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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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36.惚気話には冷やかしを

()()のもとまで案内していただけますか?」


 ルーカスから発せられた単語に、テオドールは驚きを隠せなかった。


(ルーカスは、マディ様のことを母親として認めているんだ……)


 マディは彼の実の母親だから、当然といえば当然だ。


 生まれてこのかた、母親らしいことを何一つされていないとはいえ、一人だけで魔界を出たのもなにかしらの事情があったのかもしれないし。


 一概に彼女を強く責めることはできない。

 なにせ、彼女もあの魔王から被害を受けた一人なのだから。


 テオドールですらそう思うのだから、ルーカスはもっとだろう。


 黒い瞳を真っ直ぐに向けられたイヴは、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「えぇ、勿論よ。今から店を出る支度をしてくるから、ここで待っていてくれる?」


「分かりました」


 ルーカスの返事に頷き返すと、引き戸に手をかけ、部屋から足早に出ていくイヴ。

 その後ろ姿を見送ったあと、突如として静寂が訪れる。


 テオドールがそっと隣の青年を見上げると、どこか強張ったような横顔があった。

 緊張感が漂う表情に、ようやく彼の心情を察する。


(やっぱり、マディ様に会うのはこわいのか……)


 それは母との対面に対する漠然とした不安や、その先に下さなけらばならない決断への憂いなのだろう。

 テオドールにはどうしようもできない領域だ。

 そう分かっていても、苦しそうな彼を放ってはおけない。


 なにか気分転換になるような話題はないかと記憶を漁っていると、黒髪紫眼の少女の姿が脳裏をかすめる。


『そういうことでしたら、マディ様の元へお連れすることはできませんわ』


 そう言って、彼女はルーカスの話を静かに一蹴していた。

 そのあと彼女からマディ側の事情を聞いたが。

 あそこまで知っていたということは、彼女はマディの近くにいる可能性が高いのではないか。


 なんとなく嫌な予感がして、ルーカスに問いかける。


「マディ様の傍には、リア様もいらっしゃるんじゃないですか?」


「多分、そうだろうね」


「……大丈夫なんですか?」


「なにが?」


 心配するテオドールに、不思議そうに首を傾げるルーカス。

 なにも思い当たることがなさそうな彼を見て、テオドールはわずかに眉根を寄せる。


「リア様は、ルーカスの呪いを解くことに強く反対されていたので」


「強く反対……?」


 ルーカスが小さな声で少年の言葉を反復する。

 その一方で、テオドールは予想外の反応に困惑し、瞬きを繰り返す。


 あの時一緒にいたはずなのに、この認識の違いはなんなのだろう。


 テオドールは正直、リアに対してあまり良い印象を抱いていない。

 それは、マディ側の都合を一方的に押しつけられたからだ。


 婚約者としての情など存在しない。

 そう言わんばかりの突き放し方だった。


 だからこそ、そんな彼女がマディの近くにいれば、またなにか言われて面倒なことになるかもしれないと思ったのだが。


 ルーカスはしばらくなにかを考え込んでいたが、やがてこちらへ視線をよこす。

 その顔にはほんのりと淡い微笑みが浮かんでいた。


「リアはね、ああ見えて僕のことが大好きなんだよ」


「……はぁ?」


 少し遅れて素っ頓狂な声をあげるテオドールを見て、可笑しそうに笑うルーカス。

 しかし、「冗談だよ」と訂正される雰囲気はまるでない。


(まさか、本気で言ってるのか……!?)


 混乱しているテオドールを落ち着けるように、ルーカスが話を続ける。


「なにも覚悟していない状態で、黒魔法を封印した代わりに目の前で母上が命を落としたら、間違いなく僕は自分のことを責めて、許せなくなる。リアはそれが分かっているから、あそこまで忠告してくれたんだよ」


 彼の言葉に頷こう……として首を傾げるテオドール。


 なんとなく話はわかったが、納得することはできない。

 リアの言動は明らかに想い人に対するものではなかったからだ。

 でもそう言われてみると、時折寂しそうな表情をしていたような気がしないでもない。


 そんな少年の心情を察したのか、ルーカスが小さく笑う。


「ちょっと不器用だけど、そんなところもかわいいでしょ?」


「いや、不器用同士の恋愛事情に共感を求めないでくださいよ。なんか、聞いてるだけで疲れそうなので……」


 小さく溜息をつくテオドールに、ルーカスは心外そうな顔をする。

 だが、その顔もすぐに複雑そうなものに変わる。


「リアは、自分が黒魔法覚醒の引き金にならないように、ある日突然行方をくらませるくらいには、僕のことが好きなんだ」


 尻すぼみに消えていく声。

 ”僕のことが好き”とはっきり口にするのはさすがに照れくさかったのか、あからさまに視線を逸らすルーカス。

 彼の顔は平静を装っているものの、その耳は真っ赤に染まっていた。


(そんなに恥ずかしがるなら、わざわざ言わなければいいのに……)


 内心呆れつつも、それより前の彼の言葉は簡単に聞き流せるものではなかった。


「リア様がルーカスの傍にいることが黒魔法覚醒の引き金になるって、どういうことですか?」


 テオドールの疑問を受け、静かに表情を変えた彼の視線が再びこちらへ向けられる。

 その黒い瞳に先ほどまでの嬉々とした色はなく、かすかな哀愁と切なさを帯びていた。


「相思相愛の恋人が目の前で殺されたら、誰だって心が壊れるでしょ……? リアは魔王に決められた婚約者だったし、あの男の計画にはリアの殺害が組み込まれていた可能性が高いんだよ……」


 救いようのない魔王の狡猾さに、テオドールは言葉を失った。


 あくまで可能性の話といえど、魔王がなんの企みもなく、彼に婚約者をあてがうはずがない。

 つまり、リアは事前にそれを察して、ルーカスの傍を離れたということになる。


 もし、彼の言う通り相思相愛の仲だったなら、その別れはどれだけ辛かっただろう。

 リアもルーカスも、相当苦しい思いをしたはずだ。

 それは今の彼の様子からも伺うことができる。


 でも、ここでテオドールがとるべき行動は、そんな彼らに同情することじゃない。

 同情したところで、彼に笑顔は戻らないのだから。


 それに、しきりに自分は愛されているとアピールしてくるあたり、彼なりに納得した結果なのかもしれない。

 だから、慰めの言葉をかけるのは違う気がした。


(きっと、一番いい返しは――――)


「……リア様は単純に殺されるのがこわくて、ルーカスの傍を離れただけでは?」


 あえて空気を読まず、真向からからかいにかかるテオドール。

 ルーカスは一瞬驚いた表情をしたあと、不満そうな顔をする。


「そんなことない。この前会った時もまだ僕のことが好きそうな顔してた」


「え。すごく刺々しかった記憶があるんですけど」


「気のせいだよ」


 頑なに自分は好かれていると言い張る彼に、テオドールは声を上げて笑う。


(その自信はどこからくるんだよ!)


 自己肯定感の低い、いつもの彼の姿はどこにもない。

 それがとても新鮮で、なんだか嬉しかった。


「自信過剰も甚だしいですよー」


「気のせい、気のせい」


 少年の冷やかしを少し面倒くさそうに躱すルーカス。

 しかし、その顔にはほのかな笑みが浮かんでいる。


(どうにか、緊張はほぐれたか……?)


 自然体で笑う彼を見て、テオドールは密かに胸を撫でおろすのだった。





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