を待ってるわ」


「あ、ありがとうございました!」


「ありがとうございました」


 優しい微笑みを残して、あっという間にいなくなるイヴ。


 やはりこの忙しい時間帯に案内をお願いするのは、すごく申し訳なかった。

 しかし、ここまでやってきたからにはなにかしらの成果を得られるはずだ。

 イヴの親切に応えるためにも、引き返すことは許されない。


 三人だけになり、重い沈黙が訪れる。


 リアはなにも聞いてこない。

 というより、こちらの出方を伺っているようだった。


 最初に言葉を発したのは、ルーカスだった。


「母上に会いに来たんだ」


 揺るがない決意が表れた、芯のある声音。

 彼の顔に迷いはなかった。


「それでは、やはり解呪を……」


 そう言うリアの声はかすかに震えている。

 しかしそこに怒りの色はなく、動揺と戸惑いがあるだけのようだ。


 そんな彼女から視線を外し、首を振るルーカス。


「それはまだ分からない。母上に会ってから決めようと思ってる」


 リアはそんな彼の言葉を受けて、黙り込んでしまう。

 なにか考えているようだが、咄嗟に反対するようなこともしない。


 こういう反応を見る限り、ルーカスの主張は正しいのかもしれない。

 好きか好きでないかは定かではないが、少なくとも彼のことを尊重してくれているように見える。


 やがてリアが深い溜息をついて、ルーカスを真っ直ぐに見つめる。


「……マディ様は奥の部屋にいらっしゃいますわ」


 それだけ言って、静かに椅子に腰を下ろすリア。

 彼女は黒魔法の解呪を止める気はないようだ。


 ルーカスはそれを予測していたように、彼女に柔らかい微笑みを向ける。

 すると彼女は複雑そうな顔をしながらも、その頬にはほのかな赤みが差す。


「え……?」


 思わず出た困惑の声に気づいた時には遅く、二人の視線がテオドールへ向けられる。


(本当に相思相愛だったのか!?)


 内心ではひどく動揺したが、今はそれどころではないのだ。

 なにもなかったかのような顔をして、ルーカスの背中を押す。


「ほら、ルーカス! 早く行きましょうよ!」


 そんなテオドールに待ったをかけたのはリアだ。


「貴方、どういうつもりですの?」


 冷たく鋭い口調で問いかけられ、思わず首を傾げる。

 リアはなにも分かっていない少年を見て、わずかに眉根を寄せる。


「18年ぶりに親子が再会するのに、部外者がいていいはずがないでしょう?」


「でもルーカスはものすごくチョロいので、心配で……」


 ごもっともな指摘だと思うが、素直に聞くことはできない。

 勿論ルーカスの意思を尊重したい気持ちはあるが、マディに言いくるめられてしまう可能性もあるのだ。


 少年の必死の抵抗に、リアは少し考えるような素振りを見せる。

 そしてゆったりとした仕草でカウンター下の棚から取り出したのは、彼女の片手にすっぽりと収まるくらいの大きさの水晶玉だった。


「こちらに部屋のなかを見られる水晶玉がありますから、貴方がついていかれる必要はありませんわ」


「……はい」


(そんなに小さい水晶玉、見にくいに決まってるだろ!)


 そう抗議したい気持ちはあったが、紫水晶の瞳でじっと見つめられると、その圧に逆らうことはできなかった。

 不思議と、母親に叱られた時のような気分になってしまったのだ。

 ルーカスには感じない”年上らしさ”が、彼女にはあった。


 リアに黙らされたテオドールを可哀想に思ったのか、ルーカスが助け舟を出そうと口を開く。


「テオドールが一緒なら心強いんだけど……」


「つべこべ言わずに、早く行ってくださいまし。マディ様は読書に夢中でノックの音に気づかれないことが多いので、お返事がなくてもそのまま入っていただいて構いませんわ」


「……分かった」


 テオドールと全く同じ……というか、もう少しひどい扱いを受けるルーカス。

 寂しそうにしながらカウンター横の廊下から奥の部屋を目指し、歩き始める。


(これはだいぶ尻に敷かれてるな)


 哀愁の漂う彼の背中を見送っていると、リアに声を掛けられる。


「どうぞ、お座りになって?」


 自分の横にある椅子を示す彼女に、テオドールは慌てて頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」


 カウンターの裏に回り込み、勧められた椅子に座る。


 それを確認したリアが右の手のひらに例の水晶玉をのせたまま、左手を空中で大きくスライドさせる。

 するとなにもなかった空間に突如として、大きな黒い長方形が現れた。


 カウンターから天井近くまである大きさのそれは次第に模様を変え、書斎のような部屋でカウチに身を預け、読書を嗜んでいる若い女性を映し出す。

 腰のあたりまである真っ直ぐな金髪と、透けるように色白な肌。そして、その中で一際強い存在感を放つ漆黒の瞳。魔族というだけあって、非常に整った容姿をした女性だ。

 質素な茶色のワンピースを身に纏っていても、彼女の気品は全く損なわれていないように見える。

 黒い瞳を持っていることから、おそらく彼女がマディだと思われるが。


「こ、この方がマディ様ですか……?」


「えぇ」


 隣に座るリアに尋ねると、小さな頷きが返ってくる。

 信じられない思いで視線を戻すが、やはりそこにはルーカスの母親と呼ぶには若すぎる女性の姿が映っていた。


(そういえば、魔族ってある年齢に達すると見た目が変わらなくなるんだっけ……?)


 フリードリヒやイザヤの姿を思い浮かべながら、そんなことを思い出す。


(あれ、じゃあリア様も実はかなり年上だったりするのか……?)


 正直すごく気になる。

 でも、女性に年齢を聞くのはあまりよろしくない。


 ちらりとリアの顔を伺うと、紫水晶の瞳と目が合う。


「私はまだ20歳ですわよ」


「え、な、なにも言ってませんけど」


「顔に書いてありましたわ」


「……申し訳ありません」


 物言いたげな目を向けられ、静かに頭を下げた。

 それに対してリアは小さな溜息をこぼし、ほのかな微笑みを浮かべる。


 その時、遠くからノックの音が聞こえた。

 ルーカスが向かった部屋の方向からだったことを考えると、彼が意を決して扉をノックしたのだろう。


 急いで映像を見るが、マディは分厚い本に夢中で、ノックの音に気づく素振りは全くない。


 やがて部屋の扉が開き、ルーカスがおそるおそるといったふうに入ってくる。


 彼は静かに扉を閉めて、彼女に歩みろうとする。

 だが、その足はすぐに止まってしまう。


 彼女を見つめる黒い瞳には、期待と不安がともに揺れていた。


「は、母上……」


 かろうじて聞き取れるほどの小さな声。

 しかしその瞬間、マディの纏う雰囲気がまったりと和んだものからひどく緊張したものへと変わった。


 ゆっくりと持ち上げられた視線がルーカスの姿を捉え、黒い瞳が大きく瞠られる。


 動揺したように自身の頭に添えられた彼女の手は、やがて頬を伝い、緩やかに下ろされる。


 それから少しの間俯き、再び前を向いたマディの顔には美しい微笑みが称えられていた。


「――――初めまして、()()()()くん」


 明らかな距離を感じる言葉に、ルーカスが取り繕うような笑みを浮かべる。

 それは彼の抑え込んだ感情が今にも溢れ出しそうな、憂いを帯びた笑みだった。




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