02.死にたい理由
「君のやり方ではいつまでも解決できないよ。まさかとは思うけど、…………これからずっと、僕たちを雇い続けようだなんて考えてないよね?」
ルーカスがいつも通りの無表情で淡々と尋ねると、マリーの肩が僅かに跳ねた。その反応にテオドールも思わず目を見開き、俯いたままの彼女を見つめる。
「マリー様。俺たちは旅の片手間に冒険者業をしているだけなので、長期的な依頼は受けられません」
きっぱりと告げると、彼女は反射的に顔を上げた。美しい顔からは切実な思いが滲んでいて、見ているこちらの胸まで締め付けられるようだった。
「どうしても、ダメでしょうか……?」
その瞳はこちらに縋るようで、無下にするのは気の毒に感じられた。
しかし、旅の主導権はルーカスが握っているため、容易に頷くことはできない。それでも何とかしたくて、黒いフードで隠された目元を無言で祈るように見つめた。
「……………………三日が限度だよ」
小さな溜息とともに吐き出された言葉に喜びかけて、すぐに抗議の声を上げる。
「短すぎます!せめて一週間とかにしましょうよ」
「じゃあテオドールは一週間いたらいいじゃん。僕は三日後に発つけどね」
(滞在期間を伸ばしてくれただけ今回は優しい方か……)
取り付く島もない様子に大きく肩を落とし、マリーに真っ直ぐ向き直った。
「三日間でもよろしければ、謹んでお受けいたします」
世間知らずなルーカスの分まで詫びる気持ちで、深く頭を下げる。
人気のあるパーティーでもないくせに条件を提示するなんて、と今後の活動が思いやられた。それでもこのまま何もせずに立ち去ることは出来なかった。
「テオドール様、頭を上げてください。三日間でもとても有難いです。宜しくお願いいたします」
優しく微笑みかけられて、テオドールはほっと胸を撫で下ろした。
「私は執務室へ戻りますが、お二人はどうされますか?」
そう問いかけながら立ち上がるマリー。指示を仰ぐように隣を見上げると、
「一度宿へ戻って今後の方針を決める。そして夜にまた戻ってこよう」
「分かりました。それでは、お先に失礼します」
マリーが退出してすぐに、テオドールたちも屋敷を出た。
重厚な扉が背後で閉まると、緊張の糸が一瞬でほどけ、小鳥のさえずりが耳に心地よかった。優しく頬を撫でる風や遠くから聞こえる人々の声を感じながら思い切り深呼吸をする。
「魔法が無意識に暴走するなんて、不思議なこともあるんですね」
「…………テオドール、お腹すいてない?」
想像の斜め上をいく返事に戸惑いながらも小さく頷く。実は二人とも昨夜から何も食べていないのだ。限界を超えるとお腹の音は鳴る元気もなくなるというのは旅に出てから初めて知った。
不思議なことに空腹を思い出すと、先程までは素通りできた露店の香りが意識せずにはいられなくなる。
「せっかく忘れてたのに、なんてこと言うんですか!」
「食費ってあとどれくらい残ってるの?」
「……銅貨三十枚です。明後日まで一日一食で凌がないといけません」
虚しい気持ちになりながら告げると、ルーカスが口角を僅かに持ち上げた。
「銅貨十枚で三人前食べられるお店に心当たりがあるんだけど」
どこか弾んだような声で話すルーカスの背中からは後光が差しているように見えた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
珍しく上機嫌な彼に連れてこられたのは、寂れた定食屋だった。狭い路地裏を複雑に進んだところにあり、一人では辿り着ける自信がない。
大通りの賑やかさが嘘のように、辺りは静寂に包まれている。しかし、不思議と心地よく感じられた。
「ルーカスってアロヴィンに住んでいたんですか?」
「……………………」
興味本位で尋ねると、案の定スルーされる。ルーカスの冷たい反応に最初は寂しく思うこともあったが、最近では全く気にならなくなった。
(慣れって偉大だよな……)
綺麗な形の唇を固く結ぶ彼を見て、無意識に溜息をこぼす。
店の中から漂ってくる香りに惹かれてドアノブに手をかけた時、
「ルーカス……?」
切羽詰まったような声色に驚いて振り向くと、見知らぬ茶髪の男がいた。彼の緑色の瞳には明らかな動揺が浮かんでいる。
「…………テオドール、どこでもいいから転移させて」
「え、でも」
「早く!」
初めて見るルーカスの叫びに、困惑しながら手を伸ばす。途端に男の顔が悲しそうに歪められた。
「なんで逃げるんだよ!アイザックは、ずっとお前を──」
彼の声に怒りの色はなく、必死さが滲んでいるだけだ。
しかし、ルーカスは何も言わずに俯いたままだった。
男の指先が彼の肩に届く寸前で転移魔法が発動する。
一瞬にして景色が変わり、二人は再びヴィンセント邸の前にいた。
「なんで、あんなこと……」
彼を咎める言葉は最後まで紡ぐことができなかった。
「ルーカス・カディオは、ちゃんと生きていたんだ…………」
ぽつりと呟いたルーカスが虚空に向かって柔らかく微笑んだ。その頬を一筋の涙が流れ落ちていく。
さっきの男とはどういう関係だったのか。
転移する寸前に聞こえた"アイザック"という名前が、勇者フェリクス・カディオの一番弟子と同じなのはただの偶然なのか。
『ルーカス・カディオは生きていた』とはどういう意味なのか。
彼の名前しか知らないテオドールには、何も分からない。秘密主義のルーカスをむやみに詮索するつもりもない。
それでも、これだけはどうしても聞きたかった。
「……ルーカスのことを大切に思ってくれる人がいるのに、どうして死のうとするんですか?」
定食屋の前で出会った彼は、ルーカスをとても心配しているように見えた。
テオドールが十歳のとき、唯一の家族だった母親は過労で帰らぬ人となってしまった。だから、大切な人がいなくなる痛みは嫌というほど知っている。
(もしルーカスが家族や友人を残して死のうとしているなら、絶対に止めないと)
静かに拳を握ると、ルーカスに優しい笑みを向けられた。
「───大好きな存在を、守るためだよ」
突如強い風が吹き、フードに隠されていた漆黒の髪と瞳があらわになる。
相変わらず、彼が旅をする明確な目的は分からない。それでも、その言葉は確かな温度を持っていた。




