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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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33.タダよりこわいものはない

 イヴに連れていかれたのは、リュカーフという名の食事処だった。

 店内に入ると、そこには人々の楽しそうな笑い声で満たされた和やかな空間が広がっていた。

 常連客も多いようで、イヴに気安く声を掛ける人もちらほらいる。


「騒がしくてごめんなさいね。カウンター席の方が静かだから、そっちに案内するわ」


 そう言われて二人が通されたのは、店の奥にひっそりと設けられている場所だった。

 他の客たちがいる場所から少し離れているうえ、間仕切り扉を完全に閉めると、先ほどまでの賑やかな雰囲気はさほど気にならない。


 白い部屋の中にある木製のカウンターテーブルは、黄みがかった淡い光に照らされて、上品な親しみやすさを演出している。

 そこには5つの椅子が用意されているが、テオドールたち以外の客はいないようだった。


「僕たちだけ……?」


 ちょっと驚いたように呟くルーカス。

 するとイヴが安心させるように微笑んだ。


「ええ、そうよ。ここは特別なお客様しかお通ししないから、魔族さんも落ち着いて食事ができるでしょう?」


 予想以上の好待遇に思わず目を瞠る。


 確かに大衆のなかでルーカスの容姿は非常に目立つ。

 特にセイント=ティアの市民は薄い色素をもつ人が多いため、黒髪黒眼はどうしても人目を引いてしまうのだ。


 今まではフードを目深に被っていたため、外食をする時もそこまで気にしたことがなかったが。

 フードで髪や目元を隠すことが許されないここでは、入店すら断られる可能性もあったと気がつく。


 己の迂闊さを責めつつ、今更ながらイヴに感謝の気持ちを抱いた。


(本当に、ただの良い人なのかもしれないな)


 ちらりとカウンター越しにイヴを伺う。

 するとその視線に気づいた彼女が、穏やかそうな微笑みをたたえる。


 でも、その笑い方にはどこか既視感があった。

 まるで胸のうちに巣くう痛みを覆い隠そうとしているような顔。


(気のせい、だよな?)


 そう自分に言い聞かせて、おずおずとルーカスの隣に腰かける。

 そしてカウンターの上に置かれた品書きを手にとると、ある文字列に目が吸い寄せられた。



 ステーキ御膳 銅貨15枚



 夢にまでみた選択肢に、心が歓喜に湧く。

 だが、問題はその値段だった。


 銅貨15枚といえば、安い定食のおおよそ3食分にあたる。

 それをここで使ってしまっていいのだろうか。

 しかも、国民の英雄フェリクスのお金で。


 それは金額以上の重みを感じて、気が引けてしまう。



「テオドール、ステーキもあるみたいだよ。良かったね」


 隣で同じ品書きを見ながら、なぜか嬉しそうに教えてくれるルーカス。

 そんな彼を見て、ハッとする。


 外食する時だけは、お金に糸目はつけない。

 最初にそう言ったのは他の誰でもなく自分だ。

 それなら、ちゃんとその精神を貫き通さないといけない。


 うんうんと自分を鼓舞して、勇気を振りしぼり、イヴに伝える。


「ステーキ御膳でお願いします……!」


「僕はから揚げ定食で」


 最後までブレないルーカスを横目に、静かに両手を合わせて、目を瞑る。


(フェリクス様、この御恩はいつか必ずお返しします! ルーカスが無事に帰還するという形で!)


 しっかりと誓って目を開けるのとお腹が鳴るのは、ほぼ同時だった。




 ***




「はぁ、とても幸せな時間でした。この思い出だけで、あと10年は生きていけます……」


「うん、本当に美味しかった」


 空になったいくつかの食器を眺めながら呟くと、隣からも満足そうな声が聞こえた。

 セイント=ティア一美味しいという話は本当だったのか、ルーカスはここリュカーフのから揚げをいたく気に入ったようだった。


 ほのかな笑みを浮かべる彼の顔を見て、密かに喜びを嚙みしめる。


(良かった、いい気分転換になったみたいだ)


 あとは、テオドールの分の勘定を済ませて、店を出るだけ。

 これだけ良くしてもらって、本当にテオドールの分だけでいいのだろうか。


 なんだか申し訳なく思っていると、タイミングよくイヴがやってきた。

 彼女は二人が食事をしている間、向こう側で他の客の給仕をしていたのだ。


「あら、もう食べ終わったの? 早いわねぇ」


「はい、とっても美味しかったです! ご馳走様でした!」


「ご馳走様でした」


 テオドールたちの言葉に、イヴが小さく笑う。


「お口に合ったようで良かったわ」


 完食された跡を嬉しそうに見つめるイヴ。


 しかし、その瞳にふと影が落ちる。

 それと同時に笑みが消えた彼女の表情は、哀愁を纏っていた。


 突然様子が変わったイヴに驚いて、何度か瞬きをする。

 おそるおそる声をかけるより先に、彼女が口を開いた。


「ねぇ、魔族さん」


 トーンの低い、抑揚のない声。

 つい先ほどまでの温かみが失われた表情に、心が浮足立つ。


「お代はいらないから、ちょっとお願いしたいことがあるの」


 そう言って、イヴは虚ろな瞳でルーカスを見つめる。


(やっぱりなにか狙いがあったのか!)


 すぐに後悔が押し寄せるが、今はそれを嘆いている場合ではない。

 この状況をどうにか上手く切り抜ける方法を考えなければ。


 でも、なにを要求されるのかは皆目見当もつかなかった。

 

 こちらを油断させておいて、隙をついて襲う作戦なのかとも思ったが。

 イヴから殺気のようなものは欠片も感じられない。


「……僕にできることであれば」


 緊張したような声音で、ルーカスが答える。

 すると、僅かに俯いたイヴの顔がひどく苦しそうに歪む。

 そこにはルーカスへの申し訳なさもこめられているようだった。


 それから彼女はどこか迷うような素振りを見せるが、やがてゆっくりと顔を上げる。



「私を、殺してくれないかしら?」


 悲愴と恐怖が滲む、(はしばみ)色の瞳。

 イヴから発せられた声は、ひどく震えていた。



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