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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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29.初恋の彼女

 それから暫くして、二人は彼女に人気のない裏通りまで連れていかれた。

 立ち並ぶ建物の白い塗装もどこか色褪せていて、先ほどまでの賑わいが嘘のように閑散とした風景が広がっている。


 一度もこちらを振り返ることなく、足早に先へ進んでいく彼女の背中からは何も感じられない。


 こっそりと、隣を歩く青年の顔を伺う。

 そこには、昔を懐かしむように彼女の後ろ姿を見つめるルーカスがいた。

 その横顔にはほのかな喜びの色すら滲んでいるように見える。


「ルーカス、あの方は誰なんです?」


 囁くような声音で尋ねると、ルーカスは小さく笑う。


「リアだよ。……僕が昔、好きだった人」


 そう言う彼は、ちょっとだけ寂しそうだった。

 淡い恋心とほろ苦い思いがないまぜになったような表情は、初めて見るものだ。


 リアという名前を聞いて思い出すのは、アイザックの茶化したような声。


『リア様は、ルカ様の婚約者様で、初恋のお相手ですよ』


 また彼女の背中へと視線を戻すが、そこにルーカスを気にする素振りは全くない。

 恋人のような甘い空気どころか、友人のような親密さすら感じられないのだ。


(ルーカスからの一方通行だったとか……?)


 どう見ても相思相愛とはいえない距離感に、おおよその見当をつける。


 その時、先導するリアがおもむろに足を止めた。

 くるりと後ろを振りむく顔には、相変わらずの無表情。


 いや、無表情とは少し違うかもしれない。

 こちらを見つめるつり目がちな瞳には、かすかな哀愁の色が浮かんでいる。


「リア……?」


 少し驚きつつ、戸惑ったような表情のルーカス。

 その様子を見る限り、なんの心当たりもないようだった。


 そんな彼の態度が癪に障ったのだろうか。

 にわかにリアが不機嫌を顕わにした顔になり、ルーカスをキッと睨みつける。


「なんの御用で、ここまでお越しになられましたの?」


 ドライアイスのように冷え切った声。

 そこに、先程のような愛らしさは欠片もない。


 心底会いたくなかった。

 そう言わんばかりの彼女に、ルーカスは苦笑をこぼす。


「ごめんね。……でも、マディ様に解いてほしい呪いがあって」


 意外にも、リアはその言葉に目を大きく瞠った。

 まるで、想定外のことを耳にしたように。

 それまで湛えていた冷淡な雰囲気は鳴りをひそめ、ひどく動揺しているようだった。


 どこか追い詰められたような表情になり、紫水晶の瞳を切なげに揺らす。

 だが、不思議とそこに儚さは見受けられない。

 それは、切なさの奥に強い意志のようなものが感じられるせいだろうか。


 暫く何かと葛藤していたリアは、やがて静かにルーカスを見据えた。


「……まさか、黒魔法ですの?」


 その言葉に、今度はテオドールが驚く番だった。

 しかし、なぜかルーカスはちょっと嬉しそうに穏やかな微笑みを浮かべる。


「やっぱり、知ってたんだ」


 なぜ、リアが黒魔法について知っているのか。

 なぜ、ルーカスがそれを喜んでいるのか。


 テオドールには、何も分からない。


 でも、心の底から幸せを噛み締めるような彼の表情に目が釘付けになる。


(ルーカスって、こんな顔もするんだ……)


 ふわりと湧いた感情は、嫉妬ではない。

 嫉妬よりもほんのりと淡くて、温かくて、優しい。

 

 無意識に頬が緩んでしまうテオドール。


 その一方で、リアは表情を変えず、静かに言葉を紡ぐ。


「そういうことでしたら、マディ様の元へお連れすることはできませんわ」


 リアが、ルーカスからそっと目を背ける。


 何かしらの事情があるのだろう。

 そう察することはできるが、納得はできない。


 ようやくここまで辿り着いたのだ。

 素直に引き下がるわけにはいかない。


「どうしてですか?」


 思いの外低めの声が出て、我ながらびっくりする。

 だが、リアは気にした様子もなく、淡々と答える。


「確かに、マディ様はセイント=ティアに身を寄せる代わりに、強力な呪いの封印を専門的に引き受けておられますわ。……彼女の寿命を代償にして、ですが」


 瞳の光を消すように目を伏せるリア。


 その表情からは、何の感情も読み取れない。

 ただ、激情を必死に抑え込んでいるようにも見える。


「黒魔法の解呪なんてしてしまえば、きっと――」


 ひゅっと隣から息を呑む音が聞こえる。


 自己犠牲の気が強いわりに、利己的なことにはとことん弱いルーカス。

 彼にとっては、とても耐えがたいものだったのだろう。


 そっとルーカスの顔を伺う。

 

 彼は、かつての微笑みを湛えていた。


 全ての感情や思いを押し殺したい。

 でも、相手に心配はかけたくない。

 そんな臆病な心を覆い隠すための仮面。


 それを向けられたリアの瞳がかすかに揺れる。

 しかし、それ以上の言葉が続けられる様子はない。


「分かった、別の方法を探してみるよ。色々と親切にしてくれてありがとう」


 そう言うルーカスの声色は、実に優しい。


 でも本当は、別の方法なんて存在しない。


『黒の瞳をもつ者の呪いが解けるのは、同じく黒の瞳をもつ者のみでございます』

 セイント=ティアまでの馬車のなかで、封魔の書が言っていた。


 マディの解呪の力こそが最後に残された、唯一の希望。


 そう分かっているのに、ルーカスは平然と嘘をつく。


 ――昔から好きな彼女を、今もなお大切に想うがゆえに。



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