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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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31.独りはこわいから

 場所を近くの宿屋に移し、二人は各々のベッドの端っこに浅く腰かけていた。

 その手には、出汁がよく染み込んだ肉じゃがが盛られた皿が乗っている。

 一口大ほどに切り分けられたジャガイモのほかに、ニンジンや絹サヤ、さらにはこま切れの牛肉まで入っている。

 テオドールの料理にしては珍しく彩り豊かなそれは、どこか懐かしく、とても優しい香りを漂わせていた。


 でも本当は、もうちょっと贅沢なものが食べたかった。



 せっかくお金に余裕があるのだからと少し浮かれて、食事付きの宿を探していたテオドール。

 久々にありつけるかもしれない自分以外の手料理に、その足取りは軽い。

 

(肉か、魚介類か。あ、揚げ物もいいな~)


 無意識に鼻歌を口ずさむ。

 その音程は妙にズレているが、テオドールは気にしなかった。


 だが、ルーカスはそんな少年のすぐ傍で何気ない一言を放つ。


『久々にニンジンのホットサラダが食べたいなぁ』


 そう言う彼の目線の先には、露店で山積みにされたニンジン。

 おそらく、以前食べた料理を思い出して呟いただけだったのだろう。


 しかし、その言葉はテオドールが正気に戻るのには十分だった。


(ダメだ、あるからって使っていたら貧乏生活に戻れなくなる……!)


 そう思いつつも、せめてもの反抗心で、ニンジンとその隣にあったジャガイモにまで手を伸ばしたのだ。

 ニンジンのホットサラダに思いを馳せていたルーカスは不満そうな顔をしていたが、気づかないふりをしておいた。



 そんな経緯はあったが、ちょっと丸みを帯びた黄金色のジャガイモを口に入れた途端、ルーカスの瞳が大きく見開かれる。


「美味しい……」


 思わず漏れたような呟きに、テオドールの頬も緩みそうになる。

 美しい所作で、幸せそうに食べ進めるルーカスをみると、庶民飯も上等なものに思えてくるから不思議だ。


 すっかり気を良くして食事に手をつけたが、やがて先程の出来事が思い返される。


「そうだ。ルーカス、さすがに『クソが』は良くないですよ」


 僅かに眉をひそめて注意するが、彼は心外そうな顔をする。

 そこに反省している様子は微塵もない。


「むかつくやつになら使ってもいいって昔フリードリヒ兄上に教わったよ?」


「フリードリヒ様、なんてことを!?」


 澄んだ瞳で屁理屈を口にするルーカスに、思わず頭を抱える。


 フリードリヒはまともな保護者だと思っていたのに。

 ああいう過保護な兄は、弟が汚い言葉を使っていたら全力でやめさせるものではないのか。


 というか、やはり彼にとって、クリスはむかつくやつにあたるようだ。

 やけにリアの名前を出していたから、ひょっとすると三角関係というやつなのかもしれない。


「クリス様は恋敵のような存在なんですか?」


 興味本位で尋ねると、ルーカスは不愉快そうな顔をする。


「そんなんじゃないよ。……いつも僕とリアの間に入ってきてウザかっただけ」


「そう、なんですね」


(要は、クリス様を恋敵として認めたくないのか)


 幼い子どものような言い訳につい苦笑してしまう。

 結局のところ、ルーカスは相当リアのことが好きらしい。


 しかし、なぜクリスはそこまでルーカスに突っかかるのだろう。

 彼もそんなにリアのことが好きなのか。


 僅かに首を傾げていると、それを察したルーカスが小さく溜息をつく。


「クリスは、次期勇者としてフェリクスに弟子入りしようとしていたんだ。けど、フェリクスが頑なに僕とアイク以外の面倒をみるつもりはないって拒否したんだよ」


「……つまり、逆恨みですか?」


 テオドールの問いかけに、彼はゆっくりと頷く。

 その顔には少しの疲労が見られる。


「それは、まあ、大変ですね……」


 完全なとばっちりに苦笑を漏らすことしかできなかった。


 だが、そうすると彼がクリスを恋敵として認めようとしないのも頷ける。

 やはり、あの男が勇者候補とされるのはその実力だけなのだろう。

 命の恩人ではあるが、人間としては尊敬できそうになかった。


 最後の黒い笑みを思い出すと、無意識に顔を顰めてしまう。


 そんなテオドールを見て、小さく笑うルーカス。

 しかし、その顔は急になにかを思い出したように変わる。


「あのさ」


 かすかな緊張がのった声音。

 迷うように目を伏せる彼の表情に、なんとなく嫌な予感がする。


「さっきの、黒魔法の話なんだけど」


「……はい」


 自分でも分かるほど、ひどく弱々しい返事だった。

 不安な思いが渦を巻き、鼓動が早まる。


 なにを言われるか分からない。

 というより、なにを言われてもおかしくない。


 ずっと隠していたことを怒られるくらいであればいい。

 もし逆の立場だったら、テオドールもそうするはずだ。


 でも、一番こわいのは――



(また、”やっぱり一緒にいるのはやめよう”とか言い出すんじゃ……)


 ルーカスの隣にいる限り、いつ黒魔法を受けてもおかしくない。

 その危険性については、あえて触れないようにしていた。


 常に死と隣り合わせであることがこわくないといえば噓になる。

 本当は、すごくこわい。

 これは人間としての本能だから、どうしようもない。


 ただ、その恐怖心よりも彼の幸せを願う気持ちの方がほんのちょっと大きいだけだ。


 それは、自分のことは二の次で村の発展のために奔走していた母から受け継いだ気質に違いなかった。



 ルーカスは、独りにしたらいけない。

 孤独は、自分を大切にできなくなるから。


 だから、せめて隣にいることくらいは許してほしい。


 ぎゅっと目を瞑るテオドールにかけられたのは、意外な言葉だった。



「なにか、後遺症はあるの?」


 そう言う彼の表情には、心配の色があるだけ。

 拍子抜けしながらも、ふるふると首を振って否定する。


「……いいえ、特にありません。ちゃんと健康体で、元気です」


「そっか、良かった。……本当に、良かった」


 罪悪感と安堵が複雑に絡み合ったような表情で小さく息をつくルーカス。

 そこには怒りも拒絶も見られない。

 それ以上何かを言うつもりもないようだ。


 予想の範疇を超える反応に、思考が混乱する。


「どうして……」


「え?」


「黒魔法のことがバレたら一緒にいられなくなると思って、ずっと秘密にしていたのに」


 か細い声で紡いだ言葉に、ルーカスが僅かに目を瞠る。

 虚をつかれたような顔を見て、すぐに後悔する。


 テオドールは、墓穴を掘りたかったわけじゃない。

 ルーカスがなにを考えているのか全然分からなくて、こわくなっただけだ。



「――独りは、こわいからね」


 それは、哀愁や寂寥がにじむ声色だった。

 でも、その裏には淡い優しさも感じられる。


 弾かれたように顔を上げると、慈愛の満ちた黒い瞳と目があう。

 その顔には温かい微笑みが湛えられている。


(俺たち、お互いに同じことを考えてたんだ)


 気づいた途端、むずかゆい羞恥心に襲われる。

 慌てて冷静を取り繕おうしていると、ルーカスは柔らかく目を細める。


「正直、今すぐにでも僕の傍を離れてほしい気持ちはある。けど、テオドールは頑固だから」


「なっ、ルーカスにだけは頑固って言われたくないんですけど!」


「じゃあ、僕のことがめちゃくちゃ好き」


「それは……そうですが、なんか違います!」


 大きな声で反論するが、ルーカスは可笑しそうに笑うだけだ。

 でも、そんな彼はとても生き生きしているように見える。

 きっと誰もが、こうして笑う彼の帰還を切望しているはず。


 そのためにテオドールができることは、ずっと変わらない。


 心を落ち着かせるように深呼吸して、改めてルーカスに向き合う。


「どうしても、マディ様にお会いする気はないんですか?」


「うん」


 一切の躊躇もなく肯定するルーカス。


(やっぱり頑固じゃん)


 内心では悪態をつきながらも、落ち着いた態度を心がける。

 感情的な議論になっては意味がないから。


「なぜですか?」


 静かに問いかけると、ルーカスはちょっと困ったように笑う。


「魔界に捨ててきた息子が急に訪ねてきて、『貴女の命を犠牲にして、自分を救ってくれ』って言われても困るでしょ」


 実にルーカスらしい答え。

 彼には自分を捨てた母親を憎む気持ちは全くないようだ。


 そして、テオドールは知っている。

 こういう時の彼はとにかく折れないということを。


 これからどうしたものかと思い悩んでいると、おもむろにルーカスが立ち上がる。

 二つのベッドに挟まれるようにしてある小さなテーブルに肉じゃがが入っていた皿を置き、そこにあった黒い魔法書を手に取る。


「まあでも、黒魔法の瘴気が聖魔法で浄化できるっていうのは、とても貴重な話が聞けたよね?」


「え? まあ、そうですね」


 咄嗟に返事をするが、いかにも裏がありそうな言い方に首を傾げる。

 その一方で、ルーカスは手元に視線を落とし、その黒表紙を優しく撫でる。


「本当に他の方法がないのか、封魔の書を徹底的に問い詰めてみよう」


 そう言ってほの暗い笑みを浮かべるルーカス。

 いつの間にか、彼の中でなにかのスイッチが入っていたようだ。


 その表情から不穏な空気を感じ取り、思わず封魔の書へ同情の視線を送るのであった。




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