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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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30.12歳の大人

 穏やかな微笑みを残し、リアのもとを立ち去るルーカス。

 彼の足取りには一切の迷いもない。


 元々、自己犠牲精神の塊のような男だ。

 自分より誰かの命をとることにはなんの躊躇いもないのだろう。


 ――だが、テオドールは違う。


 たとえ誰かの命を奪うことになっても、彼には生きてほしい。

 その誰かが、かつてルーカスを捨てた母親ならば尚更のこと。


 少なくとも、マディはセイント=ティアの住民のためには寿命を削っているのだから。

 ルーカスには、それくらいの権利があるはずだ。


 裏通りのはずれに差し掛かった時、テオドールはおもむろに歩みを止める。

 それに気づいて、ルーカスも立ち止まる。

 不思議そうな黒い瞳を真っ直ぐに見つめて、おずおずと口を開く。


「ルーカス、今からでも引き返してリア様にもう一度お願いしましょうよ」


 案の定、かすかに震える声。


 彼の母親(マディ)の命を代償にして、彼の呪いを解いてもらおう。

 いかに残酷なことを言っているかは、自覚している。


 優しいルーカスは、こんな自分をどう思うだろう。


 ”人の心がない”と軽蔑されるだろうか。

 それとも、同意して、生きる道を選んでくれるだろうか。


 そんな思いを見透かしたように、ルーカスがちょっと困ったように笑う。


「テオドールも聞いたでしょ? ……僕は、誰かの命を奪ってまで生きたいわけじゃないよ」


 彼の答えに、思わず唇を噛みしめる。


「でも、じゃあ、ルーカスは――」


 生きるのを諦めるというんですか。

 そう尋ねたら、おそらく彼は否定してくれない。


 彼が以前ほど死ぬことに前向きでなくなったのは、紛れもない事実だ。

 でも、いまだ彼の人生の選択肢として、死は当たり前のように存在している。


 それが、どうしようもなくもどかしい。


 黙って俯くテオドール。

 ルーカスはそんな彼になにも言わない。

 少年が言わんとすることを、なんとなく察しているはずなのに。


 静かに向かい合う二人の間を、優しい風が通り抜ける。

 その風に誘われたように、テオドールの瞳に熱いものがこみ上げる。


「……ごめん」


 哀愁の色を纏った声。

 それは、なんに対する謝罪の言葉なのか。


 テオドールを提案を却下したこと?

 テオドールを悲しませたこと?

 テオドールをまた一人にしてしまうこと?


 謝らなくていい。

 生きていてくれれば、それでいい。


(――俺は、もう大切な存在を失いたくない)


 ぼろぼろと大粒の涙を流すテオドールに、ルーカスがそっと手を伸ばす。

 おそるおそる頭の上に置かれた手は、細かく震えている。


 弾かれたように顔を上げると、少し泣きそうな顔でこちらを見下ろす彼の姿があった。


 自分も本意ではない。

 そう伝えるような表情に、僅かに目を瞠る。


 その時、すぐ近くから能天気な声が聞こえた。


「あれ。懐かしい黒髪だと思ったら、ルーカス・カディオじゃないか」


 厚かましく二人の間に割って入ったのは、妙にガタイの良い青年だった。

 陽の光を受けてきらきらと輝くハニーブロンドと、透き通った琥珀色の瞳。

 それらに彩られた顔立ちには甘い微笑みが湛えられ、その背丈はルーカスよりもいくらか高い。

 いかにもモテそうな雰囲気を纏った男だ。


(ルーカスの知り合いか……?)


 突然のことにびっくりしすぎて、いつの間にか涙は引っ込んでいた。

 無意識に目を瞬かせるテオドールとは対照的に、ルーカスは心底嫌そうな顔をする。


「……クリス」


 嫌悪感を顕わにした声音。

 その黒い瞳は不機嫌そうに細められている。

 不愛想なところは何度も目にしたことがあるが、こんな彼は初めてだった。


 彼らの関係性を怪訝に思っていると、不意に蜂蜜色の瞳がこちらへ向けられる。


「きみ、無事だったんだね」


 そう言って、どこか作り物めいた笑みを浮かべるクリス。

 その言葉にいち早く反応したのは、ルーカスだ。


「テオドール、こいつと会ったことあるの?」


「いいえ。失礼ですが、クリス様の勘違いでは?」


 驚いたような様子の彼に、慌てて首を振って否定する。


 これでもテオドールは人の顔と名前を覚えるのは得意な方だ。

 だが、クリスに関しては何も知らない。

 これが初対面のはずである。


 不思議に思っていると、クリスがくつくつと笑う。


「まあ、あの時きみは黒魔法に侵されて意識を失っていたからね」


 予想外の答えに、思わず目を瞠る。


 どうして、この男はテオドールが黒魔法に侵されていたことを知っているのか。

 ルーカスにもバレないように必死で隠していたはずだ。


(!? そうだ、ルーカスには内緒にしてたのに!)


 気づいた時には、すでに手遅れだった。


「テオドールが黒魔法に侵された……? まさか、そんなことは」


 真相を探るようにこちらを見るルーカス。

 その表情は、不安と心配の色がないまぜになっている。


 無情にも、クリスはそんな彼らに構わず言葉を続けた。


「間違いないよ。銀髪赤眼の怪力魔族に無理やり異空間へ連れていかれて、今すぐきみを治療しなければ殺すって脅されたんだから」


 銀髪赤眼の魔族とは、十中八九イザヤのことだろう。


 シストラで黒魔法に身体を蝕まれた時、フリードリヒが助けてくれたものだと勝手に思い込んでいたが。

 テオドールが意識を失ったあと、このクリスが浄化魔法をかけてくれたというのか。

 

 にわかには信じがたい話だ。

 だが、仮にそうだとすると、彼がテオドールのことを知っていたことにも納得できた。


 ちらりとクリスの顔を見上げると、上品な微笑みが向けられる。


「つまり、ぼくはきみの命の恩人というわけだ。心の底から感謝してくれていいよ」


 その表情に似合わない、恩着せがましい言葉。

 よくよく観察すると、その微笑みにも含みがあるように見える。


 でもテオドールにとって、彼が命の恩人であることは変わらない。


 ちょっと戸惑いつつも、できるだけ丁寧に頭を下げる。


「あ、ありがとうございました」


「ふふ、気にしなくていいよ。《《次期勇者》》として、当然のことをしただけだから」


 なぜか、次期勇者の部分を妙に強調するクリス。

 その顔からは大きな自信と高いプライドが滲み出ている。


(こんな勇者、やだな……)


 この前会ったとてもかっこいい勇者の姿を思い出して、こっそりと呆れてしまう。

 しかし、相手は黒魔法を浄化できるほどの実力者であり、命の恩人だ。


 大人の対応で曖昧に微笑むテオドール少年。

 その一方で、ルーカスは一刻も早く彼から離れたいようだった。


「悪いけど、僕たちこれから予定があるから」


 愛想の欠片もない態度で足早に立ち去ろうとするルーカス。

 だが、クリスは気にした素振りもなく、その背中に声をかける。


「リア嬢に会いに行くとか?」


 明らかにからかいの色がのった声。

 真面目に取り合う必要もないのに、ルーカスは足を止め、ゆっくりと振り返る。

 その顔には呆れとほんの少しの情が浮かんでいた。


「リアにはもう会ったよ。……というか、そっちはなんでセイント=ティアにいるの?」


「ここはぼくの地元なんだ。まあ、リア嬢を追ってというのも否定はしないけどね」


「クソが」


(クソが……!!?)


 ルーカスらしからぬ暴言に、思わず目を白黒させる。

 しかし、当の本人はどこかすっきりしたような面持ちで歩き始める。


 そんな彼を楽しそうに見つめるクリスに、咄嗟に頭を下げて謝罪する。

 気持ちは完全に幼稚な子どもの保護者だ。


「も、申し訳ありません! いつもはあんなこと言わないんですけど」


「あはは、大丈夫だよ。相変わらず虐めがいがあって面白いし」


 そう言って、黒い笑みを浮かべるクリス。

 そこに先程までの嘘くささは感じられず、紛うことなき本心のようだった。


(く、クソだ……)


 内心ではそう思いながらも愛想笑いを貼り付けるテオドールは、その場の誰よりも大人であった。





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